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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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兎と龍の邂逅譚 06

「……やべ、寝ちまってたか」

 

 スピットは突っ伏してた机から顔を上げ、半開きの眼で呟いた。

 

 赤の月、第三週、第三日。場所は学院北西に位置する図書塔の一画である。

 

「……しっかしまあ、駄目で元々で来たとはいえ、いざこうして本当に駄目だとへこむもんだわな」

 

 スピットの周囲には、ここ数十年で報告された死霊兵・霊機兵に関する様々な文献が所狭しと並べられていた。

 

 今日も今日とて空き時間を見つけ次第、クリーヴは引き続き使役の訓練に励んでいる。一方スピットは切り口を変え、図書塔で現状打破の手がかりを調べていたのである。

 

 残念ながら、結果は(かんば)しくなかったが――。

 

「いい加減片付けてアイツと合流すっか……今日中に霊石も手配しときてぇし」

 

 せっかくの端正な顔つきに滑稽な朱色の腕跡を残したスピットは、返却に向かうべくノロノロと文献を積み上げた。

 

 その途中、

 

「ん……?」

 

 ふと手が止まる。

 

「なんだこれ……?」

 

 文献に紛れ、持ち出した覚えのない冊子があった。

 

 表紙には "鉄傀儡・三型一七式 簡易調律書" とある。

 

 誰かが持ち出して、返し忘れたのだろうか……?

 

(そういえばこれ、まだ目を通せてないんだよな……)

 

 こういうものがあるとはスピットも知っていた。

 

 調律書とは本来、事典の如く分厚い書籍で発行され、その内容は素体に使用した魔物素材の詳細や保守・修理・点検手順など多岐に渡る。だが、<鉄傀儡>のような多くの更新(アップデート)を重ねた機体は、得てして記載事項が煩雑になりがちで、目的とする情報を探すのも中々手間である。

 

 そこで、直近の旧式と比較した変更・修正点など重要箇所のみ抜粋し、別添したのが "簡易調律書" だ。

 

(これくらいなら作業の合間に読めるからな……一応借りとくか)

 

 彼としてもいつか目を通さねばと頭の片隅にあったものの、先週までは二人隊(ツーマン・セル)の結成で東奔西走(とうほんせいそう)、今週からはクリーヴとのあれこれで手をつけられなかった(ちなみに、異性交遊に割いた時間をあてれば今頃読了していたのは言わずもがなだが、彼のような人種にそれは不可能なのも言わずもがなだ)。

 

「……すみませーん、この本お願いしまーす」

 

 他の文献を棚に戻した後、スピットは受付台(カウンタ)で簡易調律書を借りる。

 

 ――その様子を本棚の裏から見届ける二つの影があった。

 

「……ジョヴィ~、どうしてこんな回りくどいことするんだナ~? こんなことしなくても、ジョヴィが直接教えてあげればいいんじゃないかナ~?」

 

 背高(せいたか)のっぽの毛むくじゃらな影が言う。

 

「……これ以上は過干渉になる。後はアイツ自身の問題だ。()()()に気づけねば、所詮それまでのヤツだったというだけの話……」

 

 小柄な太っちょ、ずんぐりむっくりな影が応じた。

 

 ……何だかこの影、腹が立つほど愛くるしい(つぶ)らな瞳をしている。

 

 もっとも、今は妙にムスっとした険しい目つきになってたが(でもかわいい)。

 

「え~? じゃ~、もしスピットが自力で気づけたら、どうなるんだナ~?」

 

「その時はまあ……中々に、見どころのあるヤツ……ということだろうな……平民ながらに」

 

「むっふっふっふぅ……!」

 

「……なんだアーシェ、気味の悪い笑みを浮かべて」

 

「うんうん、そうなんだナ~。確かに~、これまで同世代であれだけいい腕した調律士はいなかったし~、ジョヴィが気になるのも無理はないんだナ~。わかるんだナわかるんだナ~。二人はきっと、いい友達になれるんだナ~」

 

「な――⁉ ば、馬鹿なことを言うなアーシェ!」

 

「むっふっふっふぅ~ん……!」

 

「……もういい、行くぞ」

 

「あ~、待ってなんだナ~! ジョヴィ~⁉」

 

 ……何だか妙に気の抜ける影だった。

 

 

 

 

 

「うっす、待たせたなクリーヴ」

 

「うむ」

 

 日没後、地下格納庫への搬入口前で二人は落ちあった。

 

 本日のクリーヴの使役訓練はこれにて切り上げである。残り時間と事の深刻さを踏まえれば夜通しでも訓練を続けたいくらいだが、事故防止の観点から学院内における霊機兵の夜間運用は原則禁止のため、そうせざるを得なかった。

 

 一方、格納庫内で調律を施す分にはお咎めなしなので、どちらかと言わずとも夜型のスピットにとってはこれからが本番である。

 

「んじゃ、予定通り調達課に向かうとすっか」

 

「ああ。演習弾を手配するのだったな」

 

"調達課" とは学院の一部署で、正式名は物資調達課。この課は日用品からちょっとした娯楽品の販売に加え、霊機兵絡みの物資売買も取り扱っている。

 

 今日はこの調達課から、次回の模擬戦に用いる演習弾――模造重量(ダミィ・ウェイト)填実(てんじつ)し弱化した霊石を手配する予定だった。

 

 一口に霊石と言っても、その実は用途や加工過程(プロセス)、形状・大きさ・純度などの規格で様々に分岐し、目的・調律思想に応じて最適なものは異なるため、二人で選びに行くのである。

 

 なおこの霊石、非常に重量があるため、人力ではとても運べない。なので手配の翌日、調達課が馬車を出し、彼らが今いる搬入口を使って格納庫まで運搬するのが通例だった。

 

「……では行こう、スピット」

 

「おう――ってお前、大丈夫か? なんかだいぶしんどそうだけど……」

 

「む。大丈夫だ、問題ない」

 

 でもよ――そこまで言いかけてスピットは口を(つぐ)む。

 

 軽率な発言だった……()()()()()()()()()()()

 

 クリーヴは昨日から引き続き、空き時間を見つけては使役訓練に励んでいる。スピットは図書塔にいたため直接目にしてないが、おそらく今日も四苦八苦したのだろう。

 

 きっと七転び八起きでは到底足りぬほど、何度も何度も転倒を繰り返したのだ。

 

 第一世代以降の霊機兵は皆、<操人触花>(そうじんしょっか)という魔物の特殊な神経を用い使役士と繋がっている。両者は痛覚の共有までせず、極論、霊機兵がどれだけ傷つこうと使役士は痛みを覚えない。

 

 だが、転倒のように直接機体に伝わる衝撃は話が別。内部に冷却も兼ねた衝撃吸収材を挟むとはいえ、最終的に使役士に一定の被害(ダメージ)を与えるのだ。

 

 だから今、こうしていつも通り能面顔のクリーヴだが、その身体に蓄積した負担は、けして軽いものではなかろう。

 

(そんでもこうして気張ってみせんだもんな……いい根性してるじゃねえか。気に入ったぜ)

 

 自然とスピットの唇が釣り上がった。

 

「――てな訳よ。だもんで、残念だけど図書塔でこれといった収穫はなかったなあ……お前の方はどうよ、クリーヴ」

 

「多少は(こつ)を掴めてきたな……君の言う、"ゆっくり" な動きをいくらか速めることはできた。……しかし、現状ではまだ――」

 

「マーシャンたちとやりあえる水準にはねえ、ってことか……」

 

「遺憾だがその通りだ」

 

「そっかぁ……ま、でもお前の方も気合を入れてやってくれてるようで何よりだよ」

 

「当然だ。奨学金の減額は俺にとって死活問題だからな……」

 

「死活問題たあ大きくでたね、大将」

 

「だが事実だ。奨学金が減れば文無しの俺はこの学院にいられない……それでは()()を達成できないのだ……」

 

「……そーいや前にもそんなこと言ってたな。なんなんだ、その目的ってえのは」

 

「"幸せ" になることだ」

 

「はあ?」

 

 思わずスピットは呆けてそう零す。

 

"幸せ" が目的……? なんだかよくわからぬ曖昧模糊(あいまいもこ)とした話だ。

 

 一種の哲学じみている、と言ってもいい。

 

 だがクリーヴは謎の確信をもって滔々(とうとう)と続ける。

 

「そして "幸せ" になるためには、この学院で生涯の友を見つけねばならない……()()()……俺にはおよそ計り知れぬことだが、とにかく俺の恩人がそうせよと言ったのだ」

 

「さ、さいでっか……」

 

「うむ」

 

(生涯の友……恩人がそう言った、ねえ……)

 

 ますますよくわからない……。謎は深まるばかりである……。

 

 クリーヴと二人隊を結成してから今日で三日目。決して悪いヤツではないとはスピットもわかりつつあったが、どうにも節々に捉えどころのない奇妙な点がある……。

 

(だいたいその恩人の話ってのもよくわかんねえよなあ…… "幸せ"? "そのために友を"? ……何言ってんだか。世の中には、もっと単純な()()があるじゃねえの――)

 

 と、スピットがそんな風に思っていた時だった。

 

 不意にビビッと彼の "幸せ" 検出器(センサ)が稼働する。

 

 そこからのスピットの思考は速かった。まるで稲光(いなびかり)が如く一瞬だった。

 

 標的捕捉ターゲット・ロック・オン。地下格納庫入口。女子。同学年。眼鏡の子。確か基礎霊術科。差し入れを手に誰かを待ってる。

 

 目が合った。頬が赤らんだ。もじもじと俯いた。

 

 よし行ける。

 

「おほん……クリーヴくん?」

 

「む。どうしたスピット」

 

「あれを見みなさい」

 

「うむ。見たぞ」

 

「っつーこった。わかったな?」

 

「……む? 何がだ」

 

「っか~、お前も鈍い奴だね~! 先に調達課に行っててくれってこったよ、俺は後から行く!」

 

「む。そうか。よくわからんが、そうしよう」

 

 言ってクリーヴはスタスタと去っていった。

 

(どうもアイツぁ抜けてるとこがあんな……そういや、やれこっぴどく振っただのなんだのと悪い噂もあったが、もしかしてそういうのが原因か?)

 

 スピットも人並にはそのような話を聞いている。

 

 とはいえ女子・男子を問わず(せわ)しなく行き来した又聞きの噂だ、信憑性はいまいち乏しいが……。

 

(ま、今はんなことより、ね……?)

 

 スピットは急に目を細め、どこか遠くを見遣るような視線を投げかける。そして、悩まし気な溜息と共に眼鏡女子の方へ歩みを進めた。

 

 コイツの本性を知ってる者からすれば馬鹿みたいな絵だが、そうでなければ危うい。あたかも哀しき過去が原因で心に影を落とした儚く切なく幻想的な美少年が、刹那の間にも消え入りそうな繊細さと危うさでそこにいるかのようだ。

 

 ……きっとこーいうのを指して、人は "詐欺" と呼ぶのだろう。

 

「ヤア……もしかして、待っててくれたのかナ……?」

 

 これまた妙に作り込んだ声を絞りだしたもんだ。

 

 やはりこれも、知ってる者からすれば噴飯ものだが、そうでなければ(あや)しく聞こえるかもしれぬそれである。

 

「ス、スピットくん……! あの、その……これ、もしよかったらお夜食にでもと思って……!」

 

 そして気の毒なことに、眼鏡女子は "知らぬ者" だった。

 

 ……きっと彼女のような者を指して、人は "犠牲者" と呼ぶのだろう。

 

「お夜食……素敵だネ……ウン、とっても素敵ダ……キミの眼鏡くらい素敵だヨ……」

 

 スピットは(はた)から見れば "何言ってんだコイツ?" と首を捻らざるを得ない台詞を眼鏡女子に囁きつつ、

 

(ぬはっはははは……! 俺の悪名も堅物(かたぶつ)ぞろいの基礎霊術科まではまだ届いちゃなかったようだな!)

 

 と、内心では大層調子に乗ってた。

 

 ちなみに "二度と女になんて興味を持たない" と軽々しく決意したのはたった二日前の事だったが、今の彼にはんなことたあ遥か遠い忘却の彼方の地平線である。

 

 もう少し言うと、予想通りあれから半刻と経たぬ内にスピットは活動を再開し、大地を巡る "聖樹ピシムス" の根の如くあちこちへと魔の手を伸ばしていった。

 

 なお、内の一本は応用霊術科に所属する新興貴族の巻き毛の女子に伸びていて、もうかなりの上々。スピット曰く "収穫寸前" だ。

 

 ならばこうして新たに眼鏡女子にまで手を出すこたあないと思うのが常人だが、生憎と彼はそうでない。むしろ、『男にゃこーいう忠実(まめ)さが大事だよなあ、うんうん!』とか『これが男の甲斐性ってなもんよお!』と、バレたら只事では済まぬふざけた思想である。

 

「スピットくん……と、突然ゴメンね……こうしてお話するのも、初めてなのに……」

 

「そんなコトを言わないでおくれヨ、愛しい人……僕はいつだって、キミのコトを待っていたというのニ……」

 

「え……⁉ ホ、本当に……⁉」

 

「アア、ホントーだとモ……キミから来てくれねば、今日にでもボクの方から行こうと思ってたくらいサ……!」

 

「うれしい……」

 

(お、お? ……いーんじゃない~? これってかなり、イケちゃうんじゃない~?)

 

 手応えあり。先ほどからひっきりなしに口から出まかせを垂れ流すスピットだが、どうもこの眼鏡女子にはそれがズシズシ刺さるらしい。

 

 外見で人を評するのは不作法だが、世間()れしておらぬどこか初心(うぶ)そうな子である。

 

 ただまあ、と同時にちょっと思い込みの激しそうなとこもあって、こういう子が、いきなりスピット(こんな劇薬)で免疫をつけられるかと思うと、なんとも人の世のあはれを感じる光景だった。

 

 そんなこんなで、スピットは早足・駆け足・急ぎ足でとんとん拍子に話を進めていく。

 

「――え⁉ でも、そんな……! そんなの、いきなり、早すぎるよぅ……っ」

 

「早すぎるだなんてことはないヨ……むしろ逆だネ、遅すぎたくらいだヨ……」

 

「でも、でもぉ……っ」

 

「ふふ、いけない眼鏡ダ……! 取っちゃおうネ、こんな眼鏡ハ……。こここ、こんないけない眼鏡ハ!」

 

「ああっ――」

 

 さあ、いつも以上にアレなスピットが、いよいよアレをどうこうしようとした辺りで、

 

 

 

「ねえ、何してんのアンタ……?」

 

 

 

 突如として後ろからぬぅっと伸びてきた手にがしぃっと肩を掴まれた(お待たせしました)。

 

「ほへぇ?」

 

 間抜けな声で振り返るスピット。ちなみに何故か、今は女子の眼鏡をこの馬鹿がつけており、それでは見づらかったのか一旦外す。

 

「あ、あれぇ⁉ キキキ、キミは――」

 

 そこに御座(おわ)したのは、スピット(いわ)く "収穫寸前" の、あの巻き毛の女子である。

 

 額にはなんだかやけにご立派な青筋を浮かべていた。

 

「アタシ、待ってたんだけど。ずっと、待ってたんだけど?」

 

「はっ――⁉」

 

 ようやく彼の鶏以下の頭が急速に仕事を始める(なんだかそれは、普段は怠惰な労働者が、雇用主が現場に訪れた時にのみ見せる機敏さに似ていた)。

 

 そういえば、そうである。

 

 今日の夕食、()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 この兎、今の今までそれをきれいさっぱりわすれてやがった。

 

「てか何? さっきから聞いてたらアンタ、アタシに言ったのとほとんど同じこと、その子に言ってんじゃん」

 

「え――⁉ そうなのスピットくん……⁉ ひどいよ、サイテーだよ!」

 

「チガウ、チガウんだよ……いいかイ、ヨク聞いテ、二人とモ――」

 

 スピットは足はガタガタ、手はブルブル、顔面蒼白で冷や汗を滴らせる。

 

 状況を整理しよう。自分は約束をすっぽかした。怒らせた。それはもう仕方ない、認めよう。諦めよう。どうしようもない。

 

 ……だが、にしても一つ()せぬことがある。摩訶不思議きわまりない、深淵で究極の謎がある。

 

 どうして……⁉

 

 どうしてこんなにも早く、()()()()()()()()とバレたのだ⁉

 

「――それにしても、あの龍人種って正直な奴ね。訊いたら二つ返事で教えてくれたわ。アンタが知らない女子とここにいるって」

 

「あンンンンのヤロぉおおおおおおっ!」

 

 そこから先は聞くも地獄、見るも地獄の惨憺(さんたん)たる有様だった。

 

 嵐の如く泣き喚く眼鏡女子と、竜巻の如く怒り狂う巻き毛女子。その怒涛の波状攻撃ときたら。

 

 スピットは "ウボァー!" と珍妙な断末魔を残し、夜空に(またた)く赤いお星様となった……。

 

 

 

 

 

 

 その晩、どうにかして帰還を果たしたスピットは、格納庫でクリーヴに喧嘩腰で詰め寄り、長ーい時間を掛け押し問答した末、ようやく一つ正しく理解する。

 

 この龍人種、恋愛という概念が理解できないのだ、と。

 

 ――奨学生査定まであと四日。

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