あの子はきっと不安
村人たちは、聖女エレクトラとベイルくんを先頭に、黒霧が発生する東側へ移動する。
本来、黒霧の発生源である呪木の除去は聖女とドラクラがいれば十分だが、村の人々は王族のドラクラ化を一目見たいと、サポートを建前にわざわざついてきたらしい。
知らなかったが、トランドスト王家のドラクラ化は他のドラクラとは一味違うのだとか。それで、役場にほとんど人がいなくなってしまうものだから、幸か不幸か
「詐欺師を見張りなしで放っておくわけにもいかない」
と腰縄を引っ張られながら、私も一緒に行くことになった。
「ベイリール様、段差があります。お手を」
「す、すみません」
エレクトラがちびっ子のベイルくんに手を貸して、段差を乗り越えさせる。何だかいい雰囲気……。
ベイルくんもまんざらでもないって感じでデレデレしてるし! このままじゃ、ベイルくんの聖女と言う地位を、エレクトラに取られてしまうじゃないか!
「ふが、ふがふが!」
何とか猿ぐつわだけでも取れないか、と必死に口を動かすが、顎が疲れてしまうだけだった。
霧が見え始めたところで、エレクトラが村人たちの方に振り返った。
「さぁ、皆さん。ここでドラクラ化の儀式を行います。どうか静粛に」
先ほどまで不安を口々にしていた村人たちが鎮まる。そんな様子を見ていると、エレクトラが持つ聖女としての貫録を感じずにはいられなかった。
それにしても、ベイルくんは本当にエレクトラと戦うつもりなのだろうか。彼の様子を窺うと、何だか気を落としたように俯いて、黙り込んでいる。
もしかして、私がいなくて不安なのかな?
「ふががふががー!」
何も手伝ってあげられない。
せめて「ここにいるよー!」と ベイルくんに言ってあげたかったが、それすら難しかった。
「ベイリール様、大丈夫ですか?」
エレクトラが背の低いベイルくんと視線を合わせるために、彼の前で膝を付いた。
「あ、あのですね。僕は……その、自信がありません。あまり、ドラクラとして戦ったことが、ないので」
ベイルくんが遠慮がちに自身の気持ちを吐露する。それを聞いて、私は少し複雑な気持ちに。そうか、緊張しているだけか。
ちょっと……ちょっとだけだけれど、
私が相手じゃないと嫌だとか、そういう気持ちなのかな、って期待してしまっていたじゃないか。
―― 聖女様……私と、結婚してください。
青年のベイルくんはそんなことを言っていたけれど……どれくらい本気だったのだろう。
まぁ、いいや。
それは気にしないことにしよう。
だってベイルくんは、大人に変身するだけのちびっ子なんだから。
エレクトラは俯くベイルくんの両手を自らの手で包む。
「不安な気持ちは分かります。しかし、私はもちろん村の人々もベイリール様をサポートいたします。なので、ベイリール様はドラクラになることだけ考えていただければ、後は何も心配することはないのですよ」
「ど、ドラクラになることだけ、ですか……」
まさに包み込む聖母の慈愛、といったエレクトラの笑顔に、ベイルくんも少し緊張がほぐれたのだろうか。黒霧の方を見据えてから、何やら闘志をみなぎらせている……ように見えた。
「分かりました、エレクトラさん。僕、やってみます」
「ふがふがーっ!!」
深々と頷くベイルくんを何とか止めようとする私だが、やはりその声は届かない。
「ありがとうございます、ベイリール様。それでは、始めましょう」
エレクトラは片膝を付くと、両手を組んで祈りのポーズをとった。
「天にまします我らが星の巫女よ。今こそ我が血に貴方の祝福を。そして、彼に魔を払う力を与えたまえ」
エレクトラが祈りを捧げると、後ろに控えていた村長が、小さいナイフを彼女に差し出す。それを受け取ったエレクトラは指先に小さな傷を付けた。じんわりと血が浮き上がり、やがて地面に滴り落ちる。
「さぁ、お口に」
ベイルくんが小さい口を少しだけ開き、エレクトラの指先に近付ける。
……なんだろう。
青い顔で震えるベイルくん。それを慈愛の表情で眺めるエレクトラ。
ベイルくんの唇が、エレクトラの指先に触れようとする、その光景を見て、私は今まで経験したことのない、妙な感情に包まれる。
と、止めないと!
でも、どうして?
いやいや、そんなの決まっているでしょ。ベイルくんの聖女という地位を、他の女に渡すわけにはいかないのだから。
「ふが! ふがふふーーーん!!」
口を塞がれたまま、私は必死に叫ぶのだった。
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