交渉
「起きてください、首長が来られますよ。」
誰か知らない声に目を開ける。そこには眼鏡をかけた優しそうな青年ハーストがいた。
「おはようございます。気分はいかがです?具合悪い所があれば遠慮なくおっしゃってください」
昨日見た女性とは違う、しかしどこか顔や雰囲気は似ている男性が傍らに立っていた。
「あれ、昨日と同じ場所だよな・・・」
「そうですね、ここは治療院です。寝ぼけているんですかね?」
「いや、少し混乱しているだけだ。昨日の女性は・・・」
ミリューの居場所を聞き出そうとした所に、長老らしきおじいさんと傍に控えて立っているミリューが部屋に入ってきた。
「助かったよハースト、ありがとな」
「全くです。私にも仕事があるんですからね」
お礼を言うミリューに不貞腐れて返事をするハーストを見て修は確信した。やはり二人は似ている、と。
「ようこそシクラーへ。私はこの街の首長ベッツじゃ、よろしく頼むぞ」
「あ、あぁよろしく」
突然の自己紹介に少し戸惑う修だったが、辛うじて返答できた様だった。
「昨日ミリューから少しこの街の事などを聞いているじゃろう?お主にはこの街を我らと共に守ってほしいんじゃ」
「俺が街を守る?何言っているんだ、素性もわからないこんな男に街の運命を一部委ねていいのか?」
「その点に関しては大丈夫だ、勝手ながら私が君の情報を首長に伝えた。個人情報だから詳しい事は伝えてないから安心してくれ」
「まぁ、それならいいか・・・」
どうやって修の個人情報を手に入れたのかは、この際気にしないでおこうと修は思った。そして暫くやり取りをしているとハーストを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ハーストー!そろそろ準備する時間だぞー!」
辺りによく響く声で大柄な男がハーストを呼んでいた。
「相変わらず大きい声ですね・・・。では首長、私は任務があるのでこの辺で失礼いたします。姉さんも、そろそろ休んだ方が良いと思いますよ。リサが寂しそうにしてましたので」
そう言い残してハーストは部屋を出て行った。
「あちゃー、やっぱりなー・・・また暫く帰っていなかったからなー」
「なんじゃ、お主またやっているのか。ほどほどにしておけと言っておろうに・・・」
呆れた様子のベッツに申し訳なさそうに困った様子で頭を下げているミリュー。
「さて、話がかなり脱線してしまったが、私の先の話の件受けてくれるだろうか?」
「・・・もし断ったら?」
真剣な眼差しでこちらを見るベッツにふとした疑問を投げかける。
「どうもせんがこの国で生きていけはせんだろうな。その能力をどう扱うかもまだわからんじゃろ?」
「確かにそうだな、じゃあ受けるよ」
少し考えて受ける事を決意してその旨をベッツに伝えた。そう簡単に話を受けても良いのだろうかとも多少思ったが、この国で暮らしていくためには力の制御方法を学ばなければ生きていけないと、ルーテウスとの会話を思い出したのだ。
「そうと決まれば是非とも頼みたい。しかし昨日目を覚ましたばかりというのだから暫くはゆっくりするとよい」
「あ、言い忘れていたけど君の安静期間はあと二日といったところだね。足の傷が思ったより深くてね」
そう言われて足を見てみるも、包帯は巻かれているが痛みはなく、不思議に思った修は巻かれていた包帯を取ろうとする。
「もう痛みはないんだがまだ巻いていた方が良いのか?」
「え、一切痛みはないのかい?かなり深かったから痛みはまだあるはずなんだけどな・・・」
ミリューも困惑している様子で包帯を取ろうとしている修を見守った。そして包帯を解き終わって修の足を見てみると、そこには傷跡が一切なくきれいな足が見えていた。
「こんな事があるのか・・・?深い傷だったにもかかわらず傷跡が残っていないなんて・・・」
「恐らく授けられた能力に治癒も入っていたんだと思う」
そういうと枕元に置いてあったナイフで自身の腕を切りつけた。
「何をしているんだ!」
慌てて止めようとするもミリューは間に合わず、シーツが赤く染まっていく様子がスローモーションの様に見えていた。しかしもう次の瞬間には出血は止まっていて傷跡もなくなっていた。
「やっぱりな。俺に傷は残らないようだな」
腕を見ながら感嘆の声を漏らす修とは逆に、止めようとした体勢のままミリューは固まっていた。
「・・・悪かった、好奇心に勝てなかったんだ」
ばつが悪そうに謝る修。その言葉に意識を取り戻したかのようにハッとして動きだすミリューは、修の腕をまじまじと見て感心したように安堵の声をこぼした。
「よかったー・・・心臓に悪いからしないでよね・・・」
「悪かったって、今後はしないから安心してくれ。多分もう傷は残らないから大丈夫だ」
そう言いベットから立ち上がり少し歩いてみた。うん、ふらつきはない事を確認した。運動はをウォーキングから始めるか、とこれからの事を頭の中で考えながら首長とミリューに向き合った。
「貧血症状もない、フラフラもなし、体調に問題もなし。大丈夫、明日からでも軽めの修行を出来そうだな」
「あまり無理はせんでもいいんじゃからな。長く眠っていて筋力も落ちとるじゃろうに」
「そうだね、軽く歩くことから始めて体力を戻してからでも遅くはないから急がなくても良いだろうね」
安心していつもの様子に戻ったであろうミリューを見て少しおかしくなって笑ってしまった修。その時修のお腹が盛大に鳴ってしまった。焦って赤くなりながらも平静を保とうとする修に今度は二人が笑っていた。
「男の子だねぇー!あと五分くらいしたら声がかかるはずだから下に行って待っているといい。よかったらおじいも食べていくかい?」
「お、いいのかい。ここの料理は療養食だが健康状態でもとてもおいしいのだよ」
この治療院のご飯がいかにおいしいかを熱弁するベッツを横目に、お腹がすいているからか料理の事しか考えられず、口の中で唾液があふれてきてしまい固唾を飲みこむ音がした。間もなく出来立ての匂いがしてきたかと思うと下から呼ぶ声が聞こえた。
「出来たみたいだね、下に降りようか」
ミリューに声を掛けられハッとして意識を取り戻した修。二人に連れられ下に降り食堂に向かった。