偶然じゃない!
「で、デモンがこっちにくるぞ!!」
先程まで、林の影に隠れていたデモンが、ついに姿を現した。ゴリラよりもたくましい肉体に、その強さを誇るのような二本の角。そして、黒々とした体はデモンの特徴だ。
「ひぃ、くるな!」
村人たちは槍を構えるが、腰が引けている。あれでは屈強なデモンを追い返すことなんて絶対に無理だ。現にデモンが腕を振るっただけで、村人が二人も吹き飛ばされてしまった。
それを見て慌てて指示を出したのは村長だ。
「エレクトラ、もう一回やってみるんだ!」
「は、はい!」
エレクトラは既にもう一度指先に傷を付け、ベイルくんの口の中に突っ込んでいた。しかし、ベイルくんの体に変化は何もない。
「くそぉぉぉ、予備の聖女はおらんのか! この際、王族聖女の資格を持っていなくても構わん!」
デモンが迫る大混乱の中、エレクトラとは別の聖女が二人ほど、ベイルくんに血を飲ませたが……
結果は同じ。ベイルくんは本当にドラクラ化できなかったのだ。
「ま、まずいそ。このままでは……」
村長の顔が青く染まると同時に、デモンの雄たけびが聞こえた。デモンの足元には倒れた村人が数名。それを跨ぐようにして、デモンがこちらに近付いてくる。
「ぜ、全滅だ! このままでは我が村は全滅だぞ!!」
村人がさらに何名か、デモンによって弾き飛ばされる。ベイルくんもその様子を目にして、悔し気に歯を食いしばっているが、決して逃げ出そうとはしない。
ちくしょう、こんな縄さえなければ、今すぐベイルくんを助けに行けるのに!!
「ひ、ひいいいぃぃぃ」
村長は腰が抜けてしまったのか、尻もちを吐いた状態で足をばたつかせていた。ついに村人のほとんどが逃げ出し、デモンの前進を阻もうとするのは数名の男とエレクトラ。そして、村長のみである。
これなら、私もベイルくんのところに駆け付けるのでは!?
と思ったが、私の自由を奪う腰縄は近くの木に縛り付けられている。これじゃあ逃げることもできないじゃん!
「お……おい、お前! 詐欺師!」
そんな中、声をかけてきたのは、最初に私を詐欺師呼ばわりしてくれた、役場の受付のおっさんだった。
「お前、本当にベイリール様をドラクラ化させられるのか?」
「ふがふん! ふがふ、ふがふふがががー!」
「あ? なんだって?」
ここでお決まりのボケをかますな!
猿ぐつわを外せってば!
「あ、そうか。これだったな」
おっさんが猿ぐつわを外してくれる。
「ぷはっ! 死にたくないなら、こっちも外して! 全員助けるから! 絶対に!」
「お、おう!」
おっさんは私を縛る縄をナイフでバッサリを切ってくれた。これで自由だ。
ベイルくんはどこ??
改めてデモンの方を見る。
残ったわずかな村人たちが剣や槍を持って、デモンをツンツンと攻撃しているが、もちろん意味はない。
そして、そんな彼らの後ろにベイルくんは、ただ立っていた。まるで、村長とエレクトラを守るように。
「もう! ちびっ子のくせに度胸だけはあるんだから!」
私はベイルくんの方へ駈け出す。が……少しだけ不安だった。
あの荒野でベイルくんは確かに、私の血でドラクラ化した。でも、あれが偶然だとしたら……?
だって、私はダメ聖女。
それなのにベイルくんまでドラクラ化できない王子だったら、成功率は低いに決まっているじゃないか。
「えーーーい! 今は考えるより行動あるのみ!」
私は不安を振り払うように全力で走った。
「ベイルくん!」
「……スイさん!」
振り返ったベイルくん。
少しだけ勇ましい顔つきだったその表情が、半泣きの男の子のものになる。
もう、可愛いじゃないか!
私を見て安心してやんの。
「お、お前はさっきの……」
動揺する村長を見て、一発罵ってやりたいところだったが、その余裕はなかった。
「これ、借りるから!」
私は村長が握りしめていた小さいナイフを取り上げ、ベイルくんの横に並んでから、彼を見下ろす。
「待たせちゃったね。やろうか!」
「……はい!」
ベイルくんが少し緊張した様子で頷く。たぶん、考えていることは同じだ。
あのときの成功が何かの偶然だったとしたら……。でも、その後に考えたことも、たぶん同じなのだろう。
そう、今はやるしかない、ってね!
私は膝を付き、両手を組んで祈る。
「天にまします我らが星の巫女よ。今こそ我が血に貴方の祝福を。そして、彼に魔を払う力を与えたまえ!」
私はナイフで指先を傷付ける。
そして、血が滴る指先をベイルくんの方へ差し出した。
指先の向こうで、ベイルくんの潤んだ瞳が揺れている。私はそれを見つめた。
大丈夫。信じて。
いや、信じよう。私なら、君ならできるよ。
そんな私の気持ちが伝わったのか、ベイルくんは頷き、少しずつ唇を近付ける。そして、彼が私の指先を口に含んだ。
ベイルくんが傷口を強く吸うものだから、少し痛みが走る。だけど、彼は必死に私の血を貪ろうとしていた。
ベイルくんの口が私の指から離れ、彼は言った。
「スイさん……いえ、聖女様。離れていてください」
その声は途中から太くて低いものに変化する。そして、彼の体が膨らみ始めた。体も表情も……子どもだったベイルくんの姿はどこにもない。たくましい男が一人、私の前に立つだけだ。
「よぉーーーしっ! ベイルくん、やっちまえ!」
私が言うと、彼は大人っぽい微笑みを見せた。そして、振り返るとデモンの方へ向かっていく。
「これを借りる」
そう言って、腰を抜かしている村人が手にしていた剣を手にすると、デモンと小競り合いする大人たちに向かって叫んだ。
「皆さん、離れるように。そのデモンは、私……ベイリール・トランドストにお任せください!」
村人たちがベイルくんの姿を見て歓喜の声を上げた。
「ドラクラ様だ!」
「助かったぞー!」
村人たちが後退すると、デモンは瞬時に強敵の出現を感知し、雄たけびを上げて襲い掛かってきた。それに対し、ベイルくんはすれ違うようにしてデモンの後方へ駆け抜ける。私には何も見えなかったけれど、その瞬間に一閃が走った、らしい。
デモンの首が血に落ち、黒い血が噴水のように吹き出すのだった。
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。
「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!




