もし、やり直せたのなら
「スイ様、申し訳……ございません」
私の膝の上で、レックスさんが血を吐き出した。それでも、彼は私に伝えようとする。
「あと少しで、ライナスを仕留められたのですが、子どもの姿の彼を……見てしまった。子どもを斬る覚悟が、できていなかった。ふっ、王と一緒で……私も甘い」
そうだ、レックスさんの出身は孤児院で、子どもたちの面倒を見るのが好きだった。突然、子どもの姿になったライナスくんを見て、動揺してしまったのだろう。
「さ、最期にお願いが、あります」
「嫌だ、レックスさん……最期なんて、言わないでください!!」
レックスさんが苦痛に顔を歪めながら、微笑む。
「ベイル様を、お願いします。こんなこと、私が言わなくても、貴方は……」
「分かっています! ベイルくんは絶対に、私が見守っていきますから。でも、レックスさんも一緒に……!!」
「その、つもりでした。これからも、スイ様と二人で、ベイル様を見守り……新しい、王に」
レックスさんの言葉が途切れ、再び吐血する。
「スイ様、今までありがとう、ございました。貴方のおかげで、私は……」
「違う。違います! レックスさんのおかげで、私はここまでこれたんです。だから、お願い。ちゃんとお礼を言いたいの。死なないで。死なないで!!」
しかし、私は分かってしまった。
レックスさんから、生気が抜けていくことを。
それでも、彼は私を見て微笑みを見せてくれた。
「レックスさん!」
「……人を」
ただ、それがレックスさんの最期の言葉だった。
「人を愛するとは、幸福なことなの、ですね。……スイ、さ、ま」
「……レックスさん?」
返事はない。その表情に、その目に、少しも力が加わっていなかった。
「死んじゃった」
私は呟く。
「レックスさん、死んじゃったよう……」
激しい胸の痛み。
叫びたいけど、胸が痛くて、頭が痛くて、そんなこともできなかった。
「スイさん、やっぱりそいつを……」
ライナスくんが、レックスさんの血で濡れた剣を握ったまま、私に声をかける。
「ごめんよ、スイさん。でも、これで悲しみの連鎖は終わる。俺が終わらせる。俺のことを恨んでも構わない。俺はスイさんが好きだけど……俺がやらないと、いけないことだったんだ!」
たぶん、ライナスくんは……私ではなく、自分に話してかけていたのだ。
彼の心の迷い。痛み。覚悟も、私には分かる。だけどさ……。
「ずっと、思っていたんだ」
「……えっ?」
私はレックスさんの頭をできるだけ優しく、床に移し、立ち上がった。
「聖女なんて、目指さなければ……こんなに苦しい気持ちになることも、なかったって」
都会に出て聖女になれば、きっと楽しいことがたくさんあると思っていた。でも、本当は苦しいことばかりで……。そのたびに、私は自分の決断が正しかったのか、迷ってしまったんだ。
「特に最近は、本当に苦しいことばかりだった。忙しいし、目を背けたいことも多くて、こんなことなら……ララバイ村で馬鹿にされなかがら、怠けていた方がマシだったかも、って何度も思った」
「スイさん……何の話を?」
ああ、胸が痛い。目の中が熱い。頭は割れてしまいそうだ。
「だけど、それでも……私は最初からやり直せたとしても、この道を進むんだと思う。だって……」
熱い。本当に熱い。
私の中から、何かが飛び出してきそうだ。これを解放したら楽になるのかな。
少し怖い。そんなことしたら、私が私ではなくなってしまうような……。
だけど、今は必要だ。これを解放しなければ。
「だって、私は……やっぱり誰かの役に立ちたい。誰かに笑顔になってほしい。そのためなら……!!」
私は、それを解放した。最初はただ熱くて、眩しかった。しかも、それが自分の中から出ていたなんて、気付きもしなかった。
「な、なんだこの光は!?」
広い広い謁見の間が、光に溢れる。どこに目を向けても、真っ白に見えるくらい、激しい光に満ちていく。そして、その中で私は別の光に包まれていた。緑色の、柔らかい光の中で、少しだけ浮いていた。
「これは、星の巫女……?」
王様の呟きが聞こえた。
――ど、どうすれば……スイさんのところに?
次に聞こえたのは、ベイルくんの声だ。でも、ちょっと遠い。本来なら聞こえないくらい、遠い場所。だけど、今の私には聞こえる。
嗚呼、もっとだ。
もっと、光が……私の中から!!
「ベイルくん、やるよ! この戦いを……二人で終わらせるんだ!!」
さらに激しい光が、私を中心に広がって行った。
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