悪魔の囁き
その日の夜――アジトに暮らす皆が静かになったから、たぶん夜だけど――私は眠れずにいた。
「ねぇ、エメちゃん。そこにいる?」
まったく気配はないが、私はそこにいるだろうエメちゃんに呼びかける。
「いる」
返事があったことにほっとしつつ、私は彼女に語り掛けた。
「ねぇ、エメちゃんはこのままで良いの……?」
「……なんの、こと?」
「彼は君と一緒に戦ったら、死んじゃうかもしれないってことでしょ?」
無言。
「私もベイルくん……自分のパートナに、ずっと毒を与えていたんだ。ライナスくんのことは絶対に止めたいし、私のパートナだってテロを止めたいって思っているはず。だけど、毒を与えるなんて、できないよ」
そう、ずっと勘違いしていた。
私の血を誰もが受け入れられなかった中で、唯一ベイルくんだけがドラクラ化に成功した。だから、それは運命の出会いだと思っていたのに……。ただの不幸の始まりだったのだ。
「私に、意思はない。ライナスが戦うなら、一緒に戦う。それだけ」
「ライナスくんが死んじゃっても、いいの?」
そこから、何度も呼びかけても、エメちゃんは答えてくれなかった。だから、私はこれで最後にしよう、と思った。
「……エメちゃんに意思がないなんて、ウソだよ。ライナスくんのことが好きだって、私には分かってる。お互いさ、大事なことは自分に後悔がないよう、決めようね」
もちろん、返事はなかった。
それから、少しだけ眠って、朝がきた。
「おはよう、スイさん」
朝食を食べさてもらうと、ライナスくんが声をかけてきた。
「早速だけど行こうか」
「行く、って……どこに?」
「そりゃ、トランドスト城の議事堂さ。今日はあそこで、大きな大きな会議が開かれる。国王と将軍が二人揃うチャンスってわけ。そこに、スイさんを人質にして乗り込めば……どうなると思う?」
「やめてくれ、って言っても……ダメなんだよね?」
「そうだよ。今日この日のために、たくさんの準備をしてきた。あとは、俺たちの命を懸けるだけ。そういう状況なんだから」
「……そう」
「……じゃあ、おんぶするから、ちゃんと掴まっていてね」
「待ってよ。世話してくれた人たちに、お礼くらい言わせてほしんだけど」
「悪いね。もうみんな、ここを引き払ったところだから」
そう言って、私はライナスくんに背負われ、運ばれた。たぶん、馬車に乗せられたのだろう。今度は一定の振動に揺られ始めるのだった。
「お城にはたくさんの騎士がいるし、最近はフォグ・スイーパも待機している。いくらライナスくんが強くても、議事堂にだってたどり着かないんじゃないのかな」
私の質問に、ライナスくんは小さく笑ったみたいだった。
「心配してくれるの?」
「そうじゃない。馬鹿なことをしている、って思い直してほしい」
「……俺たちは、スイさんが思っているほど馬鹿じゃないよ。言っただろ、この日のために準備をしたって」
「どんな準備?」
「うーん……」
ライナスくんは渋ったが、最後には今の私が障害になることはない、と判断したらしい。
「王都の重要な建物をすべて霧で包囲するんだ。さらに、爆弾も仕掛ける。そしたら、騎士やサムライ……ドラクラだって大忙しになるだろ? どいつもこいつも外に駆り出され、戦力は分散される。そしたら、城はいつもより手薄になるはず。そこに、スイさんを人質にした俺が殴りこんでいったら……みんなたまげるだろうな」
笑い出すライナスくん。確かに、恐ろしい計画だ。でも、疑問がある。
「どうして、君は呪木を自由に使えるんだい?」
ライナスくんは答えなかった。
「そうだよ、私の過去も知っているし……エメちゃんみたいな能力の高い聖女と、どこで出会ったのさ!?」
そうだ、皆が疑問に思っていたことはそれだ。ライナスくんは呪木を使って、いつも戦いを優勢に進めた。
それだけじゃない。
貧民街出身の彼が、いつエメちゃんと出会った?
なぜ、一般には公開されていない、王族のパーティや会議が開催されることまで知っているんだ!
立て続けの質問に、ライナスくんがやっと答えてくれた。
「悪魔さ」
「え?」
「すべて、悪魔が俺を導いてくれたのさ。呪われたお前の力で、この国を救ってみろ、ってね」
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