兎と龍の邂逅譚 03
「む。君がスピット・ラピラービか」
ユリア歴一一二七年、赤の月、第三週、第一日、午前。
霊機兵科の演習場に足を踏み入れるなり、スピットはそう話し掛けられた。
「俺がクリーヴ・エインシェドラグだ。今日から宜しく頼む」
灰色の肌と白い髪に赤い瞳を持ち、頬や首元、手の甲には硬そうな紫紺の鱗が。腕と足の一部は甲殻に覆われており、鋭い爪と強靭な尾を有する。
……こんな特徴的な風貌の者は、学院はおろかブレヴディル王国全土に渡ってもただの一人しか該当せぬだろう。
龍人種古龍族の少年、クリーヴ・エインシェドラグだ。
「……ああ、よろしくな」
スピットはかなり嫌そうに応じたものの、クリーヴはまるで気に留めない……というか、煙たがられていること自体気づいてなさそうな風である。
クリーヴがほんの少し、不思議そうに目を細めた。
「むぅ……随分と負傷しているな」
あちこち傷と痣だらけ、ズタボロで見るに堪えないスピットの惨状を慮ってのことである。
――あの後、スピットは命からがら這う這うの体で難所を切り抜けた。
今度ばかりは本当にヤバイと死すら覚悟し、事実当初は許婚殿にボコボコにされていたスピットだったが、紆余曲折を経た末、最終的におねーさんの八股が発覚し、何故かそこから夜中にもかかわらず "間男さん全員集合!" へと事態は急変した。しかもスピットを除く七人が七人、"俺こそ彼女の本命さ……!" という哀れな思い込みをおねーさん自身の口からものの見事に打ち砕かれ、気づいたら男八人が傷を舐めあう哀れな愚痴大会へと発展した。で、その頃にはなんだか色々と有耶無耶になっていて、結果、スピットはどうにかして難を逃れたのである。
(ざっけんなよ、あの◆◆◆◆◆◆◆・★★★★★が! 八股ってなんだよ八股って! 魔物かなんかか⁉ だいたい一週間は六日だぞ! 週に二人は余る計算じゃねーか⁉ んなことするなんてサイテー、サイテーだっぜっ!)
まるで義憤のような何かに駆られるスピットだったが、コイツはコイツで入学早々に六股をしでかしているので、客観的には大差なかろう。
双方共に屑じみている。
(ああオレぁもう、二度と女になんて興味を持たないねっ。絶対に……絶対にだ!)
どこをどうトチ狂ってかそんな結論に帰着するスピットだったが、有効期限はせいぜい半刻と持てばよい方だろう。
とまあ、そんな感じで憤慨この上ない様子のスピットだったが、そこへ、
「む。さてはその傷、野戦にでも従事していたな?」
無表情のクリーヴがいそいそと近寄ってきた。何故か小刻みに尾を振りながら。
この時のスピットでは気づけぬことだったが、見る者が見ればそれは "仲間を見つけたっ!" とでも言いたげな嬉しそうな態度である。
「な訳ねーだろ。んだよ野戦って。どーいう冗談だよ」
「……そうか」
クリーヴの尾の動きがピタリと止まり、今度はペタンと項垂れた。
(はぁ~……よりにもよって、コイツと組む羽目になるたぁな……)
スピットもガクリと項垂れる。深ーい溜息を一つ吐くと、嫌でも思い浮かぶのは暗雲立ち込める今後の我が身の振り方であった。
二人隊。
ここグランレーファ総合霊術学院の霊機兵科では、調律・使役専攻の学生で一組を作るのが常道である。各二人隊は学院から未調律の霊機兵―― "素体" の配給を受けることができ、以降の学院生活ではその霊機兵を共同で管理・運用するのだ。
スピット・ラピラービは調律専攻に在籍する調律士であり、その役割は広義には霊機兵の開発・整備諸々、狭義には使役士の霊脈・肉体の模倣である。
調律士にとってどの使役士と組むかは、下手すれば今後の人生を決めかねぬほど重要で、スピットも入学以来、学業面でおよそ唯一と言っていいほど真剣に取り組んできたことだった。
何しろ調律とは言ってしまえば裏方作業。どれだけ丹精込めた舞台を拵えても、いざ板の上に出た役者が大根では報われぬのだ。
スピットにしてみれば、自分が有りっ丈の情熱を注ぎ調律するからには、使役士にも相応の働きで応えて欲しいのである。
だが。
そんな彼の熱い思いはまったくの裏目に出てしまった。
というのも、スピットが求めていたのは普通に考えれば新入生ではまず達せぬような高い水準だったし、また、異性交遊方面への別の熱い思いが、要らぬ面倒事を呆れるほど頻出させ、ついには誰とも正式に組めぬまま今日この日を迎えてしまったのである。
今日。"霊機兵演習其の一" がいよいよ本格的に始まるこの日。
二人隊を成立できなかったあぶれ者たちが――強制的に組まされることになる、今日この日。
「む。どうしたのだスピット。何やら顔色が優れないようだが……」
「……なんでもねーよ」
「そうか。ならいいのだが」
「けっ」
そうして決まった相手がこのクリーヴ・エインシェドラグだった。
彼もまた、誰とも二人隊を結成できなかったのである。
(はぁ……こりゃあ、いよいよ駄目かもわかんねーな……よりにもよって、コイツと組まされるなんて………………何せコイツときたら――)
「はっはっは! おい見ろよ、セイッジ! 平民どうし、余り者どうしで組んでやがる!」
「アハハハハ! ホントだね、マーシャン! こりゃおかしいやっ」
そこへ新たに二人の少年がやってきた。
「スピットの奴、いつまで経っても誰とも組まないと思ったら……まさか、こんなことになるなんてな!」
スピットを指さして豪快に笑うのはマーシャン・ジャアトグリール。獣人種巨猿族の大柄な少年で、クリーヴ同様に使役専攻に在籍する。
「やっぱり平民は平民どうし、なるようになるもんだね。アッハッハッ!」
筋骨隆々のマーシャンの背に隠れ意地悪く笑うのはセイッジ・スタルヴィスタだ。獣人種星狐族で、マーシャンとは真逆に小柄で痩せっぽちの調律士である。
二人もこの春に入学し、互いに旧知の仲から早々に二人隊を結成していた。
クリーヴとスピット、マーシャンとセイッジ。どちらも同じ二人隊だが、その間には大きな隔たりが存在する。
彼らは由緒正しき血筋と伝統を何よりも重きとする古くからの貴族――血統貴族の生まれだった。
「チッ……なんだよてめーら。用でもあんのか」
「スピットぉ~、お前もホンット馬鹿な奴だよなあ。俺が勧めた連中の誰かと組めば、そんなことにはならなかっただろうに。せっかくの調律の腕が泣いてるぜ、うははははっ!」
「……るっせえ、余計なお世話だ」
このマーシャン、良くも悪くも所謂 "ガキ大将" 的気質である。そして入学当初は平民にもかかわらず調律士として相当の腕前を持っていたスピットに一目置き、その一方通行気味な面倒見の良さから、あれこれと自分の友人・知人の使役士を紹介してきた。在学者の過半数が貴族のこの学院では、スピットのような平民はどうしても浮きがちで、実際それでかなり助かった面もある。
だが、スピットが紹介のあった使役士たちと次々に破綻していくと、やがてマーシャンは面目を潰されたと憤り、以後、確執が生じてしまったのだ。
「……ねえねえところでさマーシャン、知ってる? 今日と次回の演習のこと」
セイッジがずる賢そうな含み笑いを漏らす。
「んんぅ? 変なことを訊くなあ、セイッジ。たしか、今日は最初だからってことで標的破壊を競うんだろう? 一対一で、どっちが多く破壊できるかだ。それで、次回は制限付きの模擬戦だよなあ? そうだったろ?」
「ウンウン、そうなんだけどね。ボクらのその対戦相手、誰だと思う………………ププッ、なんと! この二人なんだってさ~! アッハハハハ!」
「なんだよ、それぇ! ほんとかよぉ! おいおい、こんなヤツらじゃろくに相手にならねえよ! は~っはっはっはっは!」
「ちっ……!」
腹まで抱えて笑い出す二人だったが、スピットは舌打ちを残すばかりで反論できない。
彼の握られた拳が、悔しそうに震えていた。
そこへ――
「ほう、随分といい気なものだな」
クリーヴが一歩踏み出た。
赤い瞳から感情は窺えない。
ただそれでも、彼が内々に何かを秘めているのは間違いなかった。
唐突に割って這入ってきたクリーヴにスピットは困惑する。
「おいよせ、やめとけよ――!」
「いや、やめん」
「……へぇ~? おいなんだよクリーヴ。何か言いたいことでもあんのかよ、ええ?」
「言いたいこと? 生憎とそんなものは持ち合わせてないな……すべては結果で語れば良いだけのことだ」
「アハハハハハ! 聞いた、マーシャン⁉ コイツ、僕たちに勝つ気でいるよ⁉ あ、あのクリーヴが! アレなクリーヴが! アハハハハハハ!」
「おう、しかと聞いたぞセイッジ! 身の程知らずにも程があるってもんだよな! わはははははは!」
「……行こうスピット。教えてやろうではないか……果たしてどちらが本当の身の程知らずかをな」
「いや、んなこと言ったって、お前――」
そのままクリーヴはスタスタと進みだす。
演習場と学院を隔てる防護壁。その内側に待機していた、彼らの配給霊機兵の下へ。
――そして、演習が始まった。
セイッジの話通り、最初にクリーヴとマーシャンが標的破壊で競うことになる。
これまでの演習は、使役士と調律士が互いの力量を示す場だったので、こうして霊機兵が本格的に稼働し対戦するのは初めてのことだった。
成人男性二人ないしは三人にも匹敵する霊機兵の尺度で見てもこの演習場は広大である。また、区画ごとに環境が大きく様変わりし、クリーヴとマーシャンの機体はその内の一画、建物と平地が入り混じった領域に足を踏み入れた。周囲には黄属性霊術で粗めに錬成された大小様々な標的が設置されている。制限時間内にこれらをいくつ破壊できるかが今回の課題だった。
両機が立ち止まる。後は担当教官からの開始の合図を待つのみ。
マーシャンの霊機兵は一見でっぷりとすら映る彼の逞しい筋肉を的確に再現し、既に相当高い水準の調律にあると知れる。これは、入学早々に二人隊を結成できた彼ら故の強みだ。通常、調律にはどれだけ好条件が揃っても最低二週間は要する。現時点でここまで調律が済んでいる二人隊はごく僅かだった。
一方、クリーヴの繰る霊機兵はまるで対照的である。配給された素体、制式名称<鉄傀儡・三型一七式>そのままだ。未調律機における最大の問題は、霊機兵の主兵装――霊石砲の威力減退であり、しっかりと調律を施した機体に比べ四半分の火力に届けば良い方だ。また、使役そのものにも機体依存の独特の癖があり、一筋縄ではいかない。
つまり、常識と照らし合わせれば、両機の間に埋め難い差があるのは明らかだった。
だが――、
(ん……?)
何か、気配が。
クリーヴの使役する<鉄傀儡>から、ただならぬ気配が発せられていた。
例えるならそれは闘気。具象化した戦意。
数々の死線を潜り抜けた歴戦の勇士だけが漂わせる風格……。
そのようなものが発せられていると、スピットは不意に感じた。
(お、おいおい、まさか――)
彼は今、他の者と同様に学院と演習場を仕切る防護壁、その上に設けられた通路からことの成り行きを見守っている。
何せ今日から組まされた二人隊、調律を施せる時間などなかった。ましてやマーシャンは武家の生まれ、幼い頃から相応の訓練を積んでいるのは周知の事実。
だからこの勝負、はなからクリーヴに勝ち目があるはずもない。
スピットはそう決めつけていたが……しかし、これはなんだ?
今、胸の内からふつふつと湧いて出るもの、熱き血潮と共に身体中を駆け巡るもの……。
(……はじまるっ)
スピットが己の感情に戸惑っている内に――とうとう戦いの火蓋が切って落とされた!
「「!」」
両者共に強弓から放たれた矢の如く動き出す!
次の瞬間――――――巻き起こる爆笑の渦。
(ま……やっぱ、んなわけねーよな……)
スピットは額に手を遣り嘆息した。
見るまでもなかったが一応見る。
クリーヴの使役する霊機兵、<鉄傀儡>。
足を真上に "びよーん!" と上げ、そのまま平衡を崩し大転倒。
その後も "ぶん! ぶぅんっ!" と滅多矢鱈に手足を振り回し、ろくすっぽまともに動けずにいる。
その間にマーシャンはゲラゲラと笑いながら標的をことごとく破壊した。
勝敗は語るまでもない。
(ったく、だからアイツとだけは組みたくなかったんだよ……)
スピットはがっくりと肩を落とし項垂れた。
ユリア歴一一二七年、春。
新入生たちの間でクリーヴはこう呼ばれていた。
まともに霊機兵を使役できぬ、"史上最弱の龍" と――。




