十四歳の色欲
二年が経って、俺は十四歳になったころには、呪木の研究はさらに進み、地核の存在が判明した。
「今回の作戦は地核の正常化です」
霧に関する研究成果を発表する、大きな会議で、その第一人者であるニアが発表する。
「そのために、大聖女様とベイル様は地下深くまで降りていただきます」
「地下!?」
仰天するスイさんに、ニアは頷く。
「はい。地下は今までにないデモンに溢れているため、これまでにない危険な戦いになると思われます。ただ、地核の正常化に成功すれば、長きにわたって王都は霧が発生しない土地になると予測されます」
ニアの結論を聞いたスイさんが立ち上がる。
「まっかせなさい!この世界から霧を根絶する。それが大聖女たる私の使命です!」
おおお、と歓声が上がる中、隣のリリアだけが溜め息を吐いていた。
地核正常化作戦の前夜、再びやつが俺の部屋を訪れた。
「……貴方が俺に用事があるなんて、嫌な話としか思えない」
「そう言うな。今まで、有益な情報を教えてやったつもりだが」
実は、スイさんの失踪や葬儀の日だけでなく、やつから情報を入手したことは何度かあった。確かに、その情報は事件解決につながる重要なものばかりだったが、俺としてはリリアとの間にある溝が深まるようなことばかりだったような気がしてならなかった。
「聞くだけ、聞きましょう」
やつはいつものように杖で体を支えながら部屋に入り、ゆっくりと椅子の上に腰を下ろした。しばらくの沈黙。何を企んでいるのか、とやつが口を開くのを待っていると……。
「単刀直入に言う。リリアが欲しくないか?」
「な、な、なにを……」
シワだらけの老人から、まさかそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったので、激しく動揺してしまう。だが、そんな俺を嗤うことなく、やつは続けた。
「そう驚くな。ワシとしては、お前がリリアを娶り、王として国を治めてくれた方が、色々と得と考えていてな。お前がどんな色欲を持っていようが、どうでもいいことだ」
「し、色欲だって……?」
やつは喉を鳴らす。いや、鼻を鳴らしたのだろうか。
「リリアは、どうもベイリールに気持ちが行きがちだからな。正直なところ、お前も良い気分ではないだろう」
「そんなことなら、人の世話になるつもりはない。出て行ってくれ!」
「ワシとしては、多くを辛抱し、王族としての責任を果たそうとするお前こそ、あの女は相応しいと思うが、どうだ?」
「……」
「いや、次の王に相応しいとも言える。国のためにも、お前には、リリアを手にしてほしいわけだ」
「出て行ってくれ」
俺の感情が伝わったのか、やつは砕けそうな体を起こし、部屋を出て行こうとする。聞きたくないことを聞かずに済んだ、と安心しかけたが、いつだかと同じように扉の前で振り返ると、やつは悪魔のように囁くのだった。
「これは独り言だが……」
聞くな。締め出せ。俺の中の理性はそう伝えるが、心の底にある昔から巣食っていた感情だけが、黙って聞けと主張するのだった。
「明日の作戦、しばらく地下へ進むと二つに分かれた道に突き当たるはずだ」
地下に二つに別れた道?
誰も入り込んだことのない地下の世界について、こいつは何を知っているというのだ。
「ベイリールは左へ進むはず。お前とリリアは右へ進め。そうすれば、リリアはお前に肌を許すはず」
「……出て行ってくれ!」
先程よりも、語気を強めて言うと、やつは部屋を出て行った。いつものことだが、怒鳴り散らした後で、変に冷静な気持ちが強くなる。
「何が出て行ってくれ、だよ……」
最初から最後まで、やつの言葉を聞いて、俺は考えている。右の道を選んだら、何が起こるのだろうか、と。これまで、どんなに苦労してもリリアは俺に振り向いてくれなかった。それが、ただ道を選ぶだけで、リリアが俺に……?
何を信じているのだ。何を期待しているのだ。なんな得体のしれない老人の言葉、何か裏があるに違いない。もしかしたら、誰かが不幸になることだってある。いや、俺自身だって……。
「それでも、俺は……」
ずっと報われなかったこの気持ちが、救われるならば。リリアが俺を、兄さんではなく、俺を見てくれるなら……。期待はどうしても拭えなかった。