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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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兎と龍の邂逅譚 07

"紫苑(しおん)朝露(あさつゆ)"。

 

 グランレーファ総合霊術学院の開学時から存在する食堂だ。

 

 地理的に中央からやや外れた東にあること、およびその後、西側に新たな食堂が開設されたことから、大抵の教職員や学生からは "東食堂" で識別される。

 

 西食堂がアネディオーシャ都市同盟出身の板長の方針の下、内装・料理共にいくらかの異国情緒を残すのに対し、東のそれはブレヴディル建国以前から続く獣人種伝統の様式と格式を重視していた。

 

 壁には色彩豊かな陶器製の(タイル)が複雑な幾何学模様を描き、床には平原や川を主題(モチーフ)に精緻な修飾を施した絨毯が敷かれている。食卓(テーブル)には色とりどりの彩釉(さいゆう)陶器が並び、中には香辛料(スパイス)を効かせた串焼きや煮汁に炊き込み飯、羊の乳酪(チーズ)発酵乳(ヨーグルト)を使った漬物などが出されていた。

 

 開学時から変わらぬ在り方は、血筋と伝統を重んじる血統貴族にとりわけ愛され、中には "血統貴族たるもの東で食ふべし" と(かたく)なに(こだわ)る者も多数いる。

 

 マーシャンとセイッジもその一派で、二人は今、窓際で朝食を取っていた。

 

「……あの二人、中々頑張ってるみたいじゃないか。なあセイッジ」

 

「そうみたいだねマーシャン……ま、所詮は無駄な足掻きって奴だと思うけどね」

 

「それでも足掻くだけ立派だ。嘆くだけで何もしない奴よりはよっぽどいい……それにな」

 

「それに?」

 

「あのクリーヴ、もしかしたら中々やる奴かもしれないぞ」

 

「……へ? クリーヴ? スピットならまだわかるけど、あっち?」

 

「ああ。勿論スピットはいい腕してる。平民にしておくのが惜しいくらいにな」

 

「……まあ、そうだね。悔しいけど、多分僕より上だよ。もしかしたらジョヴィエル級かもね」

 

「だけどよ、俺はそれでもなお、クリーヴのことが気になるんだ」

 

「だからなんでさ? あんな霊機兵一つろくに動かせない奴――ましてや三型一七式を動かせない奴なんて、なーんにも見るべきところはないだろう?」

 

「確かにどういう訳か使役は下手くそだ……でもな、あの身のこなしは多分、只者(ただもの)じゃあないぞ」

 

「そうなの……? 僕には全然そうは見えないけど……」

 

「どことなく、俺の親父が家にいる時と似てるんだよ。一見くつろいでるように見えて……その実はいつ戦いが始まっても即座に動ける。そんな感じがするんだ」

 

「本当に……?」

 

「いや、確信はない。あくまで "もしかしたら" ってだけの話だ……まあでもよ、いつだって敵は強い方が戦い甲斐がある。流石に次の演習には間に合わないだろうが、いつかは真の力を発揮したアイツと手合わせしたいもんだなあ」

 

「………。………………。………………。」

 

「ん? おい、どうしたんだよ。急に黙り込んで」

 

「いやちょっと……今の話を聞いて、色々と思うところがあってね」

 

「おいおい、お前が気負うことはないんだぞセイッジ。それに、俺の思い過ごしって可能性だってある」

 

「うん、わかってる、わかってるよマーシャン……でもね、よく言うだろ? 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすって。……だからさ、僕の方でも」


 打てる手は打っとくよ――言ってセイッジはずる賢そうな含み笑いを漏らした。

 

 

 

 

 

 ユリア歴一一二七年、赤の月、第三週、第四日。

 

 この日もスピットとクリーヴは空き時間を見つけては訓練に(いそ)しみ、やがて日も暮れだした。

 

 残すは明日・明後日の休日のみ。週明けの第一日はいよいよ演習である。

 

 ――彼らの今後を左右する、奨学生査定。

 

「さあ、どーすっよスピット……考えろ……考えるんだ……」

 

 一足先に格納庫に戻り長椅子(ソファ)に腰掛けていたスピットが、組んだ手を笛のように口元に近づけ呟く。

 

 いかな彼といえども、この()に及んでふざけていられない。真剣な眼差しだ。

 

(霊石砲に関しちゃ一区切りついた……となりゃあ、次に打つべき手は……)

 

 ここ三日間、スピットは夜間に霊石砲の改造に取り組んでおり、その甲斐あってそちらは既に終わりつつある。だから残りの時間はどうにかして、クリーヴの使役を改善したい。

 

 彼本来のあの卓越した戦闘能力を遺憾なく発揮できるよう調律してやりたいのだ。

 

(そうすりゃマーシャンたちとだって対等にやりあえるはずだ。……いやそれどころか、もしかしたら――)

 

 もしかしたら、勝つことだって夢ではないかもしれない。

 

 それはこの三日間、クリーヴと過ごす内にスピットの中で沸々(ふつふつ)と湧き上がってきた思いと期待である。

 

(……気ン持ちいいだろうなあ。何せしがない平民のオレらが貴族サマをぶっ倒すんだ。大金星だぜ……。それによ………………そうなりゃアイツだって(むく)われる)

 

 スピットは遅れて這入ってきた<鉄傀儡(てつくぐつ)>に目をやった。格納庫の奥で(せみ)の幼虫が(うずくま)るような降着姿勢を取ると背部が真っ二つに割れ、中からクリーヴが出てくる。

 

 少し、ほんの少しだが足元が覚束(おぼつか)なかった。

 

 ……無理もあるまい。今日も今日とて数え切れぬほど転倒を繰り返したのだ。その内には原因調査のためにスピットが頼んだ実験も多分に含まれる。倒れる(たび)に機体内に伝わる衝撃は、軽微なものではなかったはずだ。それこそ、脳を揺すられ気を失ってもおかしくないほどに。

 

 それでもクリーヴは文句一つ言わず、起き上がり続けた。

 

『――いいかスピット、本当に信頼できる男ってぇのはな、得てして口数は少ねぇもんなんだ。ただ黙々と自分の信念を貫き通す、背中でそれを語る……そういうヤツだよ。……オレの昔の相棒もそうだった』

 

 ふと、入学前に父からあった言葉が頭をよぎる。

 

 スピットは自分の父を古い(タイプ)の男だと思っていた。職人の誇りを右手に、家族への愛情を左手に、だからそれ以上はもう何も持てない。事実、そういう生き方をしてきたと母から聞いたことがある。要領さえよければ、今頃王宮か職人連盟お抱えの名工として腕を振るっていてもおかしくなかったにもかかわらず……それを蹴り、地方の小さな店で調律士として生きる道を選んだ。

 

 その父の言葉――スピットが目指し、そしていつかは越えねばならぬ男の言葉。

 

 それがふと、思い起こされた。

 

 その理由を手繰(たぐ)るのは、今のスピットにはまだ気恥ずかしい。

 

「………。………………。………………………。」

 

「――ん? おい、どうしたよクリーヴ」

 

 気がつくと<鉄傀儡>から降りたクリーヴが机の前で固まっていた。

 

 スピットのいる長椅子からだと後ろ姿しか見えず、何をしているかわからない。

 

 彼は腰を上げ、そばへ駆け寄った。

 

 ――そして目にする。

 

「おい、それって……⁉」

 

 机の下、床の上に。()()()()()()()が飛び散っている。

 

 何の破片か?

 

 問うまでもない。やや幼い装飾、卵のような膨らみ、ひょっこりと突き出た吹き口……クリーヴのあの鳩琴(オカリナ)である。

 

「ど、どうしたんだよそれ……⁉」

 

「………。」

 

「落っことしちまったのか……⁉」

 

「………………。」

 

「お、おいクリーヴ……⁉」

 

「………………………君が」

 

 君がやったのか、スピット――クリーヴの赤い瞳がこちらを捉えた。

 

「はぁ⁉ な訳ねえだろ、何言ってんだ!」

 

「だが、この格納庫に出入りする者は俺と君だけだ。そして落としたのは俺ではない。ならば他に考えようがない」

 

「だからってなんでオレなんだよ⁉ オレがお前の物を壊して何の特があるってんだ!」

 

「……昨日の報復、と考えれば理由はつく。昨晩、君は随分と俺に腹を立てていたようだからな」

 

 クリーヴが言っているのは昨日のやり取りのことだ。女子に告げ口をしたと決めつけ、スピットが彼を糾弾した件。

 

 しかし、その話は既に人種族の違いで納得していて、日を(また)いだ今となってはほとんど笑い話である。

 

 そんな下らない理由で、人の大切にするものを壊すはずがない。

 

 スピットは繰り返しそう主張した。

 

 だが――

 

「信じられん」

 

 クリーヴはまるで耳を貸さなかった。

 

「信じるに()る根拠がない。そう考えるより、君が行ったとする方が遥かに自然だ」

 

「あ、あのなぁ……!」

 

 スピットも身に覚えのない指弾(しだん)をいつまでも甘んじて受け入れられるほど大人ではない。

 

 次第に感情の振れ幅が大きくなる。

 

 揺れに揺れた心の動きは、やがて彼の手を離れた。

 

「言いがかりもいい加減にしろよ⁉ ……だいたい、たかだか玩具みてえな鳩琴じゃねえか! 頭おかしいんじゃねぇかてめえ⁉ そんくらいで何をそんなに――」

 

 スピットはほとんど胸倉を掴まんばかりに詰め寄る。

 

 だが、

 

「……あれは "玩具" ではない、"そのくらい" でもない。……俺にとって、"大切な物" だ」

 

 クリーヴは一瞬でその手を取り、捩じる。

 

 関節を熟知した動き、人体の破壊に精通した者の動き。

 

 その時、スピットは目にした。

 

 クリーヴの瞳。赤い、瞳……。

 

 ()()えとした怒りが発露している。

 

 いつもは能面のように無表情なこの龍人種が、激しい情動に支配されていた。

 

「………。………………。………………………。」

 

「……ぐっ」

 

 二人は互いに無言で睨み合っていたが、やがてクリーヴが手を放す。

 

 納得した訳ではない、己に非を見出した訳でもない。

 

 単に……意味がないから放した。

 

 そうとしか映らぬ冷たい行動。

 

「――へっ」

 

 スピットは不意に笑いを漏らした。

 

「へへ、へへへへへ……」

 

「……何がおかしい」

 

「おかしいな……ああ、おかしくてたまらねーや。……お前さ、昨日言ってたよな?」

 

「何をだ」

 

「お前の目的だよ。やれ "幸せ" だの……ダチを見つけるだのなんだの」

 

「……それがどうした」

 

「無理だな。絶っっっ対にお前じゃ無理だ、諦めろ」

 

「……何故だ。何故そう言い切れる」

 

「てめぇは知らねーだろうがよ……ダチってのはなぁ、互いに信じあうもんなんだ……自分が信じるから、相手も信じる……そういうもんなんだよ。……それをてめぇはなんだ? 人のことをまるで信用しねぇ……誰が相手でも良く言やぁ他人行儀、悪く言えば敵扱いだ。そんなんでダチを見つけようたぁ、笑えるね」

 

「………………………。」

 

「てめぇが誰も信じねえのに………………誰がてめぇを信じるかよ、この馬鹿野郎っ‼」

 

 言ってスピットは去った。

 

 クリーヴは一人、格納庫で(たたず)む。

 

 壁掛けの油灯(オイル・ランプ)の火が、灰色の頬にゆらゆらと陰影を作っていた。

 

 ――奨学生査定まであと三日。

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