兎と龍の邂逅譚 04
「……んで? いったいなんなんだよ、あのざまは。ああん?」
「むぅ……むぅ……」
同日、時刻は夕方。
クリーヴは不機嫌極まりない顔をしたスピットの前で正座していた。
灰色の額からタラリと脂汗が伝い、心なしか縮こまっているようにも見える。
場所は今日から二人に貸し与えられた霊機兵格納庫。学院地下に設けられた施設で、奥には演習後に正式配給された<鉄傀儡・三型一七式>が、クリーヴ同様どこか肩身が狭そうに降着姿勢を取っていた。
「はぁぁあああ……まったくよぉ~」
スピットが深ーい溜息を吐き、そのままネチネチとクリーヴを責め続ける。
「恥ずかしいったらありゃなしかったぜ……あんだけ啖呵切っておいて、演習が始まるなり大転倒……後は悶え苦しむ芋虫みてえにジタバタのたうち回ってるだけで、その間にマーシャンは余裕綽々の標的全破壊……試合終了だ……。あろうことか、最後にゃそのマーシャンに肩を貸して貰ってようやく立ち上がる始末……」
「むぅ……彼は意外といい奴かもしれんな。俺は誤解してたかもしれん」
「馬鹿野郎、イヤな奴で正解だ! オレらを笑いもんにするために敢えてそーしたんだよ!」
「そうなのか……⁉」
「じゃなきゃどーしてゲラゲラ笑いながら肩を貸してくるんだよ……」
「あの笑いは勝利の余韻に浸っていたのでは?」
「勝負にすらなってねー勝負に余韻もクソもあるもんか!」
「む、そうか……しかし、だとすれば彼が俺の忠告に耳を傾けなかったのも頷けるな」
「忠告って……何言ったのよ、お前?」
「"勝利を確信し気を緩めたその瞬間が最も危うい、一流の兵士になりたければ常に警戒を怠るな"」
「それが肩まで貸して貰って立ち上がった奴の台詞かコノヤロウ!」
「道理でおかしいと思ったのだ……俺がそう言った途端、彼は息をするのも苦しそうなほどに笑い悶えていたからな……。てっきり持病か何かだと思ったが、息災なようで何よりだ」
「ビョーキはてめぇだこのバカチンが!」
「むぅ……むむぅ……」
――終始この調子である。
スピットはここにきてようやく理解しつつあった。
この龍人種、絶対に頭の螺子が一本か二本外れ落ちてる。まるでつんつるてんの御頭だと。
(実力についちゃ前から知ってたが、中身までこんなポンコツたぁな……)
クリーヴ・エインシェドラグは弱い。
とんでもなく、弱い。
霊機兵科始まって以来の、"史上最弱の龍" である。
それが今年度の霊機兵科新入生たちの共通認識だった。
何せこの龍人種ときたら、これまでの演習で一度として霊機兵を満足に稼働できた試しがない。
互いの実力提示を目的とした初回の演習ではろくに立ち上がれもせず、第二回の演習では歩行ができず、そして迎えた今日この日である。
(……ただ、一応成長はしてるみてえなんだよな……今日は歩いて演習場に這入るとこまでは出来てたんだし……でもそんなんじゃ)
まるでお話にならぬ、牛歩の如き遅さの成長である――いやさ、"牛" と例えるのすら烏滸がましい。蝸牛が這うような速さの成長だ。
何しろ今年度は入学して初めて霊機兵を使役したような者とて、どんなに遅くとも二度目の演習までにはそこそこの動きができる水準にまで全員達している。ひと昔前ではあり得ぬような習熟の速さだが、事実として皆そう出来ているのだ。
にもかかわらず、この龍人種ときたら……。
(歩くのは出来てた……でも、演習が始まったらあのざま……ってことは多分、戦闘機動、要するに機敏な動きをすんのがまだ無理ってことなんだろうな……原因はわからねえが……もしかして、コイツ自身がとんでもなく体術が下手なのか? あるいは、霊術の制御が苦手とか……。いずれにせよ、こんなのが奨学生ってんだから、まったく驚きだよな……)
そう。
そうなのである。
非常に信じ難いことだったが、このクリーヴはなんと自分と同じ奨学生の身分だった。
奨学生。
それは "学道は貴賤を問わず" の信念を掲げ、平民教育にも力を注ぐ現・学院長オルム・グランレーファにより設立された制度である。
学費や生活費の免除・補助を受けられる上、由緒正しき学術機関であるこの学院で最新の学理・技術を修められるのだから、スピットのような平民にとっては至れり尽くせりのありがたい制度であり、また同時に――難関極まる狭き門として知られていた。
というのも、奨学生となるには志望専攻に応じた一芸特化型の試験を突破せねばならず、その倍率は市井の人々の気を優にどうにかさせてしまうくらい、著しく高いのである。
中でも使役専攻では制度が始まって以来、ただの一人として受け入れが皆無だったことで知られていた――今年度、このクリーヴ・エインシェドラグが合格するまでは。
(信じらんねーよな、ほんと……長年閑古鳥が鳴いてた使役専攻がよっぽど敷居を下げたのか? それともまさか、例の噂がホントだったとか……)
これほど弱いクリーヴが、あれほど難しい試験を合格できるはずがない――新入生のみならず、学院に所属する学生・教職員の大半が当初から抱いていた疑問だ。しかし、ある時期から、その答えとして怪文書じみた噂が飛び交う。
なんでもこの龍人種、さる名家と繋がりを持つとか……とある高貴な血筋に連なるとか。
だから、奨学生試験も裏口入学的に突破できた、という噂である。
(――ま、けどよ。今は正直、そんな噂はどーでもいいんだ……コイツの生まれがどうとか、どうやって試験に合格したとか、んなの関係ねえ……。それより、問題なのは――)
「む。スピットよ」
「……あんだよ」
「確かに今回俺は無様な真似を晒した。君に恥をかかせた。そのことは素直に詫びよう。すまなかった、この通りだ………………だがな、とはいえいつまでもこの失敗を嘆いていては、前に進めない。そうだろう?」
「まあそりゃあ……そうだろーな。失敗した張本人のお前が言うのはなんとなく釈然としねーけど……」
「一歩ずつ、着実に行こう。いつかは俺もあのじゃじゃ馬を必ず物にしてみせる……だから君も、それまで待たせることになってすまないが、どうか気長に待って――」
「気長ぁ⁉ 何言ってんだおめえ! 次回の演習からいよいよ奨学生査定が始まんだぞ⁉」
奨学生査定。
そう、それだ。
それこそが今、スピットの頭を最も悩ませていることだった。
「む? 奨学生査定……? なんだそれは」
「おいおいおい! お前だって一応奨学生だろ⁉ なんで知らねえんだよ! まさか入学式後の説明会、出てなかったのか⁉」
「む。あれのことか。あの会にならちゃんと出席したぞ」
「だったらなんで⁉」
「しかし遺憾ながら不意に睡魔に襲われ、まるで記憶にないのだ」
「んなことを胸を張って言うんじゃねえこの阿呆龍っ! いいか、そもそもはだな――」
平民教育の一環として設立された奨学生制度だが、その目的は弱者に手を差し伸べることではない。
弱者に埋もれた強者を見出し、育てる点にこそあるのだ。
奨学生試験が狭き門たる理由はそのためであり、入学後もまったく気は抜けない。
定期的に奨学生の能力査定を行い、場合によっては学費や生活費の免除・補助額が変動するのだ。
入学当初は一律に全額で設定されるそれらだが、奨学生として相応しくない成績を残そうものなら容赦なく減額される。
特に問題となるのは学費だ。ここグランレーファ学院は名門故に相当お高いそれであり、普通は貴族や豪商または職人連盟の巨匠など、裕福な家庭でなければ支払えない。
それを一部――最悪で半額相応払えと言われれば、辿る道筋は自明。
奨学生の辞退、自主退学である。
その免除・補助額を決める大事な大事な査定が、次週からいよいよ始まるのだ。
スピットはそのことを滾滾と言って聞かせた。
途端、クリーヴがだらだらと冷や汗を流し始める。
彼は心なしか青い顔をし、じっくりと考えこんでからぼそりと呟いた。
「それは………………まずいではないか」
「滅茶苦茶にまずいんだよコノヤロウ!」
「まいった……まさかそんな罠が潜んでいるとは……夢にも思わなかったぞ」
クリーヴはそのまま小難し気な顔をし、むぅんむぅんと重々しく唸り続ける。
スピットは今さらことの深刻さに気付いたこの龍人種に大層呆れつつも、同時にどこか少しほっとした。
「まあでも、良かったよ……。危機感を持ってもらって……共有できて。やっぱお前でも、減額は困るんだな」
「困る。そんなことになったら、俺はこの学院にいられない……それでは目的を達せない……」
「目的ぃ? なんだそりゃ」
「む。それは――」
「あー、んなことよりだ。一旦話を整理すっぞ。……まず、次回の演習。そこで最初の奨学生査定がある。しかもあろうことか相手はマーシャンとセイッジ、今日お前がボロ負けした連中だ」
「むぅ……」
「もしそこで今日みてえな醜態晒しちまったらマジでヤバイ。最悪、すぐにでも減額されっかもしんねえ……ただ、とはいえじゃあアイツらに勝てって話かっつーと………………多分それも違う」
「そうなのか?」
「俺が聞いた話によると奨学生に求められる水準ってのは、だいたいその年の上位集団に収まってればいいって程度らしい……。んで、だ。マーシャンたちは間違いなくその上位。アイツらより上となると、後はもうジョヴィエルとアンシェクの二人隊くらいだろ」
「うむ。確かに彼らは中々の手練れだ」
「お前みてえな下の下が偉そうに言えることじゃねえけどな……まあいい、話を戻すぞ。だから次回の演習、俺らはどうにかしてマーシャンたちといい勝負ができるくらいになんなきゃならねえ。そこまでいけば、奨学生としてまあ平均的な水準と見なしてくれっだろ」
「なるほど。作戦目標をそう定めたということか。よくわかった」
「……本当にわかってんのかねえ」
スピットは耐え難い頭痛にでも苛まれたかのようにこめかみをぐにぐにと捏ね繰り回す。
今朝があの惨敗で、期限は次回の演習日……つまり、一週間後だ。
それまでに、どうにかしてその線まで持っていかねばならない。
スピットの理想とした使役士とはあまりに真逆なこのクリーヴ・エインシェドラグと共に……。
(……でも嘆いてるばかりじゃどうにもならねえ)
いつだって人は配られた手札で勝負するしかないのだ。
それは平民生まれ、雑草根性のスピットが自ずから見出した、人生の鉄則でもある。
「……いいかクリーヴ。今日からオレたちは二人隊だ。正直言ってオレはお前とは組みたくなかったし、お前もそうだったもしれねーが、今さらそれは言ってもどーにもなんねえ。……こうなりゃオレも覚悟を決めたよ。これからはお前の失敗はオレの失敗だし、お前の成功はオレの成功だ……だから、協力しろ。その代わりにオレも力を尽くす」
「ああ、スピット。任せてくれ」
「……お前って、返事だけは妙にいいのな」
こうして彼らが二人隊を結成した初日は幕を下ろした。
――奨学生査定まであと六日。




