兎と龍の邂逅譚 02
ユリア歴一一二七年、赤の月、第二週、第六日。
(そうだよそう、そうなんだよ……!)
スピットは両手を頭の後ろに回し、何やら実に満足げに寝台の上でコクコクと頷いていた。
(これだよこれ、これこそが本来のオレのあるべき姿なんだよ……!)
一糸纏わぬ上半身に、布団を掛けた下半身。
隣にはほぼ変わらぬ姿の女子がいる。
どうやら既に一戦交えた後のようだった。
……入学早々、前人未到の六股騒動を引き起こした彼は、ここ最近、あちこちへ悪評が先回りし惨憺たる戦績を残していたが、それでもくさらず頑張った甲斐あって、とうとうこうして上手いことやってのけたのである。
(やったねオレ……やったぜ、オレ!)
スピットがぎゅっぎゅっと何度も拳を握り感慨に浸っていると、そこへ女子が鼻につくような、やや生産過剰気味の甘えた声を出しながら身体を預けてきた。
「もう、スピットくんったらホントすっごい……おねーさん、久しぶりに燃えちゃった」
「フッ…… "スナーグの種兎" の二つ名は伊達じゃねーってことサ……!」
「ぷっ。やだもー、なにそれーっ」
ケラケラと笑う二人。
ちなみに "スナーグ" とはスピットの生まれ故郷で、要するにこの兎、昔からろくでもねー所業ばかりしてきたということである。
「……にしても良かったのかい? 由緒正しき血統貴族のお嬢さまが、オレみたいな吹けば飛んでく平民とこんなことしちゃってさ」
「うーん、そうだねえ……確かに、ルシィルにでも知られたら大変なことになっちゃうかも」
「ルシィル? 誰それ」
「アタシの許婚……年がら年中、領地の収益しか頭にない奴の息子でね、これがまた輪をかけてつっまらないバカな男なの。おまけに怒りっぽいし」
「たは、辛辣ぅ」
「ふふ。だからおねーさんとしてはね、たまにはこうして羽目を外さないとやってられないわけ……入学早々、いーっぱい女の子を泣かせてきた、わるーい男の子と火遊びしちゃうとかね」
うへぇ、コイツぁ魂消た★★★★★だぜ――スピットは自分のことを棚上げし、そんな失礼極まりない感想を持った。
『――いいかスピット、"面倒そうな相手には手を出すな"。特に血統貴族なんざ以ての外だ……よ~っく肝に銘じておけよ』
ふと、入学前に父からあった言葉が頭をよぎる。
当初こそスピットもこの教えを気に留めていたが、一週間も経った頃にはすっかり風化していた。
それどころか、
(やれやれ、オヤジも耄碌したもんだぜ……貴族だろうがなんだろうが女は女。こーなっちまえばこっちのもんっだってのによ、うはははは……!)
などと大層調子に乗っていた。
「あ、そういうえばさースピットくんー?」
「んん、どうしたどうした」
「女の子を泣かせた、で思い出しちゃったんだどさー。知ってる? あの龍人種の噂」
「………。」
「なんでもまたこっぴどく女の子を振ったらしいよー?」
「………………。」
「今度は基礎霊術科の子って話だったかなー」
「………………………。」
「噂では、人のことをやれ交尾のことしか頭にない★★★★★だのなんだの罵ったって。女の子にそんなこと言うなんて信じらんない。サイテーだよねー………………ってあれ、どうしたのスピットくん?」
「よく……」
「よく?」
「よく、知ってるヨ……その龍人種のこと」
「へ? そーなの」
「ああ。なんせオレ、明日からそいつと組むことになっちゃってサ……」
「ええ⁉ 組むって、二人隊のことー⁉」
「うん……色々と巡り合わせが悪くてサ……結局そうなっちゃっタ……」
「うわぁ……だって彼ってさ――アレ、なんでしょ?」
「そう、アレなの……だからオレ、マジでやばい……もお、お先真っ暗って感じ……」
「それはお気の毒に……。………。……よしよし、スピットくん。じゃあおねーさん、今夜はいーっぱい、きみのこと慰めてあげるから……」
「え、マジ? やりぃ」
「うふふ。"スナーグの種兎" ……なんでしょ?」
「おうよっ!」
「……あ、でもおねーさん。その前に一つスピットくんにお願いがあるなー」
「なんでも言ってくれいっ」
「いいの?」
「男に二言はねえ!」
「じゃあ――」
名前で呼んでくれないかなあ――何故かはわからない。その時、スピットの背筋……否、お腹の辺りに凄まじく冷たくて嫌ーな悪寒が走りゾッとした。
それはもしかしたら既視感というヤツだったかもしれないし、あるいは実のところ未来からの警告なのかもしれない。
「おねーさん、あの時は名前で読んで貰うのが好きだから……」
「――へ。なんだ、んなことかよ」
だが。
今のスピットにはそのような忌々しい過去だか未来だか知らんものは関係なかった。
思わず鼻で笑ってしまうほど余裕綽々である。
名前? おいおい、冗談言うなよ。そんなの呼べて当然だろう。こうして褥まで共にする仲なのだから。
そうじゃないヤツなんてサイテー、サイテーである。男の風上にも置けない。んなのは簀巻きにして川へ突き落とし、魚の餌にでもしておけ。
スピットは、ここぞとばかりにキメ顔を作り、おねーさんの名を耳元で囁く……。
「ディ――」「 デ ィ カ デ ィ ‼ 」
が。
囁きは無残にも掻き消された。ちょうどそう、細波が大波に飲まれ跡形もなくなるように。
ばだん! 唐突に扉が壊れんばかりの勢いで開いた。
「ディカディ!」
続けて弾丸のように部屋に飛び込んできた男がまたも叫ぶ。
ディカディ。それこそがおねーさんの名である。
(だよネ。スピットもちゃんと、知ってたヨ?)
はて、では如何なることかと思い、彼は小首を傾げて隣のおねーさん(本名ディカディ)を見遣る。
――いなかった。
彼女は電光石火の速さで寝台の片隅へと離脱し、裸身に毛布を巻いたあられもない姿でさめざめと泣いている。
「ル、ルシィル――」
何だか聞き覚えのある名前だナーと思ったら、そうだった。
それはおねーさんの許婚の名だった。
おねーさんがくわっと目を見開き、大粒の涙を零しながら訴える。
「助ケテ、ルシィル! コノ平民ガ、嫌ガル私ニ無理矢理……! コイツ、ヒドイコトシターッ!」
「なぁあああにぃいいいいいいいいいいっ⁉」
流石は怒りっぽいと前評判の立っていた許嫁殿だ。
ルシィルは顔から "ぽぉおおおおっ!" と蒸気を吹きださんばかりに怒り狂う。
(そうカ……そういうことカ……)
その頃にはいっそ悟りを開いた聖者のように神々しく目を細めていたスピットは、ぽそりと呟いた。
「オヤジ……、アンタの言うことは正しかったヨ……」
合掌。




