彼の怪しい実力
アオとレスタは、馬車に乗り込んで町を出て行ってしまう。なかなか馬車を捕まえられなかった俺は、たまたま通りかかった男を強引に引き止めた。
「走る馬の前に飛び出すなんて正気か!?」
怒鳴られたが、俺は懐から金貨を取り出す。
「馬を売ってくれ。これなら、同じくらい立派な馬を三頭買えるはずだ」
「な、な、なんだ??」
戸惑う男を引っ張り降ろすと、入れ替わりで馬にまたがる。
「すまないな!」
金貨を手にして、自分の目を疑う男に謝罪し、馬を走らせる。何とかアオたちが乗り込んだ馬車に追いつき、荒野に出た。すると、森を覆うように広がる霧が遠くに見え始める。これ以上は近付けまい、というところで馬車は止まり、アオたちが降りてきた。
「フレック!?」
追いかけてきた俺に気付き、アオは目を丸くする。レスタもぎょっとしたようだが、とりあえずは睨まれるだけで済んだらしい。
「どうしたの?? 馬なんかに跨って!」
「やはり心配で追いかけてきた。呪木を除去するまで同行する」
「それは助かるけど……」
驚きながらも肯定的に受け止めてくれるアオだが、レスタはもちろん違う。
「ふざけるな。素人にうろちょろされて、こっちが危険に巻き込まれたらどうする! 追い返せ!」
アオの肩を掴んで揺らすレスタは、彼女を従わせ、俺を除外しようと必死だ。正直、煩わしい。今なら、あの巨大ポスターもないし、俺がフレイル・トランドストだと気付きそうな人間もいないのだ。ここまでの鬱憤を少しだけ晴らしてもいいだろう。
「分かった。足手まといにならないと、ここで証明するから、動向を許してくれ」
俺の提案にレスタは眉間にしわを寄せ、苛立ちを露わにする。
「証明? どう証明するんだ? やってみろ!」
「分かった」
俺はすぐさま手を伸ばし、レスタが腰に下げた剣を抜き取る。レスタが何が起こったのか理解したときには、彼の顎に剣先が突き立てられた。
「これで良いか?」
「ふ、不意打ちは卑怯だぞ!」
「やってみろ、と許可をもらったはずだが?」
俺は剣を引き、肩をすくめるが、レスタは納得いかないようだ。
「デモンは不意打ちも何もない。霧に入ったら、気を抜かない方が良いぞ」
彼の腰に下がる鞘に剣を戻し、忠告してみたが、レスタの怒りに火を注いでしまったようだ。ただ、敵わぬ相手と認識しているのか、握りしめた拳を振るうことはない。
「そんなの当然だ! 俺は霧の中に入ったらスイッチが入るタイプなんだよ。お前が同行しなくとも、呪木は除去できる!」
「分かっているよ。俺は心配性だから同行させてもらうだけだ。あまり気にしないでくれ」
「……同行は許してやる。が、霧の中では俺の指示に従え。いいな?」
俺は二度頷いた。鼻を鳴らし、霧の方へ歩き出すレスタを見て、俺は少しだけほっとした。想定したよりも、穏やかに事を収められたからだ。
「フレック、凄い強いんだね」
横からアオが小突いてきた。
「もう少し頑張れば、トランドスト騎士団にも入れるかもな」
「うんうん! 絶対入れるよ!」
俺が入団試験に現れたら、皆はどんな顔をするだろう。もちろん、そんなことはしないけれど。
レスタが先頭を歩き、アオは馬を引く俺の隣を歩いた。霧はどんどん近付く。
「聞いていたより、範囲が広くなっているかも」
アオは少しばかり緊張しているようだ。
「最後に霧の中へ入ったのはいつなんだ?」
質問すると、アオは居心地が悪そうに笑った。
「実は、一年以上は入っていないんだよねぇ。だから正直なところ、レスタ頼りなんだよねぇ」
レスタ頼り、か。そう漏らしそうになったが、何とか飲み込む。俺とレスタのやり取りを見ても、アオはまだやつに期待しているのだろうか。確かに、ドラクラなら聖女の血によって各段に身体能力がアップするが、あの調子では……。
「霧の毒に関しては私に任せて! 二人をカバーするくらいには、頑張れると思うから」
「そうだな、期待している」
そんなやり取りをしつつ、霧が目の前に漂う位置まで進んだ。黒く濃い霧は、普通の人間であれば、五分程度で血を吐いて倒れてしまうだろう。
「どうしたんだ?」
俺はいつまでも進まないレスタの背に声をかける。が、やつは振り向くことすらなく、ただ霧に包まれた土地の奥を見つめているようだった。
「……怖いのか?」
気付いてしまった。レスタの足は震えている。
「そんなわけがあるか!」
レスタは怒鳴るが、やはり振り向くことはなかった。
「行くぞ。聖女、霧の毒はしっかり防御しろよ」
「うん、任せて。あ、それとも今のうちに変身しておく?」
「……まずは調査だ。危険を感じるまで、変身は温存する」
あれだけ怯えているのに変身は温存か。ますます怪しくなってきたが、ここは流れに身を任せるしかないだろう。




