誰かによく似た女
強盗もアオも、無造作に立ち上がる俺の方を見た。そして、会計でも頼むかのような足取りで彼らの方に近付くものだから、双方ともに声を上げるのが遅れたらしい。
「……あ、危ないから大人しく座ってなさい!」
まずアオが忠告する。次に強盗が怒鳴った。
「動くんじゃない! 酷い目に合わせるぞ!?」
強盗たちのすぐ手前で止まり、俺は言った。
「お前たちの気持ちは分からないでもない。でも、彼女の言う通り、暴力で解決する前に、別の手段を模索してくれると助かるんだが……」
「うるせぇぞ、どいつもこいつも!」
アオにさんざん煽られていたせいか、沸点が低くなった強盗が、すぐに襲い掛かってきた。ただ、動きはお粗末なもので、すれ違いざまに腕を取り、軽く捻ってやると手にしていた短剣を落とす。
「い、痛い! 離してくれ!!」
強盗の訴えを無視しつつ、振り返るともう一人が短剣を振り上げていた。が、勝ち目がないと判断したのか、すぐに動きを止め、短剣を手放すと両手を上げる。俺は拘束している方の強盗をそいつに突き飛ばし、足元の短剣を拾い上げてから、その先端を向けてやった。
「今すぐ逃げれば、ポリスに捕まらずに済むかもしれないぞ?」
威嚇のつもりで悪意を含めた微笑みを見せてやると、強盗たちは覚束ない動作で捨て台詞もなしに去ってしまう。どうにか怪我人を出さずに済んだ。
柱に縛られたアオを助けた後、忘れ物の短剣をどうすべきか悩んだが、とりあえずカウンターに置くと、女店主が「助かったよ」と不愛想に礼を言った。
「つ、つ、強いじゃない!!」
それに対し、アオの反応はオーバーだ。俺の手を取ると、ぶんぶんと何度も勢いのある握手が続く。
「私の元相棒も強かったけど、それ以上だわ。私の目に間違いはない。貴方、かなりの実力者ね? 騎士なの? それともサムライ? あ、ドラクラだったりする??」
この感じ、誰かに似ているなぁ……
と俺は苦笑いを浮かべつつ、ただ首をすくめたが、アオは目を輝かせながら、さらに詰め寄ってきた。
「やっぱり、ドラクラでしょ? 普通の人より長い犬歯、見えたんだから」
「何でもいいだろ。俺たちの縁はここまで。もう二度と会うこともないんだから」
女店主の方を見て「これ、お代ね」と飲食代を置くが、彼女は首を横に振った。それでも、俺が国民に恵んでもらうわけにはいかない。カウンターに金を置いたまま、店を出た。
しかし、アオがしつこく追いかけてくる。
「ねぇ、待って。お願いがあるの!」
無視を決め込むつもりだったが、今度は正面に回られてしまった。
「私と組まない? この辺りにある、大きな呪木を排除すれば、ちょっとした賞金が出るの。貴方も旅のドラクラなら、いつ資金が尽きるか心配でしょ?」
「賞金?」
地方に出る呪木の排除は、専属として町に暮らすフォグ・スイーパが担当するはず。もちろん、彼らは国から給料を受け取っている。そもそも、誰かが賞金を出す事態になるまで、呪木が放置されるはずがないのだが……。
しかし、アオは俺が賞金に興味を示したと思ったのか、狙い通りだと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「そう、賞金。二人で分けたとしても、そこそこの間は雨風凌げる場所で眠れるはずよ」
「この町のフォグ・スイーパはどうしている?」
俺の質問に、アオは眉を八の字にして首を傾げる。
「そんなの、地核の調査に駆り出されたに決まっているじゃない」
地核。それは昨今判明した、地下にあるその土地の源のようなもの。
これが汚れていると、その土地に黒霧が出やすくなってしまうらしい。
また、地核が影響する範囲は広いため、これさえ対処してしまえば、かなりの地域を黒霧の脅威から救えるのだ。だから、国は地核の調査に力を入れているのだが……。
「馬鹿な。地核の調査は国が招集したフォグ・スイーパが当たっているはず」
俺の疑問をアオは笑った。
「貴方こそ何を言っているの? 調査を命じられた貴族は、嘘の名簿を提出しているのよ」
「嘘の名簿?」
「別の仕事に出ているフォグ・スイーパーの名前を調査担当の名簿に載せて、実際に作業しているのは地方の安いお金で動くフォグ・スイーパたち。差分のお金は貴族が自分の懐に入れているの。だから、最近は地方のフォグ・スイーパが足りず、小さい呪木なら放置されることも珍しくないってわけ。常識でしょ?」
「そんなわけがない。だって……なぜ、その不正を王に報告しない? そうすれば、すぐに解決するはずだ」
「あはははっ! あの若い王様が貴族の不正を見抜けるわけないでしょ。それに、民の声が王に届く前に揉み消すなんて、貴族たちにとっては朝飯前なんだから」
俺は言葉を失い、呆然としていると、アオが声を上げて笑った。
「あなた、なーんも知らないんだ」




