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大聖女の祝福

兄さんとスイさんが国を立つ前日。朝から、珍しいことにスイさんが俺を訪ねてきた。


「よう、フレイルくん。久しぶりだね」


「あれ、出発の準備で忙しいんじゃなかったの?」


「あらかた片付いたから、お世話になった人たちに挨拶しようと思って。五年近くもここに住まわせてもらったから、色々な人にお礼を言わないと」


「そうかぁ。もう五年になるのか。確かに、スイさんは色々な人に頭下げないとね」


「い、言い方が引っかかるけど……まぁ、その通りだよ。そして、その第一号が君、フレイルくんってわけ」


「ああ、そういうこと……」


いつもお調子者のスイさんが、このときは深々と頭を下げたのだった。


「今まで、お世話になりました。フレイルくんがいたから、礼儀知らずの私も、周りの人と仲良くできたのだと思う。本当にありがとうございました」


「や、やめてよ。スイさんらしくないって。それに、今生の別れってわけじゃないんだ。一年か二年したら、また帰ってくるんだろ?」


「だけど、こういうタイミングでちゃんと感謝は伝えておかないと。もちろん、帰ってからも面倒かけるつもりだから、そんときはよろしくね」


「つもりでいちゃダメだろ。だけど、もちろん喜んで面倒を見るつもりだよ。だから、スイさんこそ兄さんをよろしく」


「ベイルくんを?」


スイさんは心外だと言わんばかりに眉根を寄せた後、どこか眩し気に微笑んだ。


「よろしくしてもらうのは、私の方だよ。最近、ベイルくんのやつ、しっかり大人っぽくなってさ。昔はすぐ拗ねるちびっ子だったのに、背も追いつかれちゃって。いつも面倒見てもらうばかりなんだよ」


そう語るスイさんの表情を見て、二人の関係は良好で、さらに深いものになったのだと察せられた。


「何言ってんだよ、スイさん。昔から兄さんは、スイさんの面倒を見てばかりだったよ」


「それは間違いないね!」


俺たちはいつもみたいに声を合わせて笑い、会話もなくなったので、そこで別れるかと思われた。しかし、スイさんは俺の肩を叩く。


「なぁ、フレイルくんよ」


「な、なにさ?」


「嫌になったり、つらくなったりしたら、逃げたって良いんだぜ」


「だから、何の話だよ……」


昔から、こういうときのスイさんは、嫌なところを突いてくるのだ。


「君は柔軟に見えて、思い込んだら一直線、みたいなところがあるからさ。たまには、広い視野で色々とものを見てもいいんじゃないか? 誰かに甘えるのだって、悪くないんだぞ」


「甘えるって……意味わからない!」


「少し見方を変えれば、救いはやってくる。信じて進むだけでなく、脱線してみろって話しだよ」


「大聖女様の有難いお言葉、痛み入るね……」


このとき、俺はスイさんが言おうとしたことを、本気で理解するつもりはなかった。何なら、アオに出会うまで忘れていたくらいだ。たぶん、スイさんもそれに気付いていたのだろう。だから、ふざけて誤魔化そうとする俺を見て、寂しそうに笑ったのだと思う。


「よし、分かった。心優しい第二王子様のために、私のとっておきを披露してあげる」


「とっておき?」


すると、スイさんは片膝を付くと、両手を組んで、そっと目を閉じた


「第二王子、フレイル様……。貴方に星の巫女様の祝福があらんことを」


これは、聖女による最大限の祝福を表すポーズだった。スイさんが立って祈りを捧げるところは何度か見たことがあるが、膝を付く姿は本当に珍しい。いや、初めてかもしれない。


スイさんは立ち上がり、少し照れくさそうにピースサインを見せた後、じゃあね、と笑って背を向けた。


「次はリリアちゃんに挨拶して、そしたら王様とメイドさんたち、キッチンのおじさんたち、あとは騎士団の皆と……」


指を折りながら、立ち去って行く彼女。出会ったばかりのときは、本当にやかましい田舎娘って感じだったのに、今は立派な大聖女様だ。霧を払い、貧民街の支援改善という実績だけでなく、彼女という存在は王都の人々の心を支えている。


こうして彼女の背中を眺めているだけでも、周りの人間は誰であろうが幸福にしてしまいそうな、明るい神秘性が感じられた。


「スイさん、ありがとう! 気を付けてね!」


俺が叫ぶと、彼女はいつもの笑顔で手を振った。


でも、それが俺にとって最後に見たスイさんの姿だった。

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