もう一人のポンコツ?
「ふが! ふがふふーーーん!!」
私の声が届いたのだろうか。ベイルくんの唇がぴたりと止まる。
「どうしたのですか?」
首を傾げるエレクトラに、ベイルくんは言う。
「ごめんなさい。やっぱり、僕にはできません。ここまで来て、こんなことを言うなんて、本当にダメだって分かっているのですが、できないんです。本当にごめんなさい」
「……ベイリール様」
エレクトラは肩を落とすベイルくんを抱き寄せ、その背中を撫でる。
「怖いのは分かります。しかし、これを乗り越えなければ、貴方はこの先、もっと大きな困難にその道を阻まれてしまうかもしれません。そう、これはチャンスなのです。貴方がもっと立派になるためのチャンス」
「あの、僕は……そういうのではなくて」
何かを必死に伝えようとするベイルくんだったが……。
「きゃあああぁぁぁーーー!」
村人の一人が悲鳴を上げる。
何事かと全員がそちらに視線を向けると、叫んだ村人は言った。
「デモン! デモンがいる!」
今度は、その村人が指した方向を全員が見ると、黒い影のような人間が木の裏に身を潜め、こちらを覗いていた。
小さく悲鳴を上げた村長がエレクトラの肩をゆする。
「え、エレクトラ! 早くベイリール様を説得せんか! このままでは皆殺しにされるぞ!」
「わ、わかっています。ベイリール様、このままでは村のみんなが酷い目に遭ってしまいます。助けられるのは貴方だけ。どうか勇気を出して!」
この窮地。きっとベイルくんなら、あのときみたいにドラクラ化するのだろう……
と私も思ったが、意外にも彼は首を横に振る。
「違うんです! 僕にはできません。ダメなんです!」
「……」
妙に頑固なベイルくんに、エレクトラがいまだかつてない表情を見せ、ぼそりと呟く。
「……この」
「この?」
首を傾げるベイルくんにエレクトラは顔面を引きつらせながら……叫ぶのだった。
「この臆病者のクソガキがぁぁぁーーーっ! 黙って私の指をしゃぶればいいんだよぉぉぉっ!!」
自らの指をベイルくんの口の中に無理やり突っ込もうとするエレクトラ。
「ふがふーーー!」
私は止めに入ろうとするが、おっさんに腰縄を引っ張られてしまう。
「や、やめて! やめてください!」
「抵抗するなガキ!ほら、口を開けなさい!」
「やめて! やめ――ごふっ!」
嗚呼!
ベイルくんの口にエレクトラの指先が!
これは血を飲み込んでしまったに違いない。きっと、瞬く間にドラクラ化して、青年の姿のベイルくんが現れるんだ……!
と、思ったが……
その瞬間はいつになっても、訪れなかった。
いつまでもドラクラ化しないベイルくんを見て、村人たちは驚きに言葉を失う。
「ど、どうして!」
最も困惑しているのは血を与えたエレクトラ本人だ。
「なんでドラクラ化しないのよ!?」
エレクトラに胸倉をつかまれ、ゆすられるベイルくんは何度も謝ったのち、告白するのだった。
「ぼ、僕はドラクラ化できないのです」
「……へっ?」
完全な沈黙が訪れた中で、ベイルくんは改めて言う。
「トランドスト家の歴史で唯一、ドラクラ化できない王子……それが、僕なんです」
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