覚醒と前兆
(・・・外が騒がしい・・・・・子供の声が・・大きく聞こえる・・・・・・)
どれだけ長く眠いっていたのだろう。目を開けられずここがどこかもわからない状態で、暗闇の中で聴覚と嗅覚を頼りに情報を探ろうとしていた修は、起き上がろうと体を動かそうとした。しかし全身包帯で巻かれているのか思うように動かせず身動きがとれずにいたため、どこか動かせる場所はないかと指先から動かしてみた。指先が動かせる事が分かったため少しずつ範囲を拡大していって肘までは動かせると確信した時、どこからか少年の大きい声が修の耳に飛び込んできた。
「あーーー!ミリュー様!!!来てーーー!!!」
突然の大声で驚いた修に少年は、修の近くに来たのかベッドが少し沈んだ気がした。いかにも元気いっぱいといった風に修に聞いてきた。
「お兄さん大丈夫!?体痛い所ない?もうすぐミリュー様来るからね!!」
圧倒的子供力で気後れしそうな修は声を出そうと口を開けかけたが、すぐ直後に別の人が来たと気配で感じた。
「こらユーリ、患者の周りで大声は出すものじゃない」
「ごめんなさい・・・目を覚ましたことが嬉しくてつい・・・」
会話の内容などから後から来た人がミリューという人で間違いないだろうと確信した。少年はミリューから叱られた事で気を落としてしまった様だった。
「さて、そろそろ処置を始めようか。長い間眠っていたようだから傷はもう治っているだろう。ユーリ、包帯を取るのを手伝ってくれるかい」
「わかりました!!」
そんな会話を聞きながらされるがままの修。顔から包帯が解かれていく様をじっと待つ間に、薄い光が修の目に飛び込んできた。光は徐々に濃くなっていき完全に包帯が解かれた時にははっきりと二人の姿を認識する事が出来ていた。
「やぁ、おはよう。気分はどうだい?」
「・・わからない・・・ここはどこだ・・・?」
目の前にいる人物ミリューとユーリと呼ばれた少年(本名:ユーデリアス)がそばに立っていて修に気分を聞いてきた。ミリューはいかにも医者という格好をしていて、ユーデリアスも小さめの白衣を纏っている。
「それもそうだな。混乱しているだろうから詳しい話はまた今度にしようか。今は簡単にここがどういう場所か、どのくらいの規模なのかを話しておこう」
そう言ったミリューは椅子をひき修の顔がよく見える位置に座った。
「あぁそうだ、ユーリは首長のもとへ行き彼が目を覚ました事を伝えてきておくれ。その帰りにファグルとカルゼの所でお使いを頼む。今の時間は中休憩中だろうから宿舎にいるはずだ。宿舎管理者には話をしておくから私の代わりに頼んだよ」
「わかりました!行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気を付けるんだよ」
元気に手を振って部屋を出て行くユーデリアスを見送り扉を閉めたミリューは、ドアノブを離しこちらに向き直った。
「さて、まずここがどこかという話なんだが、恐らく君のいた世界とは別の次元だという事を前提にしてほしい。君が別次元から来た件はこの街の一部の人間しか知らない事実であるからな。安易に口にして処刑されないためにも情報の公開は伏せた方がいい」
ミリューから発せられた”処刑”の言葉に身震いする。
「この街はそんなに物騒な所なのか・・・?」
「そんなに身構えなくても良い、情報の公開に際して緘口令がしっかり敷かれているし、共有する人物の選定も信頼が深い者しかしていない。それに秘密をバラそうとした者には機械が判別して記憶削除の処置を施している」
またもや不穏な言葉に怯えそうな修であったが、なぜか彼の中でミリューという存在は信頼できる人物という認定を受けた。
「まぁという訳だからあまり自分の事は話さない方が良いよって事だけは頭に入れておいて欲しい」
「あぁそうだな、心がけよう」
どこか寂しそうな顔でこちらを見るミリューに、心配かけさせまいと柔らかく微笑む。
「次にこの街の規模についてだな。ここはファクシーフォーズ国テューリー領のシクラーという街だ。今はこんなに栄えているが数か月前までは戦争の最前線に立っていた場所だ」
戦争という言葉にも物怖じしない修に、このまま話を続けても大丈夫だと判断したミリューは続けた。
「君が出てきたという森はこの街を中心にして半径4kmにもなる大きな森だ。その森ももちろんこの街の領地、かなり広いだろう。その森から出てきたと聞いたものだから最初は驚いたよ」
聞くとその森にはシクラーの民以外は立ち入ることが出来ず、出来たとしてもなぜか入ってきた所と同じ場所から出てくるらしかった。
「そこまでしてまでこの街に来る理由は何かあるのか?」
ふとした疑問を投げかける修にミリューは驚いた様子はなくにっこりと微笑みながら答えた。
「それは4か月前にこの街の地下に膨大な地下資源が見つかってね、その資源を共有主導権をシクラーが持っているんだ。そのお陰で今はこんなにも生活が豊かになったんだよ」
なるほど、と納得した様子の修に嬉しそうに続けた。
「さて、今日はこのくらいにしてゆっくり休むといい。明日からは少しずつ体を動かす練習をしよう。何せ2週間も眠っていたんだからね」
ミリューから発せられた2週間眠っていたという事実に信じがたいといった風の修にまたもや微笑んだ。
「驚いただろう?いつ起きるかと心配していたんだよ。最悪の場合はあまり考えていなかったけど、それでもだいぶ心配はしていたんだ」
またもや寂しそうに目を伏せるミリューに、内心焦りながら必死に言葉を探す修。
「でもこうして目を覚ましてくれてよかった。さぁけが人は寝た寝た!」
パッと顔を上げたミリューは吹っ切れたかの様に明るい笑顔になっていて、それを見た修も安心した。
「じゃあまた明日来るからゆっくり休んでくれ」
「あぁわかった。ありがとう」
ミリューはにっこり笑い背を向け部屋を出て行き、修はゆっくりと閉まるドアを見ながらこれからの事を思案した。
(なるほど、やはりここは俺の知っている世界ではない。でも帰る術は恐らく無い。この世界で暮らしていくしかないから、まずはこの世界を知る事から始めよう。体を動かせる様になれば情報収集も容易に出来るはず・・・)
色々思案していく内に眠気が修を襲ってきてそのまま眠りについてしまった。
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(我の意思に答える気があるのは貴様か?)
頭の中に直接言葉が流れてきた。姿形が見えず霧のような靄のような何かが語り掛けてきた。
「誰だ?」
(我の事を忘れたのか?)
そう問われ修はこの世界に来た時にの謎の人物 ルーテウスの事を思い出した。
「そうか、あなたが俺をこの世界に送り込んだんだな?」
(そうだ、よくわかったな。この前の事でお詫びをしたいと思ってな)
突然の告白に身構えながら次の言葉を待つもなかなか言い出さない様子にしびれを切らしそうになった時、ルーテウスは声を発した。
(実はこの間に授けた力の中に余計なものまで入ってしまったんじゃが、一度は授けた能力は取り消せないんじゃ)
「その余計なものってなんだ?使うと危険なものか?」
(そうじゃな・・・そんなに危険なものという訳ではないんじゃが扱い方が少々難しいんじゃ)
ルーテウスの言葉にいまいちピンとこない修は、ルーテウスは授けた能力について話し始めた。
(先日授けた能力は今はまだ覚醒していない状態じゃが、発現した場合は強大な力を手にする事が出来る。この世界にとって持っている事で有利になる能力なんじゃが、その能力の配分を間違ってしまった)
どうやら能力はまだ発現していないらしく、この世界にとって持っていた方が良いという能力らしい。
「そうか、あの時俺が強くなりたいって言ったからこの能力をくれたんだな」
(いかにも)
ルーテウスの言葉に納得がいった様子の修。続けてルーテウスに言われた言葉を思い出した。
「さっき言っていた余計なものってなんだ?危険なものじゃないなら持っていても扱い方をしっかり管理すれば大丈夫なんだろう?」
(確かにそのとおりじゃが、お主でも無意識に使ってしまうのじゃよ。先も言った通り能力の配分を間違えてしまったのは我だ、お主にこれをやろう)
ルーテウスに差し出された物に目を向ける。そこには青い真珠のような丸い形をした物が連なったブレスレットがあった。そして今までになく真剣な眼差しで修を見ていた。
(それを着けていれば膨大な強さの力を制御出来るが、壊れると能力制御が出来ずに暴走を起こしてしまう可能性がある。壊れる予兆はそのブレスレットの玉の色で分かるようにしておるからの、赤く染まってきたらしばらく能力を使わん方が良いな)
真剣な眼差しのまま見つめるルーテウスと目を合わせた修は、余計なものというのが膨大な強さの力だという事を確信した。
「なるほど、便利だがもろいものという事だな。しかしその力は俺が無意識に使ってしまうんじゃなかったのか?」
(そうじゃが、お主にはまだ覚醒していない能力があると言ったじゃろ?その中にコントロール出来る能力も入っておるから安心せい)
疑問を素直に聞いてくる修に優しく微笑むルーテウス。修は続けて疑問を投げかける。
「なるほど、それは助かる。じゃあその能力の覚醒はいつ頃とかはわかるのか?」
(それは我にも詳しくはわからん。しかし前兆として手のひらの模様が濃くなってくると言われているな。お主の手のひらにも薄く出ておるじゃろ?)
ルーテウスに言われ手のひらを見る修。そこには現世にいた時には一切なかった謎の模様がうっすら入っていた。
「なにこれ、知らないものがある・・・」
手のひらをじっと見つめていると、模様が少し濃くなっている気がした修。
(ふむ、やはりお主には素質があるようじゃな、わしの目に狂いはなかったのう。では我はこの辺で失礼するかのう、お主はこの世界でもしっかり生きていけるじゃろう)
ふわっと頭を撫でるルーテウスに何か気持ちのいい感覚に包まれた修。スゥっと目を伏せ真っ暗になった眼前をしばらく漂っていったーーー。