いつかは離れ離れ
さらに一年が経ち、地核の正常化が霧の発生を断つ手段として、効果的だということが証明された。そのため、トランドスト王国にある、五つの大都市に関しては、優先して地核を正常化が決定。その先頭に、兄さんとスイさんが立つと決定する。
「そのため、ベイル様とスイさんは短くて一年、長くて三年は王都から離れることになります」
そう説明するのは、地核の大正常化計画の立案者である、ニアだった。
「だったら、私たちも協力するべきじゃない」
リリアは主張するが、ニアは怯えながら、それを拒否する。
「二人の王子が、同時に長く王都を離れるわけにはいかない、という意見がほとんどで……」
「そんなの……!!」
声を荒げそうになるリリアだが、ニアが肩を震わせたことに気付き、何とか気持ちを抑えたようだ。
「もちろん、護衛は十分に付ける予定です。協力するフォグ・スイーパも実力者ばかりなので、ベイル様に危険が及ぶこともありません」
そんなことを聞きたいわけではない、と言わんばかりに、リリアは顔を背けてしまう。そんな態度にニアが怯え切っているので、俺は空気を変えようと別の質問に変えることにした。
「ニアも、計画の責任者として同行するのか?」
ただ思い付いた疑問をそのまま口にしてしまったが、聞かなければよかった、と後悔する。が、もちろん一度口から出してしまった発言を飲む込むことはできない。ニアが答える。
「もちろんです。色々と想定外のことも出てくるかもしれませんし、新たな発見もあるかもしれません。それに……ベイル様の体調管理もサポートするつもりです」
ほのかに、彼女の想いが漂い、それはリリアを刺激してしまう。リリアは無言で部屋を出て行き、戻ってくることはなかった。
「あの……私、リリア様を怒らせてしまったのでしょうか?」
彼女からしてみれば、上からの命令で説明すべきことを説明したまでだ。ただ、彼女が心の底に隠したつもりの感情が、意識せずに浮上してしまっただけのこと。
「ニアのせいじゃないよ」
「だと良いのですが……」
「でも、ニアはつらくないのか?」
「……どうしてですか?」
彼女は純粋な気持ちで首を傾げたみたいだった。俺はそれが羨ましく、聞かなくていいことを、やはり聞いてしまうのだった。
「兄さんとスイさんが一緒にいるところ、見ていてつらくないのか?」
「……!?」
ニアの表情に亀裂が走る。彼女は指先でメガネの角度を変えながら、何とか動揺を誤魔化しているみたいだが、傍から見る限り、意味があるとは思えなかった。
「えっと、その……フレイル様が仰っている意味が、私には!」
「深い意味はないよ」
何とか、俺も茶化すように笑って場を取り持とうとした。
「ただ、単純に……ニアがつらくないなら良いな、って思っただけさ」
思うところがあるのか、ニアは伏し目がちに押し黙る。が、呟くように、その心のうちの片鱗を明かしてくれた。
「私は……つらくなんてありません。あの方の傍にいられるなら、少しお話しできたら、少し笑い合えたら……それだけで幸せなんですから」
「……うん。分かるよ」
「あの、その……深い意味はないんです。今の話しはリリア様には……」
「大丈夫。誰にも言わないから」
「……すみません」
ニアは肩を落として立ち去って行ったが、きっと俺から深い共感と同情の念を向けられているなんて、思いもしなかっただろう。
兄さんが一年から三年、王都から離れる。今まで、ずっと三人だったのに、それが変わってしまうなんて、想像できなかった。
そしたら、俺たちの関係は変わるのだろうか。リリアは自分の想いに対し、どう向き合うのだろうか。
「何を喜んでいるのだ、俺は」
知らぬ間に浮かんでいた笑みを、手の平で隠した。
それから数時間後、兄さんから話しがあるから部屋に来て欲しい、と言われていた。たぶん、王都を離れる件で、何か話があるのだろう。おそらく、兄さんのことだから、不在の間は頼む、といった話しだと思うのだが……。
「どうしても、私と一緒にいたくないってことなの?」
兄さんの部屋の前、その扉が少し開いていた。
「そういうわけじゃないよ」
「でも、そういうことじゃない!」
言い争う声。それは間違いなく、兄さんとリリアのものだった。