1-7 窮鼠猫と寝る
『レェディー、ゴォウゥゥ!』
俺はジグザグ走行してキャットタワーに逃げる。
ナナは長ジャンプして俺に追いつこうとするが、ジグザグ走行している俺に惑わされたのか、何度も失敗した。
この猫じゃらしの頭は、バランス的に左右にフェイントするのに都合がいい。
ナナの追撃を避けることに成功し、キャットタワーに入った。
俺は、ある作戦を実行することにした。
3階に上がると、俺は地上にジャンプした。
そして、
ジャンプ中に蹴る!
すると、俺は跳ね上がり、2階の柱の後ろに乗った。
そう、ゲームをもとにしたこの空間では、2段ジャンプが有効なのだ!
3階に上がったナナは、俺が既に4階に上がったと勘違いし、どんどん上に昇る。
ナナは、とうとう屋上までたどり着く。
なぜ、俺がそれを確認できるかというと、地上の大きな卓上鏡。
これで、ナナを監視できる。
ナナが混乱しているのがわかる。
「おぬし~、どこにゃ~」
ナナはキャットタワーを降りたり昇ったりする。
「いい子だから、でておいでにゃ~」
一方、俺は、鏡で確認しながら、2段ジャンプで静かに移動する。
そろそろ、3分経つ頃だろうか。
「うにゃーーーーーっ」
フラストレーションのナナが、頭を掻きむしる。
――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
ナナは、クンクンし始めた。
「そこにゃっ」
俺の居た5階に飛び移り、俺を見つける。
「ニャニャ、においで見つけるにゃんて卑怯だぞ!」
「あまり使いたくなかったにゃ。仕方ないのにゃ。奥の手にゃ」
じりじりと俺との間合いを詰め……ジャンプ!
俺は慌てて5階から飛び降りる。
ナナも俺に続くが……俺は2段ジャンプで4階に避難。
地上に落ちるナナと目が合う。
「にゃう!?!?」
残念そうな目をして、落ちるナナ。
――ピッ、ピッ、ビーーー
『タァーイムアウトゥ!! シモベ、ウィン!!』
「ぬにゃーーーーーっ!!!」
地団駄を踏むナナ。
っていうか、シモベってなんだよ。
俺はナナの前に降り立つ。
「にゃんで俺のにゃまえはシモベにゃんだ」
「妾は、御主の名前を知らんのにゃ」
「俺は惣太、小森惣太だ」
「わかったにゃ、登録するにゃ」
『ソウタ、ウィン!!』
猫じゃらしの格好の俺は、勝利の舞、ふにゃふにゃダンスを披露した。
「にゃはははは、妾、そのダンス好きにゃ」
思いの外、ウケた。
俺はニヤついてしまう。
「次で終わらすにゃ」
「望むところだ!」
『レェディー、ゴォウゥゥ!』
ナナは一目散にキャットタワーに逃げ込んだ。
俺もナナを追って、キャットタワーに向かう。
俺はワクワクしていた。
こんなに、ゲームを楽しんだのはいつぶりだろうか。
「ニャニャ、絶対、捕まえてやるー!」
2階につくと、俺はわざと大きな声を出し、居場所を教える。
そして、猫じゃらしの服を脱ぐ。
これは、臭い対策だ。
下は、全身黒タイツだった。
全裸じゃなくて良かった。
俺は2段ジャンプで静かに上昇し、最上階で音を出す。
驚いたナナは、下に向かう。
俺もそのあとに続く。
ナナが3階に着いたころ。
「臭いがするにゃ。騙されないにゃっ!」
やはり、服の臭いで俺を判別していたか。
猫じゃらしの服の臭いは、きつそうだしな。
ナナが4階に昇り、5階に移ろうとした瞬間!
「捕まえた!!」
柱に隠れていた俺は、ナナの尻尾を掴む。
「ふにゃーーーーっ!!!」
驚いたナナは、必死に俺の手を尻尾から外そうとする。
『ワン』
カウントダウンが始まる。
『トゥー』
「尻尾はダメにゃぁ!」
「あっ、ごめん」
俺は唐突に手を放してしまう。
猫は尻尾が苦手だということを思い出したからだ。
「やったにゃーーー!」
喜んで、上の階に逃げていくナナ。
俺は呆然とその様子を見ていた。
そして、落ち込む……
本能レベルまでに染み込まれた自己主張の弱さ……
一秒ぐらい余計に握っていても大して変わらないだろうに……
この自己主張の弱さが、ブラック企業でうまく利用され、今のどうしようもない生活が続いている……
俺は、ナナを追いかける気力を失ってしまう。
呆然としていると、
――バシンッ
上の階から飛び降りたナナが俺の背中に飛び降りた。
「御主、なぜ手を放したにゃ。そして、なんで追いかけないにゃ」
と、両腕を俺の首に回し、耳元でそう話す。
カウントダウンは始まらない。
俺が掴まないといけないのか。
「御主はもっと自己主張するにゃ。職場で都合よく使われてるにゃろ」
図星だった……
「優しい人間が得をするのは、周りに優しい人間がいるときだけにゃ」
ぐうの音もでない。
「御主、わかっておらんのう。自己主張することが当然だと思ってる輩は世の中にいっぱいいるにゃ」
「それは違う。自分だけ主張する人がいっぱいいたら、家族も社会も成立しにゃい」
俺は反論する。
「でも、そいつらは人を選んでるにゃ」
「…………」
「そう落ち込むでにゃい。妾は、そんな御主が、好きなのにゃっ」
俺は胸を叩かれたようにドキッとする。
「そっちのほうが、食事をくれやすいにゃ~」
ナナは俺の首を両手でぎゅーっと締める。
ちょっと苦しい。
「暖かいにゃ~、久しぶりにゃ~」
おそらくずっと野良猫だったからな。
しばらくして、落ちそうになるナナを、俺はおんぶして支える。
すーすーと寝息が聞こえてきた。
ナナは天真爛漫だな。
本当に化け猫なのか?
背中が暖かい。
俺もぬくもりを感じるのは久しぶりだ。
身体も、心も……
俺は丸いハンモックの場所まで静かに向かう。
――ピッ、ピッ、ビーーー
『タァーイムアウトゥ!! ナナ、ウィン!!』
『スゥリーワン! ウィナー、イーズ…………ナナー!!!!』
ナナをハンモックにおろす。
俺も隣で寝る。
そして、ハンモックの気持ち良さに負けて俺も眠ってしまった……
**
目が覚める!
その瞬間、何かマズいのを感じ取る。
俺はうつ伏せに寝ていて、近くのスマホをチェックする。
電池切れ!!
今、何時だ?
そういえば、背中が暖かい。
ナナが俺の背中に丸まって眠っていた。
俺は、ちょいちょいとナナを突っつき、どかすと、急いでスマホに充電ケーブルを差し込んだ。