異界の女
薄暗い洞窟の中を進む。足元を照らす唯一の明かりが、不自然に揺らいだ気がして振り返ると、照明を手にしていたリリアが膝を付いていた。
「リリア、どうした??」
駆け寄って彼女の肩を支えると、異様な熱が。念のため、額に手を当ててみると……。
「凄い熱だ。大丈夫か??」
さっきの戦いが祟ったのだろうか、目も虚ろだ。
「兄さんたちと合流しよう。背中に乗れるか?」
「待って……」
背負うために体勢を変えようとしたが、リリアが服の裾を強く握り、動きを止められてしまう。
「でも……」
「今は、少しだけ、二人だけが良い」
「……」
頬を赤く染め、潤んだ瞳で俺を見つめるリリア。途切れ途切れに伝えてきた言葉に、どんな意味があるのか。リリアは甘える子どものように身を寄せると、俺の膝に頭を乗せた。
「ちょっとだけ、ここで休ませて」
「うん」
リリアが少しでも楽になるよう、俺はどんな体勢が良いのか、つい体が強張ってしまう。
「ねぇ、フレイル」
「なんだ?」
「いつも、私の味方をしてくれて、ありがとう」
「そんなの、当たり前じゃないか。礼を言われるようなことじゃない」
「どうして? どうして当たり前なの?」
熱っぽいその視線は、リリアのものだとは思えない。が、目の前にいるのは、確かに彼女なのだ。混乱する俺に、彼女は問い詰めるように、質問を重ねた。
「パートナーだから? それとも……私はフレイルにとって、特別だから?」
「そんなの……特別だって、言っただろ」
「私にとっても、フレイルは特別」
「……兄さんの次に、だろ」
我ながら情けないくらい、顔を熱くして目を逸らすが、リリアの指先が俺の顎をつまみ、視線を強制的に戻されてしまう。
「私だって、大事にされたい。大事にしてくれる人が好き」
「お、おかしいよ。リリアらしく、ない」
リリアはゆっくりと身を起こすと、今度は俺の胸に額を押し当ててきた。心臓の音を聞かれてしまうと思うと、余計に動悸は激しくなってしまう。
「ねぇ、フレイル。私のこと好き? これからも、大事にしてくれる?」
「だ、だから! 当たり前だろ、そんなの……」
「本当?」
顔を上げ、俺の瞳を見つめてくるリリア。
「本当なら、証拠をちょうだい」
「証拠、って?」
ゆっくりと目を閉じるリリアだが……俺は思い出す。
――お前とリリアは右へ進め。そうすれば、リリアはお前に肌を許すはず。
やつはそう言った。こうなることを知っていたんだ。
でも、なぜ?
何かの仕掛けがあるんだ。
じゃあ、目の前にいる女は、本当にリリアか?
「……フレイル?」
ねだるような仕草は、俺を揺さぶる。でも、これはリリアの本心じゃない。きっと、何かの間違いだ。ここで誘われるまま動いたら……それこそ卑怯だ。最低の男だ。それなのに……俺は誘惑に勝てなかった。
「嬉しい。私のこと好き?」
顔を離すと、リリアは笑顔で聞いてくる。俺はぎこちなく頷いた。
「フレイルくーーーん。リリアちゃーーーん!」
スイさんの声に動揺していると、耳元でリリアが囁く。
「私もフレイルが好き。本当だよ」
そのあと、兄さんたちと合流したが、リリアはどこかぼんやりとした表情で、上の空だった。
奥へ奥へ進み、それを見つける。下から地面を支える、大きな柱のようなものが、緑色に発光していた。あまりにも巨大で、尻込みしてしまいそうだが、スイさんは違って、その柱へ駆け寄る。
「これが地核だ。間違いない」
スイさんが珍しく真剣な顔で、その巨大な柱に触れた。すると、地核の発光が激しくなり、何かに反応するように点滅を始める。しばらく、そんな時間が続いた後、スイさんは呟いた。
「でも、ここには……いないんだ」
その後、ニアたちの調査が入り、俺たちは地上へ戻った。多くの人に無事を喜ばれたが、俺は納得いかない気持ちに溢れ、リリアの顔を見れないまま、城に戻るのだった。




