――― エピローグ ―――
今にも崩壊してしまいそうな廃屋。屋根の隙間から差し込む光に、少年は目を細めた。
「ライナス、ご飯、できた」
その声に少年は視線を移動させるが、体に痛みが走る。
「大丈夫?」
「ああ、すまん」
少年はゆっくりと身を起こすと、少女が傍らに座り、目の前の段ボールの上に小さな鍋を置いた。欠けた器に粥を注ぐ少女の顔を見て、少年は小さく息を吐く。
「別に、俺に付き合う必要はないんだぞ。お前なら、もっと楽な生活ができるんだ」
「……楽な生活が、したいわけじゃ、ない」
「……」
「大変かも、しれないけど、私は、幸せ。生まれてきて、初めて、幸せだって、思ってる」
「俺といたら不幸になる。分かるだろ?」
少年は吐き捨てるが、少女はぎこちない笑みを浮かべた。
「そんなこと、ない。私は、ライナスといれば、幸せ。それだけで、いい」
「……勝手にしろ」
少女が口の中に運んでくれた粥は、少年の空腹を癒し、体を温めた。もしかしたら、細やかな幸せを嚙みしめるような生き方もあるかもしれない。少年はそんな未来を想像したが……。
「見つけたぞ、エメラルダ」
しゃがれた声が、少年の希望を現実で黒く塗りつぶす。
「あ、あんたは……」
震える少年の声。
少女も目の前に現れた絶望に、瞳を揺らした。
「お、お父様」
それは、老人の姿をしていた。腰は曲がり、頭髪もほとんど残らず、表情も皺にだらけ。しかし、不吉な空気が老人から流れるようだ。少年は訪問者の目的を察して、震えながら質問する。
「今さら……俺を裏切るつもりか?」
老人に似合わぬ威圧感を出しながら、それは答えた。
「何を言う。我々は協力者ではないか。これまでも、これからもな」
「だったら、なぜここにきた? 俺にこれ以上の利用価値があるわけないだろ」
「……ふむ」
老人は何度か頷き、続けた。
「おぬしは自分を過小評価しているようだ。まだまだ利用価値はある」
「俺はもう戦えない」
「戦う必要などない」
「じゃあ、何をさせるつもりだ?」
老人が歪んだ笑みを見せる。
「体を調べさせてもらう。エメラルダの血に耐え、デモン化まで確認されているからには、放っておけんからな」
「調べる……?」
「うむ。ちょっと詳しくな。肉を裂き、内臓を取り出し、眼球をくりぬいて、他の素体と何が違うのか、隅々まで調べさせてもらうわ」
少年は自らの未来を想像して、顔を青く染める。だが、老人の好奇心は彼だけにとどまらない。
「エメラルダ、お前もそろそろ調べておくか」
「……」
少年は口を閉ざしたままの少女の姿を見て、救いのない状況を知る。
「待て。エメラルダはあんたの娘なんだろ? 調べるって、普通の検査だよな? 悪いところがないか、調べるだけなんだよな?」
老人は彼の言葉を理解できないと言わんばかりに首を傾げる。
「何を言う。おぬしと同じだ。あれだけの成果を出したのだから、しっかりと調べないとな」
すると、老人の後ろから男が一人顔を出す。満面の笑みを浮かべているが、その目は刃のように冷たい。
「あ、悪魔……」
少年の呟きに対し、老人の表情が変わることはない。
「捕らえよ。できれば、新鮮な状態で少しずつ解剖したいところだからな。今は殺すなよ」
「承知しました」
男が少年と少女へ足を進める。
「待ってくれ。お願いだ、見逃してくれ! せめて、エメラルダだけでも!!」
悪魔の使いが懐から取り出したのは、少年の体など簡単に引き裂いてしまいそうな、大型のナイフ。
「い、いやだ。助けてくれ。助けて……。助けてくれ!!」
少年と少女の悲鳴が上がる。
どんなに血塗れになっても、そこは忘れられた廃屋だ。二人の少年少女の身に何があっても、誰も知ることはなかった。
―― 第2章に続く ――
ちょっと早いかもしれませんが、帰ってきました。
タイトルも本来の「星を継ぐ巫女」に変更し、書きたいものを気楽に書きたいと思います。
第2章もどうかよろしくお願いします。




