ビーンズ・ライオネス
そこから、将軍は圧倒的だった。右にカタナを振るえば、誰かが崩れ落ち、左にカタナを突き出せば、誰かが血を吐いて倒れる。あっという間に、議事堂は血に染まっていた。
たぶん、ライナスくんの仲間は三十人はいたと思うけど、そのうち半分が倒れている。
「将軍、私たちが代わります! 私たちの縄を解いてください!」
サムライたちが主張する。
でも、無理なんだ。
将軍だって、私だってそうしたいけど、少しでも集中力を途切れされたら、やられてしまう。
将軍はライナスくんの仲間たちに、私はエメちゃんに……。
つまりは、完全に拮抗した状態なのだけれど、時間が経過すればするほど、不利なのは私たちだ。
そして、そのときはきた。
「将軍!」
「ちくしょう……」
将軍がついに膝を付いたのだ。
「今だ! 殺せ!」
ライナスくんが叫び、仲間たちが斬りかかる。将軍は背中に剣を受けつつも立ち上がり、一人を斬って、もう一人を蹴り飛ばした。
あれだけぼろぼろになっても、まだ戦えるなんて。とんでもない精神力だけど……。
「げほっ」
血を吐き出し、再び膝を付く将軍は……もう限界だった。
「将軍、ここはもういいよ! 逃げて!!」
「……スイちゃんを置いて逃げるわけねぇだろう」
「でも、このままじゃあ死んじゃうよ!!」
「……スイちゃんとザーギン行くまで、死なねぇよ」
「でも、でも……」
将軍の足元に血の赤が広がっていく。
嫌だ。将軍が死んじゃうよ!
誰か助けて。
フレイルくんとリリアちゃん。
レックスさん。
ベイルくん!!
お願いだから、助けてよ!!
「ふぅ……」
将軍が深く息を吐いた。もう一度、深呼吸を。
「スイちゃん、こんなおっさんでも、アリだろ?」
突然、そんな風に聞かれて、私は涙が溢れてきた。
たぶん、これが将軍との最後の会話なんだ……。
「う、うん! アリだよ! 将軍はかっこいい! イケオジだよ!!」
「ふははっ……。だろ? んじゃあ、ここ切り抜けたら、デートしてくれる?」
「行く! どこでも良いよ! ザーギンじゃなくても良い。近くの公園でもいいから、一緒に行こう!!」
「近くの公園って、そんなところでいいの? ……スイちゃんは、可愛いのう」
将軍がまたも吐血する。
しかも、人の口からそんなに液体って出てくるの?って、びっくりするくらい、とんでもない量だった。
「スイちゃん……リリアにすまんと謝っておいてくれ。それから……王にも、約束守れなくて悪かった、って」
「将軍は立派だよ! リリアちゃんだって分かってるはず。王様だって……!!」
「……そうかなぁ。最後の最後で、あいつと仲直りできたって、思いてぇなぁ」
そこから、将軍の息が聞こえなくなってしまった。
「将軍?」
声をかけるが、何も返ってこない。
「将軍ってば! 生きているよね? 立っているんだから、生きているよね!?」
それでも、声は返ってこなかった。
「嫌だよ……!!」
私は干渉をやめて、将軍の方へ駆け寄った。将軍は死なない。死ぬわけがない!
そう願ったけれど、彼の目から意思というものは感じられなかった。それを見て、私の体から力が抜けてしまう。
「将軍!!」
「ウソだ、ビーンズ様!!」
サムライたちも声を張り、将軍に呼びかけるが、彼は動かない。もう二度と……動かないのだ。
各々感情を露にするサムライたちだったが、ライナスくんはそれを睨み付ける。
「ぬるいんだよ……」
彼の呟きは、サムライたちに届いていない。声を上げて悲しむサムライに、ライナスくんは怒鳴り付けた。
「ぬるいんだよ、お前たちは! 人一人死んだくらいで泣きわめきやがって! 俺たち、貧民街の人間にとって、これくらいは日常茶飯事だ。これくらいで動揺するやつらが、サムライを名乗るな!!」
それでも、サムライたちには声が届かず、ライナスくんは信じられないと言わんばかりに表情を歪めたあと、その次には憎悪の色に染まっていく。
「ライナス! 国王が隠れている場所、分かったぞ!!」
そんな中、ライナスくんの仲間が駆け付け、報告する。どうやら城の中を捜索していた、別の仲間たちが合流したらしい。
「そうか。……ついに将軍を片付けた。革命は成功するぞ!」
ライナスくんたちが雄たけびを上げる。
ああ、静かにしてほしい。
将軍が眠っているんだから。
ずっと、この国のために戦っていた将軍が眠っているのだから、静かにしてよ。
「さぁ、スイさん。行くよ」
ライナスくんが腕を引っ張るが、私は動けなかった。拒否することもできないくらい、虚無感でいっぱいだ。
「目隠しは……もう必要ない、か」
そう呟くと、ライナスくんは私を無理やり立たせた。そして、引きずるようにして歩き出す。
ごめん、将軍。私のために貴方は……。
でも、それなのに、私はライナスくんを恨むことができない。
戦う気にもなれない。
どうすればいいの?
ベイルくん、いつもみたいに助けにきてよ。ああ、でも彼は……。
「ベイリールは変身できない」
ライナスくんが言うのだった。
「最大の障壁とも言えた将軍も撃破した。トランドスト王国は変わる。変わるんだ!!」




