振り子のように
調査の翌日、俺はすぐにやつの元へ向かった。
「あれは、どういうことだ? リリアに何をした?」
突然押し入った俺に、やつは少しも驚いた様子はない。むしろ、待っていたと言わんばかりに、不気味な笑みを浮かべた。
「そう、恐ろしい顔をするな。何があったのか、ワシは知らない。どれ、詳しく話してみろ」
そんな誤魔化しに、俺は怒りを抑えられなかった。
「嘘をつくな。あのとき、リリアはまるで別人だった。何らかの手段で操ったのだろう!」
剣を抜き、眼前に突き立てるが、やつは怯えた様子はない。
「リリアを使って俺を誘惑し、何をさせるつもりだ!」
「……剣をおさめろ」
やつは静かに言うが、俺は自分を止められそうになかった。色欲を揺さぶられ、卑怯者に落とされた屈辱は、この男を斬ってなお消えそうにない。その怒り、殺意は届いているはずだが、それでも老いぼれにしか見えない男は、怯むことはなかった。
「リリアは操られてなどいない。少し正直にしてやっただけだ」
「……なんだと?」
「ワシを斬りたいのなら、斬れば良い。が、もう少し辛抱すれば、リリアはお前のものだ。どうする?」
やつに向けた剣先が震えた。それは怒りなのか、恐怖なのか、もしくは葛藤からくるものなのか、分からなかった。分かりたくなかった。動揺すべきなのは、やつのはずなのに、なぜ俺が震えるのだ。
「一週間後、ベイリールは地核の調査に王都を離れる。が、お前たちは止まるはずだ。そうなったら……リリアを訪ねろ。再び、あの女の本心を聞けるはずだ」
「二度も騙されはしない!」
「何を言う。酷く傷付いたリリアを慰めろと言っているだけだ。それでも、辛抱できないならワシを斬れ。だが、これが事実かどうか、確認してからでも遅くはないだろう」
俺は剣をおさめ、部屋を出ようとしたが、しわがれた声が、さらに俺を揺さぶる。
「女心は振り子のように常に行ったり来たりだ。しかし、ワシの言うことを聞けば、間違いない。リリアはお前の腕の中に落ち着くだろう」
「何が願いだ」
「……それはまた今度でよかろうよ」
やつの不気味な笑いを背にしながら、俺はその部屋を出た。
一週間後、やつの言う通り、兄さんとスイさんは王都を離れる。リリアは一緒に行く、と主張したが、必要はないと兄さんに拒否されてしまった。さらに、別方向に呪木が発生したため、俺とリリアはその除去を命じられ、結局は兄さんたちと別行動となったのである。
呪木は霧の規模に比べて小規模なもので、作業はすぐに終わり、俺は自室で大人しくしているつもりだった。動くことなく、兄さんたちの帰りを待てばいい、と。しかし、あの日のリリアの言葉が何度も頭の中に響くのだった。
――私だって、大事にされたい。大事にしてくれる人が好き。
あれがリリアの本心なのだとしたら……。そう思うと、俺は止まっていられなかった。やつに対する反発心があったとしても。
「どうしたの?」
ライオネスの屋敷を訪ねると、リリアは青白い顔で俺を迎えた。
「いや、落ち込んでいるんじゃないかな、って」
「べつに、平気だよ」
ソファに並んで座るが、特に会話はなかった。リリアに関しては、俺に背を向けるようにして、顔を見せてくれることもなかった。しかし、数分もすると、リリアのすすり泣く声が。
「どうしたって、スイさんの方が大事みたい」
そう言って、彼女は俺の肩に背をあずける。
「どんなに頑張っても、ちょっと振り向いてくれることすらない。私……何しているんだろう、って悲しくなってくるよ」
俺だって同じ気持ちだよ。そう伝えたら、彼女は何と言うだろうか。
「私だったら……」
彼女は、まるで俺の気持ちを察したかのように、それを口にした。
「私だったら、自分を大切に想ってくれる人を悲しませたくない。大事にしてあげたい」
もしかしたら、彼女は俺の言葉を待っているのだろうか。だけど、彼女はどんな言葉を求めているのだろう。俺は意を決して、震えを抑えながら口を開いた。
「俺は、いつだってリリアのことを想っている。誰よりも、大切にしているつもりだ」
「……うん」
それから、彼女はずっと無言だったが、帰り際は少しだけ表情が明るくなったような気がした。俺がかけた言葉は正解だったのだろうか。どこか釈然としないまま、帰路に就いたが、その間、俺はずっと肩に残った彼女の体温に想いを馳せていた。
どれだけ手を伸ばしても、届かないと思っていた何かが、すぐそこまで近付いているような、そんな感覚。しかし、同時に所詮はひと時の慰めに使われているのでは、という疑問も頭を悩ませる。
「次こそは……」
一人呟き、どうするつもりなのだ、と自分に問う。次に彼女の体温を直接感じられることがあるなら、俺は……どうするべきなのだろうか。




