兎と龍の邂逅譚 05
(なんなんだコイツぁ、いったい……⁉)
次の日から早速、スピットとクリーヴは二人隊として本格的に活動を始めた。
(ワケわかんねえ……!)
まずは霊機兵で戦闘機動を取れる水準にまで達する――最優先事項をそう定めたスピットは講義の空き時間などを使い、クリーヴを品定めした。
具体的には彼の体術・霊術の習熟がどの程度にあるかを調べたのである。
というのも、元を正せば死霊術の系譜に連なる霊機兵の使役は、端的に言えば操縦者の想像する "動き" を白属性霊術で微量の電気刺激として生成し、それを機体内に実装された魔物由来の神経系に伝達させる仕組みである。
故に、戦闘機動のような高度かつ複雑な使役ができぬとなれば、考えられることは二つ。そもそも使役士がそういった動きを想像できぬほど運動感覚に乏しいか、もしくは電気刺激の生成に難があるか、だ。
言い換えれば、使役士の体術・霊術的水準に問題がある、ということである。
だが、
(コイツ、体術も霊術も極上じゃねえか……! こんなヤツ見たことねえぞ……⁉)
クリーヴのそれはスピットを驚愕させるに足る極めて高いものだった。
まず体術。
迅速で知られる赤豹族とて、ここまで素早い動きは難しかろう。
さらにはスラリと伸びた手足から放たれる打突・蹴撃の重いこと。怪力自慢の巨猿族が放つそれと遜色ない。
後から彼の肢体に触れわかったことだが、どうも龍人種は身体の質自体、根本的に異なるようである。ややもすれば細身にすら見えるクリーヴの引き締まった肉体は、著しく密度が高く、さりとて絹の如き柔軟な筋肉に覆われていた。
そして霊術。
こちらには一層驚かされた。
個人の霊術の才を測るには二つの指標がある。一つは繊細な制御が可能か、もう一つは高い威力を発揮できるか、だ。往々にして得手不得手が偏りがちなるこれらを、クリーヴは最高峰の水準で両立している。
さらには長期戦で重要となる体内霊子の蓄積量もずば抜けていて、スピットの見立てではおよそ霊石一つにすら達する、常人では到底あり得ぬような底力を秘めていた。
「……っ」
スピットは思わず息を呑む。
これほど優れた資質を持つ使役士……それはまさに入学以来、彼が血眼になって探していた人物に他ならない。
こういう者と、組みたかった。
こういう者のために、己の腕を振るいたかったのだ。
そう、純粋にクリーヴだけでみれば、彼はまごうことなきスピットの理想そのものだったのである。
(だってえのに………………どうしてコイツはこうなんだ⁉)
スピットはぐるぐると混乱する頭をどうにか落ち着かせ、再度クリーヴに呼びかけた。
「お、おい……じゃあもう一回、やってみてくれ……」
「うむ」
クリーヴの使役する<鉄傀儡>がゆっくりと動き、標準装備の棍棒型霊石砲を構えた。
眼前にはスピットが黄属性霊術で錬成した案山子状の標的。これから行うのはそこに飛び掛かり、その最中に霊石砲を放つ練習である。
ごくり……スピットが思わず息を呑んだその瞬間。
<鉄傀儡>が力強い一歩を踏み出す!
「むぅ⁉」
踏み出し過ぎた。
<鉄傀儡>はまるで新進気鋭の舞踊が如くぶぅんと足を振り上げ転倒。びよーんと伸びきった手が、まるで勢いつけて振り回した紐人形さながら、しっちゃかめっちゃかに絡まったり解けたりしている。
(おかしい。絶対に、おかしい……なんでコイツ、こんなに使役が下手なんだ⁉)
スピットは苦虫を噛み潰すような顔をし、頭を抱えた。
彼の家は祖父の代から調律を生業とし、幼少期より様々な知識・技術を叩き込まれている。
実際、その腕は確かで、同期の者達と比べれば明らかに頭一つか二つ抜き出ていた。奨学生試験の突破や武家出身のマーシャンから一目置かれるのはその証左だろう。
だが――わからない。
スピットの持てる知識を総動員しても、どうしてこんなことになるかがさっぱりわからない。
前述の通り、クリーヴの体術は極上だ。霊機兵を降りれば、目にもとまらぬ速さで高度な戦闘機動を取れるのを既に確認している。だから原因は体術ではない。
さりとて、霊術制御に問題があるとも――思い難いのだ。
「……お、おいクリーヴ。今度は動かなくいい。止まったままの状態で、霊石砲を使ってみてくれねえか? 白属性霊術ならなんでもいい。そいで、標的の右腕、左腕、頭の順番に攻撃してみてくれ」
「む。わかった」
棍棒型の霊石砲から電位差を利用した発雷。瞬く間に、寸分の狂いなくスピットの要請通りに標的を破壊する。
……完璧だ。それ以外に言いようがない。
制御は言わずもがな、威力にしたって未調律の "素体" ならこれ以上は望むべくもない。
大抵の人は霊術の属性にも得意不得意を持ちがちだが、クリーヴ・エインシェドラグはそのほとんどを高い次元でこなせる。流石に制御に著しく難がある黒属性こそ大雑把にしか発術できぬものの、それでも世間一般と比すれば遥か上だ。
況や白属性霊術など今見た通り完璧で、まったく非の打ち所がないのに……何故使役ができない?
使役。白属性の範疇に含まれる死霊術が――。
(どういうことだ……? 死霊術限定で、制御が下手ってことか……? んなの考えづれーことだが……)
ここにきてスピットはようやく気づいたが、奇妙なことに、そもそもクリーヴの症状は "使役ができない" というのともちょっと違うのだ。
普通その言葉は、霊機兵をまったく動かせぬ者に対し使われる。
だがクリーヴは前回の演習時から、ゆっくりとなら動かせている。
問題はあくまで戦闘機動のような高速・複雑な動きを取れぬという点のみ……。
(ゆっくりならいけて……速くて複雑な動きはできない……?)
スピットの脳裏に一瞬、閃きのような形容し難い発想が浮かびかけたが――、
(駄目だ! わからねえ!)
もう少しのところで、その後ろ髪を掴み損じる。
自慢の栗色の毛と長い耳をガシガシと撫でつけたスピットは、そこで一旦、区切りをつけることにした。
「休憩すっか……」
「む。そうだな」
今日は春といえども陽射しが強く、暑いくらいである。木陰に避難した二人は、銘々良い塩梅の石の上に腰を落ち着かせた。
「……茶ぁ、いるか?」
「む。かたじけない、いただこう」
「ほれ」
スピットが竹水筒を二つ鞄から取り出し、一つを手渡す。
クリーヴは飲み口を塞いでいた木栓を外すと、ごくごくと景気よく喉を動かし始めた。
「はてさて、これからどうしたもんかねえ……」
スピットは顎に手を遣り考え込む。
いつになく真剣な表情だ。事情を知らぬ女子が目にすれば、一つや二つ間違いが起こりかねぬほど絵になってる。
「……今の内に言っとくけどよ、クリーヴ。今度の演習までに調律を全部終わらせるってのは、土台無理な話だ。諦めろ」
「わかっている。たった一週間で調律が終わるはずないからな……それは俺もよく知っている」
どれだけ好条件が揃ったとて、一通り満足に調律を施すには最低二週間を要する。
「とはいえ、一週間何も手を打たないのもそれはそれで愚者の策だ……だからスピットよ、おそらく君の腹はこうではないか? 少なくとも一つか、間に合えば二つ……どこか決定的な切り口を見出し、そこを重点的に調律する」
「……おどろいた。お前、そういうとこはちゃんと頭が回るんだなあ」
「む。まるで俺が馬鹿だと言いたいようではないか」
「少なくとも、昨日になって我が身の置かれたヤバさに気づいた奴を "お利口" たぁ言えねえやな」
「むぅ……むぅぅ……」
「ははっ、気にすんなって。そーいうオレだって調律のこと以外はからっきしさ、大して変わらねえ……で、話を戻すとだ。お前の考えであってる。オレも今できる最良は、下手に広く手をつけて中途半端で終わるより、一つか二つに絞って勝負に出ることだと思う」
「道理だな」
「でもって幸い、オレん中で一つはもう、ほぼほぼ決まりつつあるんだ……いいか、よっく聞けよ――」
スピットはニヤリと不敵に笑うと、クリーヴに小声で何やらぼそぼそと語り掛けた。
最初はいつも通り無表情で耳を貸していたクリーヴだったが、やがてその真っすぐな眉がほんの少し持ち上がる。
「それは……すごいではないか。そんなことが実現できるのか?」
「できる。今日、お前が霊石砲を使うのを見て確信した。オレの十八番の黄属性霊術と、お前の霊術制御の腕があれば間違いなくいける」
それはスピットが入学前から温めていた霊石砲に関する着想だった。
有効性・新奇性共に優れていると自負しながらも、それを可能とする使役士がおらず諦めていたが……ここに来てついに日の目を見たのである。
その意味では、スピットにとってクリーヴと組めたのは嬉しい誤算だった。
「だもんで、これで "矛" に関しちゃあ、一つ手を打てる。打てるんだが………………でもなぁ」
「うむ……今日のような標的破壊ならともかく、次回は制限付きとはいえ実戦形式だ……相手は動く。だからこちらも同等以上に動けねば、せっかくの矛も真価を発揮できまい……」
「そうなんだよなぁ……さっきの霊石砲の改造の話はあと三日もありゃ十分終わる。だから、今週末の残りの二日間は、どうにかしてもう一つ手を打ちてえ……でもってそれは、お前がちゃんと使役できるようになる調律であるべきなんだろーが……」
現状、どうしようもない。原因がわからぬため、迂闊に切り込めぬのだ。
……ただそれでも、クリーヴの症状と本来の実力を見比べた上で、もしかしたら、とスピットが思った箇所はある。
機体の中枢神経系だ。使役士の思い描く動きを電気刺激として伝達させる司令塔、死肉を操る要所。
機体とクリーヴ、どちらに起因するかはわからぬが、とにかくそこで何らかの "問題" が生じ、結果としてあのような不可思議な動きをしている可能性はあった。
だが、神経系周りは霊子回路と同様、非常に繊細で知られ、易々とは手を出せない。下手をすれば、今はまだ行えるゆっくりとした動きすら出来なくなる可能性もある。
何より、その "問題" をまるで特定できぬことがスピットを苛立たせた。
「なんなんだろうなあ、ありゃ……<鉄傀儡>の、<操人触花>の神経にどっか破損か摩耗でもあんのか……? いや、ちげえだろうなあ……だとしたら、ゆっくりとは動ける理由にならねえ。それに配給したての新品だ……勿論、初期不良は可能性としてあって当然だが、それもなかったし……」
スピットが空になった竹水筒片手にぶつぶつと呟いていると、
「……あの霊機兵、何かおかしくはないか?」
クリーヴが訊いてきた。
「スピット、君はどう思う? あの<鉄傀儡>について」
「どうって言われてもなぁ……確かに俺も、初期不良を疑って昨日少し調べてみたんだが、おかしなところは見当たんなかったぜ?」
「むぅ……そうか」
「てゆーか、最新の三型一七式だけあって、むしろ動かしやすいくらいだぞ」
<鉄傀儡・三型>が産声を上げたのは約二〇年前で、近年では旧式となりつつある事実は否めぬが、それでも操作性の向上等を目的とした小規模な更新は今なお続いている。
三型一七式はその中では最新版に当たり、学院でもこの春から新たに配給されていた。
平民出身者からすれば、そうした最新機に触れられるのも、この学院で奨学生として採用される大きな利点である。
ちなみに、スピットが素人ながらに霊機兵を動かせるのは、彼が使役士を目指した過去を持つためだ。
実に数年ぶりの使役だったが、そんな彼でも三型一七式は『へぇ、結構動かしやすいじゃん』と感じたほどである。
もっとも、それ故に今のクリーヴの不具合が一層不可思議で仕方ないのだが……。
「ま、いずれにしても道具のせいにすんのはどーかって話だと思うがなー」
「む……」
クリーヴが黙り込んだ。相変わらずの無表情なので計りかねぬが、もしかしたらちょっとムッとしているのかもしれない。
そのまま少し気まずい沈黙が続いたが、ややあってクリーヴがおもむろに懐から何かを取り出す。
"ぽぉ~、ぴぃ~、ぼぶぇ~……ぺぇええええええっ!"
鳩琴だった。
そして、クリーヴ・エインシェドラグは致命的に演奏が下手くそだった。
「な、なんだぁ⁉ 抗議の意思表示でもしてんのか⁉」
「む? いや、違うぞ。ただ単に練習しているだけだ」
「てかなんだよその鳩琴。ちょっとガキっぽい装飾の」
「む。ガキっぽいとはなんだ。これは俺の大切なものだ。馬鹿にするな」
「へいへい。何でもいいけどよ、お前そんなの懐に突っ込んだまま使役してたのか?」
「そうだ」
「んなことしたら壊れるかもしれねえぞ? 今度から格納庫にでも置いておけよ」
「む……確かに……それもそうだな。次からはそうしよう」
「そうしとけそうしとけ……よし、じゃあそろそろ再開すっか」
「む。もうか? せっかく練習しようと思ったのだが……」
「奨学金、減ってもいいのか?」
「……今はそれが火急の用だな」
「そういうことよ……その鳩琴、俺が預かっててやろうか?」
「……くれぐれも丁重にな」
「わーった、わーった……」
二人は腰を上げ、再びそれぞれの配置についた。
――奨学生査定まであと五日。




