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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
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結晶少女 07

 即撤退。二人が下した決断は早かった。

 

 最高火力である霊石砲が通用しなかった時点で、打てる手の大半は消失したも同然。犠牲を前提とすれば策がないこともなかったが、そのような賭けにでる利点は薄い。

 

 何より敵の正体が掴めない。それが最大の問題だった。

 

「スピット! あんな魔物に見覚えはあるか⁉」

 

「ある訳ねーだろ!」

 

 苦労して回収した<骸骨百足>(がいこつむかで)の死骸も四輪荷馬車(ワゴン)ごとかなぐり捨て、謎の暗闇から距離を取る。

 

(なんなのだアレは……?)

 

 まったくわからなかった。魔物とは影孔(えいこう)に汚染された元・生物。従って、その姿には必ずや原型がいくらか残るものだが……そもそも姿が捉えられない。あの黒い霧、漆黒の(もや)、蠢く闇……そんな性質を持つ魔物なぞ聞いたこともない。

 

 しかもどういう訳か……()()()()()

 

「ちぃっ!」

 

 クリーヴはスピットとうーを先行させ、後方から迫りくる闇に対峙した。

 

 弾倉の一つが黄・緑・赤と続けざまに強く発光。<白鋼>(しらはがね)騎槍(ランス)状の霊石砲を大きく横に薙ぎ払うと、轟々(ごうごう)と燃え盛る炎の壁が立ちはだかった。

 

 だが、

 

(足止めにもならない……⁉)

 

 蠢く闇は怯みもせず、紅蓮の業火を突き進む。

 

 しかも――ずり……、ずり……、ずり、ずり、ずりずりずりずり――明らかに加速している! こちらの動きに合わせて!

 

「スピット、そっちは駄目だ!」

 

「なにぃ⁉」

 

 蠢く闇が触手のようにわらわらと自身の身体を無数に伸ばした。その手のゆく先は……壁面。先を走るスピットの進行方向。触手が勢いよくぶつかり岩壁が崩壊する。

 

「おいおい嘘だろ……⁉」

 

 幸いにして崩落した岩がスピットらに直撃することはなかった。

 

 だが事態は着実に悪化している。

 

(まずい、退路を塞がれた!)

 

 クリーヴとスピットが野営に選んだ場所は崖と崖の間、谷間である。魔物の侵入経路を限定するため、出入り口を二つに絞ったのが仇となった。

 

 今、谷の一方から蠢く闇が這い寄り、もう片方は瓦礫(がれき)で塞がれている。

 

「畜生!」

 

 スピットが<鉱石熊>(こうせきぐま)の時と同じく黄属性霊術で反対側の壁に階段を作り、どうにか崩れた岩場を越えようとした。

 

 即座に阻まれる。蠢く闇は執拗にスピットを狙い触手を伸ばした。クリーヴが騎槍で打ち払うも、あまりに数が多い。防ぎきれない。

 

(この動き……明らかにスピットだけを狙っている……! やはり魔物で間違いないか……⁉)

 

 人の抹殺。それこそがどんな魔物にも当てはまる唯一無二の原則だ。

 

 クリーヴは今、霊機兵を使役している――すなわち構成要素である魔物の死骸に包まれ、人としての情報が相当に遮蔽された状態にある。一方スピットはあの通り剥き出しだ。このような状況で、魔物が霊機兵より人を優先し襲うのは定石である。先の二人の<骸骨百足>討伐は言わばその応用だ。

 

「あっちだ、うーちゃん!」

 

 触手に阻まれ方向変換を繰り返す内、スピットとうーは徐々に進路を上へ取らざるを得なかった。

 

 クリーヴも蠢く闇へ攻撃の手を止めぬまま、<白鋼>の優れた運動性を活かし後に続く。

 

 だが……人に空駆ける翼がない以上、できることには限りがある。

 

 二人はとうとう高く切り立った崖の頂上まで登り詰めた。低く遠くに彼らが起こした焚火が見える。

 

 依然として蠢く闇の追跡は続いていた。闇は触手を岩壁に差し込み、軟体動物の如き挙動で這い上がる。

 

「やばい――!」

 

 不意を突かれた! 箪笥の上を手探りするような軌道で薙ぎ払われた触手が、スピットの腹を捉える。

 

 日頃鍛えているが、それでもまだ成長の余地を残す少年の身体だ。スピットは衝撃にされるがまま、馬上を吹っ飛び、地べたを転がり回った。

 

「スピット!」

 

 生きては……いる。致命傷でもない。どうにか最低限の受け身は取れたようだ。あれなら霊薬を使う必要もないだろう。せいぜいしばらく呼吸に難儀する程度だ。

 

 だが……状況としては最悪。手詰まりだ。

 

 蠢く闇はとうとう欲した感触を手にし味を占めたか、壁面を這い上がりつつ、崖の上を滅多矢鱈(めったやたら)に触手で打ち始める。

 

 まるで雨。無造作に降り注ぐ黒き触手の雨霰(あめあられ)

 

 この状況でスピットを救出し、うーに騎乗させ、逃走を図る……。

 

 ――不可能だ。

 

 クリーヴのみならず、スピット本人もそう判断した。兵として訓練を受ける彼らは、思考の一部に冷徹な処理装置(プロセッサ)を積んでいる。その冷たく硬い演算がそれ以外の解を阻んでいた。

 

 クリーヴは複数の魔物を組み合わせた<白鋼>の声帯でスピットに告げる。

 

「……すまんな、スピット。俺はお前に "イヤなこと" を押しつける」

 

「……ああ」

 

 スピットは(したた)かに打ちつけ空気の受け入れを拒む肺から無理やり声を絞り出した。

 

「……い、いいって、こと……よ……覚悟は、でき、てる」

 

 嘘ではなかった。スピットはクリーヴと共に、これまで数え切れないほど魔物を討伐した。

 

 その肉を、骨を、甲殻を、器官を、神経を得たいがために、命を奪ってきた。

 

 今度は自分が奪われる――いつだって、その恐れ(リスク)に覚悟で蓋をしてきたのだ。

 

 とうとうその時が来た。来てしまった。それだけの話である。

 

「け、けどよ……せめ、て……うーちゃんだけ、は……助けて、やって、くれ……」

 

 落馬以降、うーは気の毒なくらいおろおろと狼狽え、何度もスピットの救出を試みては、その都度触手で手酷く打ち据えられる。それでも覆面(マスク)の下の目は、黒い瞳は、馬特有の情緒と(さと)さを浮かべ、心配そうにスピットを見詰め離さない。

 

 スピットとうーはいつも一緒だった。スピットが五歳の時、彼の父が友人から譲り受けた仔馬。それがうーだ。いつも一緒だった。何をする時も一緒にいた。スピットにとってうーはただの馬ではない。頼もしい友であり力強い相棒であり……何より家族なのだ。

 

 彼の願いは心の底からのものだった。

 

 

 

「すまないがスピット、それはできない」

 

 

 

 だが、その懇願はにべもなく断られた。

 

「なん……で、だよ……⁉」

 

 そんな……コイツは、この龍人種はそういう奴だったのか……⁉

 

 今際(いまわ)(きわ)の願いすら聞き入れない……そんな、冷たい奴だったのか⁉

 

 スピットは目を見開き必死に訴える。

 

「ざっけ、んな……! オレ、を……助けろ……って、言ってんじゃねえ……!」

 

「ああ、わかっている」

 

「うーちゃん、だけ、だ……! うーちゃんを、連れて、ここから、逃げ去る……ただ、それだけの、こと、じゃねえか……⁉」

 

「そうだな、ただそれだけのことだ」

 

「だった、ら――」

 

「そして、俺はきっとこう思うのだ」

 

<白鋼>が……クリーヴが、ゆっくりと首を横に振った。

 

「ああ、自分は友を見捨て逃げ出したのだな、と」

 

「――⁉」

 

「きっとそれはいついかなる時もだろう。ここから逃げ延び、日常に戻っても、きっと俺はそう思うに違いない……それは例え、自室で木苺を摘む時でも、食堂でリスティーヌ(はまぐり)の典雅焼きを戴く時でも……あまつさえ、"翻車魚(まんぼう)微睡(まどろみ)亭" でスレネティ(ます)の精霊落としを食する時でさえ、きっと俺は思ってしまうのだ」 

 

 自分は友を見捨て逃げ出した、と――。

 

「……ほど遠いな。そんな未来は "幸せ" からほど遠い」

 

<白鋼>の手にする騎槍に動きが。

 

 護拳(ごけん)の先の弾倉が高速で回転し、黄・緑・赤と連続して発光する。

 

 霊石一つを使った先の炎の壁ではない、三つの霊石を一度に消費し開放する三点射(バースト・ファイア)

 

「だからスピット、俺はお前に――」

 

<白鋼>が騎槍を構え跳躍した。弾倉部に渦巻く三つの光。黄光は可燃性気体を生成し、緑光はそれを空気と共に圧縮、赤光は局所熱場を瞬間的に形成する。

 

()()()()()()()()()()()っ!」

 

 崖を登り切った蠢く闇目掛け、騎槍が()()()()()()()()()

 

「クリーヴッ!」

 

 スピットは己の身体も忘れ叫んだ。

 

 そして悟る。

 

 そうだった。

 

 コイツは……。

 

 コイツは……!

 

 コイツは()()()()()だった――!

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