二人の相性
「フレック。……お願い、私の血を受け入れて!」
「……分かっている」
当然だが、アオも同じことを考えていた。向き合い、血の流れる右手を差し出すアオ。血に染まった手の平は、俺にしてみると突き立てられたナイフと同じだった。
震えを抑えながら、その手を取る。ぬるりとした血の感触だって、慣れているはずなのに……。
「……フレック。大丈夫だよ」
俺の手をアオが両手で包み込む。
「怖くない。それに、何があっても私が一緒だよ。絶対に、一人にさせないから」
俺の前で祈るように両目を閉じる彼女は、霧の隙間から差し込む日の光を浴び、まさに聖女そのものだった。何もかも受け入れてくれるような、聖女の慈愛に俺の恐怖が消えて行く。まさに奇跡だ。
だが、俺は気付く。彼女も震えていることに。これはデモンを前にした恐怖からくるものだろうか。それとも……。
「ありがとう。俺は……やれる。君と一緒なら、変身できる気がする。君は、大丈夫か?」
問いかけると、彼女は気持ちを抑え込むように表情を歪めながらも、深く頷いた。
「行くぞ」
俺は彼女の手の平にある傷口を、口元へ近付ける。彼女の震えが激しくなり、表情も険しくなった。やっぱり、間違いない。彼女も不貞反応を抑え込んでいるのだ。
あれだけ俺のことを笑ったくせに、俺より強い不貞反応が出ているじゃないか。思わず笑みをこぼしながらも、俺は覚悟を決めて、滴る彼女の血を口の中に含んだ。
「アオ、もう大丈夫だ」
声をかけると、アオはゆっくり目を開き、俺を見上げた。彼女の瞳に映る、一回り大きくなった俺の体は、どう見えているのだろう。
「援護だけ頼むぞ!」
俺はレスタが残した剣を拾い上げ、正面のデモンへ斬りかかった。所詮は、小さな呪木から出てきたデモン。動きも遅い。
俺はデモンの足元に潜り込むように姿勢を低くして、その足を断つ。そして、バランスを崩して前のめりになったところに、心臓を貫く一撃を。二度の痙攣の後、力が抜けたことを確認してから、剣を引き抜くと、大地にデモンの血が広がった。
「フレック、こっちもお願い!」
アオは右手側の三体に干渉して、動きを止めているらしかった。俺は反対側の二体へ向かって、地を蹴る。一気に間合いを詰めたら、喉元に剣を突き立て、すぐさま身を退くと、目の前を反撃の拳が通過した。喉に穴が開いたまま、さらなる反撃を繰り出そうとするデモンだが、その腕を斬り裂いてから、蹴り付けてやる。
「ごめん、こっち限界かも!」
アオの声に振り返る。
「二体の拘束を解除して構わない。その代わり、こっちの一体を頼む!」
「な、なんとかする!!」
残りのデモンはたったの四体。しかも、呪木の質も悪いとなれば、俺の敵ではなかった。ものの数分で殲滅。ドラクラになった兄さんほどではないが、まずまずの結果ではないか。
「……フレック、すごい」
「これくらい、文字通り朝飯前さ」
「朝ごはん、食べてないの?」
「君がいないことに気付いて、急いでホテルを出てからな」
「……それは、悪いことしちゃったね」
アオの緊張も解けたのか、笑顔を見せてくれた。
その後も、デモンは出たが大した数ではなかった。アオも無事に呪木を浄化し、切除作業も問題なく成功。たちまち霧は晴れて行った。
「ねぇ、フレック。貴方、何者なの?」
「何者って……ただの男さ」
「そんなわけないでしょ!」
アオは俺に詐欺師でも見るような目を向けるが……レスタのやつに騙されたことは忘れたのだろうか。
「あれだけ強くて、しかもお金持ちって、絶対に変! ねぇ、秘密かもしれないけどさ、教えてよ。誰にも言わないからさ」
俺が王だと言ったら、彼女は何を思うだろうか。しかも、妃と上手くいっていないと知ったら……。
「……国家機密だ」
「何それ! フレックたら大袈裟なんだから」
「まぁ……そのうち分かるさ」
「そのうち?」
ここで誤魔化したとしても、いつかどこかで俺の写真を目にするだろう。下手をしたら、町に戻ってあの大きいポスターを目にするかもしれない。
「どうしたのものだろうか……」
俺の呟きに、フレックは何度も首を傾げるが、最終的には折れてくれた。なので、無駄な騒ぎにならず、俺は町に戻れたのだった。




