微睡の中に見た君の笑顔
それから、他愛もない話しが続き、アオが欠伸を連発し出したので、先に戻るように言った。
「そうだね。眠いかも。今日は本当にありがとう」
アオが去って、俺は一人で考える。本当に、彼女が言うように、俺の気持ちも変わる日がくるのだろうか。いつだって、リリアのことばかり考えているのに。いつかは忘れて、他の女のことを強く思う日がくるのだろうか。……分からない。
俺は深く溜め息を吐いてから、振り返って、後ろのテーブルに座る客へ言った。
「サスケ、もういい。一緒に飲まないか?」
テーブルに座る客は四十代くらいのスーツ姿の男で、突然話しかけられた瞬間はとぼけた顔をしていたが、俺が隣に座るよう二度と促すと、観念したのか立ち上がった。
「気付いていましたか」
「姿勢が整い過ぎている。それじゃあ、俺の目はごまかせない」
「……さすがです」
この男はサスケ。リリアの父、ビーンズ将軍に使えたニンジャで、普段はこんな顔ではない。たぶん、リリアの指示で、俺を監視するために変装していたのだ。
「俺の居場所は、もうリリアに伝わっているのか?」
「いえ、一緒にいた女性がどういった関係の方か、把握してからお伝えするつもりでした」
「それはリリアが求める情報か? 女と一緒にいたら、ちゃんと情報を持って帰って来いと?」
「いいえ、念のためです」
サスケは笑顔を見せる。グラスがサスケの前に置かれてから、俺は彼に頼んだ。
「まだリリアには、俺の居場所を伝えないで欲しい」
「しかし……」
「監視を倍にしてもいい。だから、もう少しだけ待ってくれないか」
「……分かりました。一日だけなら、待ちます」
「すまないな」
あと一日経ったら、俺は帰らなければならない。リリアにどんな顔で会えばいいのだろう。いや、その前に……。
「サスケ、もう一つ頼まれてくれないか?」
「女性のことは黙っています。リリア様を裏切るような関係にならない限り」
「それは……」
助かる、と言いかけたが、別にやましいことは一つもない。
「それは好きにしてくれ。頼みたいことは別だ」
「なんでしょう?」
「バルブル地方の専属フォグ・スイーパの候補だった人間を調べてくれ」
「……アオさんと、その相棒のことですか?」
俺は頷く。察しが良くて助かるが、こんなことをリリアの部下に頼むのは後ろめたい。
「彼がなぜ自殺したのか、可能な限り調べて欲しい。どれくらいかかる?」
「バルブル地方なら、そう遠くはありません。半日ちょっとで調べられるかと」
「じゃあ、頼んだ」
サスケは頷くと、普通の四十代男性のような足取りでバーを出て行った。俺が指摘した姿勢は、既に修正されている。次、近くに潜まれたら、気付けるだろうか。
もう酒は十分だったので、部屋に戻ることにした。そのまま眠りにつくつもりが、一向に睡魔が訪れず、俺は戸惑う。眠ろうと瞳を閉じるたび、頭の中に浮かぶのはアオの笑顔と時折見せた寂しそうな顔ばかり。もう少し、彼女が笑っている姿を見たいと思っていた。
気付けば朝になっていた。きっと、体も心も疲れていたのだろう。深く眠っていたらしく、思った以上に遅い朝になっていた。
「アオ、いるか?」
朝食を誘おうと、アオの部屋をノックするが、返事はない。既に出てしまったらしい。さっきまで、地獄のような空腹を抱えていたはずなのに、俺は慌ててフロントへ向かった。
「一緒に泊まっていた私の友人は、もう出てしまったかな?」
フロントは確認した後、笑顔で答える。
「はい。フレック様ですね? アオ様から伝言をお預かりしています」
「伝言?」
「昨日は楽しかった。私は組んでくれるドラクラを探すため、大通りへ向かいます。助けてくれて、本当にありがとう。……以上です」
「……大通りはどっちだろうか?」
「ここを出て左に向かい、突き当りを右です。大通りに出て右へ進むと、この辺りで一番人が集まる役場があります」
「……ありがとう」
俺はすぐに荷物をまとめ、ホテルを出た。フロントの言う通りに道を進むと、確かに多くの人が右へ左へと歩いている。役場の前となるとさらに多く、何を目的としているのか、その場に止まる人間がいた。
「アオ!」
その中に、何とかアオを見つける。しかも、ちょうど一人の男に人懐っこい笑顔を見せながら、何やら相談を持ち掛けているようだった。




