結晶少女 08
「……という訳なのだ」
作業の手を止めぬまま、クリーヴはそう話を締め括った。
何の作業か? <白鋼>の下半身が瓦礫に埋もれている。その撤去作業だ。
何故撤去の必要があるか? この地下空洞から脱出するためだ。
地下空洞。あの時、霊石砲の引き起こした爆発で蠢く闇ごと崖を崩壊させ、地上へ落下。その後、落下の衝撃で地盤が崩れ、さらなる転落を経た末に辿り着いたこの地下空洞。
――ではいったい、クリーヴは誰に向けそれを語っているのか?
『……なるほどのう』
その相手がこの少女だった。白い肌、黒い髪、蒼い瞳の少女。
奇妙な少女だった。尾と体毛がなく獣人種ではない。翼腕もなく鳥人種でもない。甲殻がなく虫人種ではない。鱗や鰭もなく魚人種でもない。
蒼の大地、ファンタズマブルを席巻する四大人種の如何なる特徴とも合致しえないのに……それでも何故か "人" としか言いようのない少女。
(……まるで俺と真逆だな)
クリーヴは内心そう思った。
龍人種は獣人種のように尾を持つ。族によっては鳥人種同様に翼腕を有し、何より同じ硬い殻の卵で次代に命を紡ぐ。手足の一部は虫人種に似た甲殻に包まれ、頬や首元、手の甲には魚人種の如き鱗が。
つまり、四大人種の特徴を広く兼ね備えるのだ。
龍人種が一部人種族に "交じりし血を持つ者" や "調停者" と呼ばれ、時に敬われ畏怖されるのは、そういった外見的特徴に一因がある。
だが、今のクリーヴにはそんな上辺の話以上に気になることがあった。
「……一つ聞いてもいいか」
『なんじゃ』
「お前はいったい……なんなのだ?」
不躾な言葉だ。しかし、それ以外に訊きようがない。
僻地出身のクリーヴだけでなく、ファンタズマブルに現存する如何なる国の識者さえ、見たことはおろか聞いたこともないだろう。
結晶に封じられた少女の存在など――。
『儂が何か、じゃと……? 無礼な奴じゃな』
「む。非礼は詫びよう」
『……なんでもないよ』
少女は結晶の中、瞬き一つせず、桜色の唇を微動だにもせず、クリーヴへ語り掛けた。
『なんでもない。今の儂は……何者でもない』
不思議な声だ。直接思考に染み入るような静かな声。
「……どういう意味だ?」
『そのままの意味じゃよ。儂は……既にこの星にとって、おぬしらにとって、なんら意味のなくなった存在……そういうことじゃ』
「むぅ……」
さっぱり意味がわからない……だがそれでも、少女が多くを語りたくないことは薄々察した。
人は人、己は己。必要以上に他人に立ち入らない。クリーヴは自身の生まれ育った "古龍の里" の教えに従った。
『……ふむ、中々に面白いのう』
黙々と瓦礫を撤去していると、少女が感慨深げに呟く。うつ伏せに横たわる霊機兵を見て、何やら思うところがあるようだ。
『魔物の死骸を組み合わせ、微量の電気刺激……白属性霊術で制御するのか……要は死霊術の応用じゃな。表面を板金で覆い使役者が中に這入るのは……直接神経を接続して制御精度を上げるのに加え、装甲としての役割……そして、金属表面での反射で敵に制御権を渡さぬためでもあるか……なるほどのう』
「む。少し見ただけでよくそこまでわかるな」
『ふん、造作もない……おおかた走破性と機動力をその死骸人形で両立し、要となる火力をそこに落ちとる槍で確保する……そんなとこじゃろ。霊石を使う術も既に確立しとるようじゃしな』
「その通りだ」
『進歩じゃのう……。そしてそれはやはり、そういう道に沿ってか……そうなるのが……必然か』
「……?」
何故だろう。結晶に封じられているため、少女の表情に変化はない。顔色一つ変わらない。
けれどクリーヴは、思考に直接響く少女の声に、何か複雑なものを感じ取った。
(――む。それにしても)
唐突に。
クリーヴは全然別のことに思いを巡らす……というか、今になってようやく気づいた。
『どうしたのじゃ?』
この少女、随分と年寄りじみた口調である。率直に言って婆くさい。
思わず里の老人を思い出す。口調だけでなく抑揚まで含めよく似ていた。外見がクリーヴよりいくらか幼いので、一層妙な感じである。
おまけに着ている服も王都でたまに見かける高齢の尼僧が纏った法衣に似ていて、細部は異なるが、白を基調とし腰帯で締めるという点では一致していた。ますます年寄りじみている。
『……おい、何か無礼なこと考えてないかの?』
「いや考えてない」
老人とは己の人生を闘い、今日までを生き延びた歴戦の勇士。相応の敬意を払うべき存在。
それに似ていると評するのが、まさか無礼にあたるはずもなかろう。
クリーヴはそう線引きした。
やはりズレていた。