イン・ザ・トイレット
ついにトイレを見つけ、取り込んだ水分が延々と放出した。
「ふぅ……」
トイレから出ると、隣の個室から同時に姿を現す人物が。
「あっ」
彼女は私を目を合わせて、あからさまに嫌な顔をした後、小さく頭を下げた。
「どうも」
「偶然だねぇ、リリアちゃん」
どうやら、私が個室の中にこもっている間、彼女が隣に入っていたらしい。そして、目が合うなり放たれた、彼女の敵意オーラが私を気まずくさせる。
無言のまま、並んで手を洗うのが嫌で、私は声をかけることにした。
「いやぁー、時間も遅くなってきたけど、リリアちゃんは帰らなくて大丈夫?」
「主役のベイルが帰るまで、帰るわけがないでしょ。スイさんこそ、どうせ食べ過ぎで体調悪いのでしょうから、早く帰った方がいいのでは?」
「えー、パートナーの私が帰るわけにはいかないよ。それに、今日は帰らなくて良いみたいだし」
「……どういうことですか?」
あ、やべ。
今日はベイルくんとここのスイートルームでお泊り、なんてリリアちゃんに知られたら、この場で殺されるかも。
リリアちゃんのことだから、スカートの中に短剣でも忍ばせていそうだし……。
「えーっと……ところで、パーティって何時までなの? 美味しいものも一通り食べたし、そろそろ色々な意味でお腹いっぱいだよね」
「そうですか。って言うか、スイさん。ずっとベイルのことを一人にしたまま、何をしていたんですか? こういう場で、パートナーが傍にいないって、ベイルに恥をかかせるようなものですよ? そもそも、貴方は王族聖女としての自覚が足りないと思います。試験に受かったから、何でも許されるわけでは――」
し、しまった。
変なスイッチを入れてしまった。
どうやって逃げようかなぁ。
しばらく小姑のような小言が続き、こんな結論にたどり着く。
「やはり、貴方はベイルのパートナーに相応しくないと思います。大きなトラブルになる前に、辞退すべきではないでしょうか?」
「そうは言っても、ベイルくんをドラクラにできるのは私だけだし……」
私としては、当たり前のことを言ったつもりだったのだが、リリアちゃんは顔を真っ赤にして、目に涙を溜め始めてしまった。
「ど、どうして……私は!!」
そして、両手で顔を覆って泣き出してしまう。
「え? あれ? ご、ごめんね。リリアちゃん?」
私があたふたしていると、また別の個室が開いた。
「スイさん、また姉さまを泣かせた?」
「ら、ライムちゃん?? いつからいたの?」
顔を出したのは、リリアちゃんの妹分のライムちゃんだった。彼女は少しも動揺した様子なく、私の横に並んで手を洗い始める。
「最初からいました。でも、二人の言い争う声が聞こえて、何となく出ていきにくいな、って思っていただけです」
「そ、それはごめんね。って言うか、私がまた泣かせた、ってどういうこと??」
心外だ。私、そんなに酷いことしたつもりなんてないのに!!
「姉さまはしょっちゅう泣いているので。スイさんは、スイさんが、スイさんの、って言いながら。なので、てっきりスイさんにイジメられていると思っていたのですが……違うのですか?」
「ち、ちがうよ!! 誤解だよ!!」
っていうより、イジメられているのは私のような気もするけど……。
「姉さま、そろそろベイル兄さまのところに戻りましょう。私がトイレに行きたくて付き添ってもらったので、言いにくいのですが、ベイル兄さまに心細い思いをさせるわけには、と言っていたではないですか」
「よ、余計なこと、言わないで……。ふえぇ」
ライムちゃんの説得むなしく、リリアちゃんは余計に泣き出してしまう。
「ねぇ、いつもどうやって慰めているの?」
私は声を潜めてライムちゃんに聞いてみると、彼女は口元を隠しながら教えてくれた。
「フレイル兄さまが慰めると泣き止みます。そのためだけに、城から屋敷まで来てもらうことも、珍しくないんですよ」
「そ、そうなんだ……」
フレイルくん……。
次会ったら、彼が好きな駄菓子をあげよう。彼には誰かの優しさが必要だよ、絶対に。
しかし、そのフレイルくんを呼んだら、彼女の涙は収まるだろうか。だって、二人は今、ちょっとばかり微妙な関係。下手したら余計なトラブルになるかもしれないし……。
と、私が一人首を傾げていると……。
「きゃあああぁぁぁ!!」
「いやあああぁぁぁーーー!」
尋常ではない騒ぎが、離れたところから聞こえ、私とライムちゃんは顔を見合わせる。
「今の……」
「会場で何かあったみたいですね」
すると、リリアちゃんが目をこすってから、顔を上げた。
「これは絶対に緊急事態だわ。様子を見に行きましょう!」
この切り替えの早さ……。
リリアちゃん、君は絶対に大物になるよ!!
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