1-6 じゃらし鬼
「捕まえられるものなら、捕まえてみるのにゃ〜」
ナナは目を細め、無邪気な笑顔で、走りながら俺を挑発する。
俺はその挑発に乗り、ナナを全力で追いかけることにした。
俺は、背筋を真っ直ぐにし、指を閉じたパーの手を振る。
そして、無表情で追いかける。
「うにゃー! 怖いにゃー。猫じゃらしに追いかけられるのはメチャクチャ怖いのにゃー」
俺もナナと同意見だ。
子供の頃に、アラサーの男が両腕両脚丸出しで緑の猫じゃらし着ぐるみを着て、『猫じゃらし鬼』として追いかけてきたら、トラウマになるだろう。
ナナは恐怖に怯えた表情で、俺をチラ見しながら、キャットタワーに入った。
俺もナナを追いかけ、キャットタワーに入る。
例の梯子のない3階まで来た。
ナナは既に4階にいて、俺を見下ろす。
「にゃにゃ、卑怯だぞ〜。俺は人間だから、そんにゃに高いところまで行けにゃい」
4階まで3メートルはあるだろうか?
こんなの高跳びの世界記録でも無理だ。
「やればできるにゃ」
「いや、絶対無理だよ」
「無理ではないにゃ! 無理と思うから無理になるのにゃ!」
なんだそのブラック企業の経営者のような言葉は。
「ここは御主のゲームを元にした世界なのにゃ。絶対にできるにゃ。己を信じるのにゃ」
うん、確かにゲームだと可能かもしれない。
一旦ナナを信じてみよう。
俺はその場で思いっきり垂直ジャンプする。
が、いつもとあんまり変わらない。
その後も、何度も試すが変わらない。
もう2分は過ぎただろうか。
「ダメなのにゃ。既成概念を取り払い、己の潜在意識を解放するのにゃ」
少年マンガの師範のようなアドバイスをするナナ。
俺はガキじゃないんだぜ。
「もっと具体的に頼むよ」
「ただジャンプをするのではないのにゃ。移動するのにゃ」
どういうことだ?
映画みたいに電脳世界にいる自分を想像するのか?
覚悟を決めた!
アラサーの俺は、気恥ずかしさを捨て、目を閉じる。
そして、しゃがむ……
目を閉じたことで気づいたが、脚がムズムズする。
そのまましゃがみ続けると、脚のムズムズが大きくなった。
そして、俺は思いっきりジャンプした。
「うわーっ!」
年甲斐もない声を出してしまった。
なぜなら、1メートル以上飛んだからだ。
なるほど。
しゃがんでジャンプエネルギーを溜めるのか。
下ボタンを押し続けるような感じなのか?
「そうにゃ。その調子にゃ」
俺はまたしゃがむ。
ムズムズが出る。
しばらく、しゃがむ。
ムズムズが大きくなる。
ムズムズが大きくなるのが止まった段階で、俺は思いっきり脚を伸ばした。
ビヨーンと俺の身体は上に飛ばされ、4階に膝をつき着地した。
俺は、目の前のナナを見上げる。
「やったにゃ〜。成功にゃ〜」
両手を上げ、目を細めて、自分のことのように喜んでくれるナナ。
カ、カワイイ!
俺が癒され見惚れていると、
「それでは再開にゃ」
と言って、後ろを向き、キャットタワーの柱と後ろの部屋の壁を交互に蹴りながら、5階の縁に手を掛ける。
ス、スゲエ!
俺も、さっきの溜めジャンプをして、5階に到着した。
頂上が見えてきた。
キャットタワーの柱は2本。
6階と7階は、それぞれ柱の最上階となっていて、その高さも高くない。
猫が、5階から6階、7階と横に飛び移りながら、上に向かう構造だ。
「にゃんっ、にゃんっ」
ナナは猫のように連続ジャンプして、6階、7階と飛び移る。
一方俺は溜めジャンプの体勢に入った。
直接、7階に行って、ナナの裏をかくためだ。
よし、ナナはこちらを見ていない。
――ピッ、ピッ
突然、上から、ゲーセンのコンティニューのカウントダウンのような音が響き始めた。
何だ?
制限時間か?
天井付近にあるタイマーを見ると残り15秒もない!
俺は焦りを抑えながら、脚を溜める。
そして、ギリギリと思われるタイミングで、
ジャンプした!
よし、作戦通り、ナナの後ろに着地!
「作戦成功」
俺はニヤリとすると、
「うにゃぁ!!」
驚いた表情で振り返り、慌てて逃げるナナ。
俺も追いかける。
ピッ、ピッとタイマー音が鳴り続ける。
端に追い込まれたナナ。
「ヒヒヒッ、にゃにゃよ、観念するんだ」
俺はナナを捕まえようと突っ込んだが、
「甘いにゃ」
華麗にかわされ、俺は下に落ちてしまった。
ただ、すぐ下には、丸い猫用ハンモックがあったので、地面にまで落ちずにすんだが。
――ピッ、ピッ、ビーーー
『タァーイムアウトゥ!! ナナ、ウィン!!』
「やったにゃ! やったにゃ! 妾の勝ちにゃー!」
目を細め、両手を上げ、小さいジャンプを繰り返して、喜びを表すナナ。
「クッソォー、後少しだったのにぃー」
たいして悔しくないが、俺は右手で太ももを叩き、物凄く悔しい演技をする。
「にゃーははははー、妾に勝つなんて千年早いのにゃー」
両手を腰に当て、笑顔で俺を見下ろすナナ。
「次で終わらすのにゃ。ストレート勝ちにゃ」
ナナは俺を指差す。
「俺も次は絶対に勝つ!」
俺もナナに人差し指を差し返す。
ただ、俺は別に勝たなくてもいいと思っているが。
そして、俺たちは、また、開始位置に瞬間的に戻った。