1-2 お・も・て・にゃ・し
何度も何度も試した。
『な』を言おうとしても『にゃ』になる。
あの呪いは夢じゃなかったのか……
俺はスマホの時計を確認する。
もう16時かよ。
ああ、折角の日曜日が……
二度寝は恐らく6時間ほどした。
あの猫はまだ居るのだろうか?
俺は起きて、恐る恐るカーテンを開ける。
…………居た……
丸まって寝ていたが、俺に気付くと、頭をチョイと上げる。
俺はベランダをガラガラガラと開ける。
猫は待っていましたとばかりにすぐに起き上がり、全身をプルプルとした。
そして、モデルのようなキャットウォークをしながら、堂々と部屋に入る。
「どうぞ、どうぞ、お入りください。少々散らかっておりますが……」
俺はそう慇懃に言った後、ベランダにあったツナ缶のゴミを持ち込んで、ベランダを閉めた。
ツナ缶のゴミはもう一枚袋を重ね、臭いが漏れないようキツく締めた。
「…………で、どうすんの、俺?」
ひとまず、ツナ缶与えるか。
三日間食べてないって可哀想だしな。
俺はツナ缶を台所の戸棚から取り出す。
うちにはツナ缶をたくさん常備している。
外食や自炊が億劫なので、日曜日の食事に、いつもツナ缶を使うからだ。
長期保存可能で、開けるだけでいいからな。
ツナに、ワサビをのせ、醤油をかける。
そして、それをそのまま、レンチンしたパックのご飯と一緒に食べるズボラ飯が、今のマイブームだ。
今日もそれにすることにした。遅い朝飯だ。
いつもと違うのは、今日は二つツナ缶を開けることか。
おもてなしとして、いつもは使わないお皿に、ツナをのせる。
それをお客様に差し出すと、ガツガツと食べ始めた。
痩せてるな。成猫にしては小さい。夢の中でも童女だったから、まだ、子供になるのか。
「むにゃむ、むにゃむ……」
ときどき、鳴き声を出しながら、食べる。
よほどお腹が空いていたんだな。
あっ、お客様に飲み物がない。
冷蔵庫の中をみると、牛乳がある。
これでいっか。
俺は牛乳を皿に注ぎ、提供する。
さっそくペロペロ舐め始める。
もう、ツナ缶は食べきっていた。
そういや、ツナ缶って猫に与えちゃっていいの?
スマホで調べると、人間用に味付けされたものなので、健康によくないとのこと。
牛乳も同じく。
もう与えちゃったよ。
まあ、飢え死にしかけている人に、将来成人病になるからと言って、食事を与えないのはありえないよな。
夕方はスーツをクリーニングに出しに行く。
そして、そのついでに必要なものも買いに行く。
日曜のルーチンの一つだ。
ただ、いつもと違うのは、猫用品を買いに行くことか。
ずぼら飯を食べた後、簡単に寝癖をなおし、玄関に行く。
「ニャー」
と、俺の後ろをついてきて、心配そうに鳴く。
「ちょっと、買出しに行くだけだよ」
また、ニャーと鳴く。
俺は、猫缶、猫砂などを揃えるため、チャリで近くのスーパーに行く。
ちなみに、クリーニング店はスーパーの中にある。
猫用品を買う。猫砂がない……
ダメもとでコンビニに行ったら売ってた。
まさかコンビニに猫砂が売っているとは。
チャリを停め、俺がドアを開けて帰ると、
「ニャーーー」
と、トットットットッと玄関までお出迎えしてくれた。
「ただいまぁー」
ああ、ただいまを言ったのは、いつぶりだろうか。
俺は、おもてにゃしを受けたのであった。