◆届かない二つの想い
「……リリア、ごめん」
弟が去って、ベイリールはやっと謝罪を言葉にした。やっと、思い止まってくれる。安心するリリアだったが、次の彼の言葉はそれを否定するものだった。
「でも、僕は行くよ」
「……え?」
ベイリールは笑顔を見せる。
だが、それは憔悴しきったものだった。
「僕はこれまで、死んでいたと同然だったんだ」
彼が語り出すが、リリアはただ止める手段を考えた。今はフレイルがいない。自分が止めなければ、と。そんな彼女に、ベイルはただ本音を語る。残酷な本音を。
「トランドスト王家の第一王子なのに、誰の役にも立てなかった僕が、今は誰かを笑顔にできている。誰かを守れているんだ。リリアやフレイルのピンチに駆けつけることもできた……。それは全部、スイさんと出会ったからなんだ。スイさんのおかげなんだ」
「ま、待って」
それ以上、何も言ってほしくなかった。
事実を、本心を突き付けてほしくは、なかった。
しかし、彼は語り続ける。
「スイさんと出会って、僕はやっと生きているって実感できた。スイさんは僕の半身だ。失ったら、とても生きていられない」
「そんなことない。だって、私が……」
ベイリールが立ち上がる。
「フレイルにも謝っておいてほしい。いつも勝手でごめん、って。でも、僕はもう戻りたくないんだ。死んでいるように生きていた自分に」
ベイリールがドアノブに手をかける。ここで引き止めなかったら、彼は。しかし、リリアには言葉がなかった。彼の意志を変える言葉が。
だから、自分の気持ちを、正直な想いを、伝えるしかなかった。
「好きなの!」
ベイリールの手が止まる。
「え?」
それがどういう意味なのか、彼は理解していなかった。リリアは言う。気持ちをぶつける。
「ベイルのこと、ずっと好きだった! 子どもの頃から……今も、ずっと好き。許嫁だからとか、そう言うのじゃない。ずっと貴方のことだけを見て、この気持ちを伝えたいと思っていた。だから、お願い。行かないで。私だって、自分の半身は失いたくない。ずっと……傍にいてよ」
リリアの想いに、しばらくはただ黙っているベイリールだったが、彼は再び顔を背けてしまう。膝を付き、嗚咽をを始めるリリアだったが、ベイリールは扉を開けてしまった。
「ごめん、リリア。もし、僕がここで行かなかったら、たぶんそれはもう、僕じゃないんだ。死人なんだよ。そんな男が、君の気持ちを受け止められるわけがない」
「そんなことない。待って! ベイル! ベイル!!」
しかし、ベイリールは部屋を出て、扉を閉ざしてしまう。そして、人気のない廊下を走り出すのだった。
水差しを手にして、部屋に戻ろうとするフレイル。扉を開こうとする寸前で、リリアの声が聞こえた。
「好きなの!」
フレイルの手が止まる。
そっと、ドアノブから手を離し、彼は一歩二歩と退がった。
「……そうか。やっと、言うんだな」
フレイルは部屋の前から離れ、しばらく気配を消していた。何を考えるわけでもなく。ただ黙って、時間が過ぎるのを待った。すると、ドアが開く音を聞く。
「そんなことない。待って! ベイル! ベイル!!」
再びリリアの声を聞き、兄が立ち去る気配を感じ取った。だが、彼はすぐに部屋へ戻ろうとしない。きっと、彼女は泣いている。少しだけ、気持ちを落ち着かせる時間が必要だ。
大丈夫、強い女だから、誰かの慰めなんて求めていない。いや……いつも泣き続けて、励ますのが自分の役目だった。
それでも、彼女がどんな顔をしているのか、フレイルは戻れなかった。十分ほど待って、フレイルは戻ろうと決意する。
もしかしたら、まだ泣いているかもしれない。
そしたら、どうやって笑わせてやろう。そう考えていたのだが……。
「遅い!!」
リリアは怒っていた。
「ご、ごめん。……あれ、兄さんは?」
とぼけて見せると、リリアは何事もなかったように鼻を鳴らす。
「行っちゃった。スイさんを助けるってさ」
「……兄さんも馬鹿だねぇ。で、リリアはどうすんの?」
リリアはフレイルを睨み付けるように見ると、強気な笑みを見せて言うのだった。
「仕方ないから、私たちが助けてあげる。それしかないでしょ!」
「だと思った……」
フレイルはリリアに歩み寄ると、拳を差し出した。リリアも拳を持ち上げると、二人はそれをコツンと合わせる。
「待たせすぎだよ、相棒」
「待たせた分、暴れまわってやるさ」
二人は部屋を出て、廊下を駆ける。途中、リリアの瞳から涙がこぼれたが、フレイルは気付かないふりをした。
「ねぇ」
廊下に霧が出始めた頃、リリアはフレイルに聞いた。
「こんな私と一緒にいて、フレイルは呆れないの? 嫌にならない?」
「呆れないし、嫌にもならない」
「……どうして?」
なぜか拗ねたように確認するリリアに、フレイルは笑顔を見せた。
「そんなの、惚れてるからに決まっているだろ」
「……へっ? ど、どどど……どういうこと?」
「リリアが兄さんを想うみたいに、俺もお前に惚れていたってことだよ!」
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