君、変なスイッチ入ってない?
「エメラルダ、もういい」
私と謎の聖女による腕の絡め合いが続き、土埃が収まり始めたころ、ライナスくんが姿を現した。その手から血が流れているところを見ると、ベイルくんの一撃を受けて、ただでは済まなかったらしい。
そして、ライナスくんの言葉よって、謎の聖女も動きを止めた。ただ、迷いが見える。まだ、私たちに負けはしないという気概も。
「それ以上、無理するな。目先の勝利より、お前の体が大切だ」
しかし、ライナスくんの労りの言葉が染みたのか、謎の聖女の意識は消えるのだった。そして、ライナスくんはしばらく私を見つめていたが、
小さく息を吐くと、黙って踵を返す。どうやら、立ち去るつもりらしい。
「待て。このまま逃がすと思うな」
斬呪刀をかまえ、一歩前に出るベイルくんだが、私は彼の腕をつかむ。
「ここまでにしよう、ベイルくん」
「どうして?? 今なら捕らえられます。それとも、聖女様はあの男を……!?」
「違う。よく見るんだ」
ふらっと倒れそうになるライナスくんだったが、彼を支える白い腕が現れる。白い肌。
それは、美しい少女のものだった。
歳はたぶんライナスくんやニアちゃんと変わらないくらいだろう。透き通るような白い肌に、黄金の瞳。その面影は、どこかで見たような……。
「あの聖女……底が知れない感じがする。それに、仲間たちも戻ってきたみたいだ。ここは逃げてもらった方が、私たちも安全だよ」
「……分かりました」
ライナスくんと謎の聖女――ライナスくんはエメラルダと言っていた――が、霧の中に消え、一分も立たないうちに、視界が少しずつ晴れて行った。
「呪木が除去されたのでしょうか?」
視線を上げるベイルくんに、私は頷く。
「みたいだね。フレイルくんとリリアちゃんがやってくれたんだ」
どうやら事件は解決。でも、問題は山積みのような気もした。なによりも、ライナスくんが……。
「ライナスという男、凄まじい実力でした」
「そうだね。次は勝てるといいけど……」
「勝ちます。聖女様の前で、私は負けられない」
「うん、期待ているよ」
とは言え、それは私にも同じことが言える。あの謎の聖女……また同じように正面から実力を競い合うことになったら、どうなることやら。
でも、今日のところは助かった。安心すると、全身の力が抜けて、私はその場に座り込みそうになってしまう。しかし、それをガッシリとベイルくんが支えてくれた。
「聖女様に……負担をかけてしまいました」
「まだ気にしているの? 平気平気。それに、これが私の役目なんだから」
とは言え、頭が痛いし吐き気もする。目もチカチカするし、立っているのもつらいくらい。
「あーあ、せっかくのドレスが泥だらけだよ……。せっかく用意してくれたのに、ごめんね?」
「問題ありません。それより、戻って休みましょう。すぐに」
「うん。でも、歩けない……」
「任せてください。いつものように」
「いつもの、ように?」
なんのことだろう。
頭が働かず、ぼんやりと考えていると、ベイルくんがひょい、と私を持ち上げた。
ああ、いつものお姫様抱っこだ。
そうそう、こういうときはいつもベイルくんが抱っこして、運んでくれるんだよね。それで……それで、どうなんるんだ??
私は力の使い過ぎてぶっ倒れたときのことを思い出す。
……ま、まずい。
「ベイルくん、もう大丈夫。立てる。歩いて帰れるよ」
「いえ、ダメです。私がお連れする」
お連れする、ってどこへ?
「今日は一緒に入浴し、昼まで過ごす約束ですから」
「……へっ?」
そ、そうだった!
ホテルのスイートルームを予約しているって、小さいベイルくんが言っていたじゃないか!
「そ、それは君じゃなくて、小さい方のベイルくんと約束したことで……」
「誤魔化さないでください。どちらも同じ私です」
いやいやいや!
小さいベイルくんはもっと素直で良い子だから!
いや、君も良い子かもしれないけれど、何か強引って言うか……
ちょっとエッチだから困るんだって!!
「もうすぐでホテルです。一分でも長く、私は聖女様と二人で過ごしたい」
こ、こいつ……変なスイッチ入ってないか?
いやでも待てよ?
ベイルくんが変身してから、それなりに時間は経っている。これまでの経験からすると、元に戻るのも、後数分ってところだ。
なーんだ、余裕余裕。
それなら、このまま運んでもらおう。
「じゃあ、丁重に運んでよ。このまま眠れるくらいに、優しくね」
「お任せください」
なんて眩しい笑顔なんだ……。
そんなに嬉しかったのか?
まぁ、その喜びも束の間だんだけどね。
「聖女様、少しだけ失礼します」
「ん? ――ひゃいっ!!」
何かと思えば、ベイルくんが私の首筋に歯を立てていた。
し、しまった……。
前回の反省を生かしたのか、事前に血を補給しやがった!!
くそぉ、抵抗するにも力が入らないし、血を吸われるたびに首筋がゾクゾクってして、それが悪くないって言うか、気持ちが良いって言うか……。
しかも、こんなに吸われてしまったら、なかなか子どもに戻らないよね?
どうするつもりなんだよ、ベイルくん!!
戸惑っていると、人工的な明かりが私たちを照らした。何だか頬が熱い。頭の中もとろんとした変な気分だ。そんな私を見て、ベイルくんは綺麗な笑顔を見せた。
「さぁ、ホテルに到着しました。二人だけの夜を楽しみましょう」
もう……本当にどうなっちゃうんだ??
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。
「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!