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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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兎と龍の邂逅譚 01

 短編 兎と龍の邂逅譚

 

 

 

(――と、いかんいかん。また寝てしまっておったか)

 

 深い赤に幾筋もの白曇を巻いた赤虎目石レッド・タイガーズ・アイ。その内に潜む結晶少女、サフィアはふと微睡(まどろみ)から目を覚ました。

 

(やれやれ……どうもあの契約以来、より強く影響を受けておるようじゃの……)

 

 本来であれば霊子を本質とする彼女に睡眠は必須ではない。睡眠に限らず、すべての生理的欲求とは無縁の存在である。

 

 だが、この赤虎目石の魂石と同化し、真なる契約を果たしたあの日以来、サフィアの中で着実に変化が生じていた。

 

 今や彼女は、すべての人がそうであるように、活動と睡眠が不可分となっている。また、仮初(かりそめ)の身体を顕現させた際はなお悪い。好物である甘菓子や果物など見た日にゃ、ほとんど瞬間的にじゅるじゅるっと唾液が分泌したり、ぎゅるるるるっと腹の虫交響楽団(オーケストラ)(おご)かな旋律を(かな)でだすのだ。

 

 悠久の時を()()()()()身として過ごした彼女にしてみれば、突如として湧き出たこれらの衝動は、懐かしいどころか一周回って(うら)恥ずかしく、もはや赤面羞恥ものの醜態に他ならなかった。

 

(ええいっ、これと言うのもみなアヤツのせいじゃ!)

 

 サフィアがそうなった理由は言わずもがな、クリーヴ・エインシェドラグである。

 

 彼の魂石と同化した彼女は否応なしにその影響を強く受け、この有様に至るのだ。

 

 ……だから今、色々と恥ずかしい思いをした末にふつふつと湧き上がってきたこの怒りも、元を正せばみーんな、悪いのはクリーヴである。そこから導かれる極めて論理的で秩序だった冷静そのものの結論として、アイツには責任を取る義務がある。あるったらあるのである。具体的には今度王都の甘味処にでも連れてって貰い、白玉(しらたま)を添えた餡蜜(あんみつ)の一つや二つ供させるとか!

 

 とまあそんな感じで、極めて感情的で混沌とした八つ当たりそのものの結論に至ったサフィアは、"ふんすふんす!" と鼻息荒く、早速クリーヴに話を持ち掛けようとする。

 

 だが、

 

(ん……? あれ、どこにいるんじゃあの小童(こわっぱ)……?)

 

 その姿がどこにも見当たらなかった。

 

 ……妙である。

 

 クリーヴは霊機兵の操縦者、使役士だ。そして昨今の使役士は皆、最新世代の霊機兵を稼働させるため、ファンタズマブルの民なら誰しもが生まれた時に額に持つ石――魂石を摘出し、武具などに取りつけるのが常である。

 

 そのような武具は "魂具(こんぐ)" と呼ばれ、サフィアの潜む赤虎目石もまた、クリーヴの持つ無骨な刺突剣(レイピア)に取りつけられていた。

 

 魂石は霊術発動の制御装置(コントローラ)の役割を(にな)い、かつ替えが効かない。それを基とした魂具も同様である。(ゆえ)に、使役士にとって最も警戒すべきは魂具の紛失・盗難で、特に戦場育ちのクリーヴは過剰なほど魂具の取り扱いに気を配り、寝る時すら手放さぬくらいである。

 

 だというのに。

 

 そのクリーヴの姿がどこにも見当たらない……。

 

 サフィアの記憶にある限り、こんなことはこれまで一度としてなかった。

 

(そもそもどこなんじゃ、ここは……? 妙に暗い場所じゃが……)

 

 目を()らす……というと奇妙な表現になるが、魂石に潜むサフィアは知覚の水準(レヴェル)を上げ、暗闇の中、ことの真相を見極めるべく辺りの様子を探る。

 

 するとそこには、

 

(ハァ⁉)

 

 ()()()()()()()()()()が広がっていた。

 

 まず結論から言おう。

 

 いた。

 

 クリーヴは、いた。

 

 少し離れたところで、うつ伏せになっている。

 

 ()()()()()()()姿()()

 

「むぅ……! むむぅ………………くっ」

 

 それも何かに必死で耐えているような――妙に艶めかしい苦渋の声を漏らしながら。

 

(え⁉ え、え⁉)

 

 さらに衝撃的な絵が続く。

 

 暗闇には、もう一人、いたのだ。

 

 スピット。

 

 スピット・ラピラービ。獣人種茶兎(ちゃうさぎ)族の少年。

 

 彼が、いる。

 

 惜し気もなく晒されたクリーヴの灰色の背に、()()()()()()()()()()()()

 

(何何何何何何⁉ どゆことこれ⁉ どゆことなんじゃいったい⁉)

 

 苦悶の表情を浮かべるクリーヴとは対照に、スピットは眉一つ動かさぬ真剣な眼差しである。

 

 ぱっちりしつつも若干垂れ下がった焦げ茶の目が、震え一つ見逃すまいとクリーヴの素肌を鋭く()めつけていた。

 

「くぅ……!」

 

 まるで蝸牛(かたつむり)が這うが如くゆっくりと指を動かすスピット。

 

 クリーヴは唇を噛み締め、その刺激に耐えるばかりだ。

 

「……おい、あんま力むんじゃねえよクリーヴ……これじゃあお前がわからねーだろ……?」

 

「だが……だが、しかし……! これ、は……!」

 

「いーからじっとしてろ……」

 

「む、むぅ……っ」

 

 流れが変わった……!

 

 スピットは突然、クリーヴの肢体に顔を近づけ、まじまじと観察する……。

 

 唇が触れそうなほど近い距離だ……。肌にかかる吐息が一層むず痒かったのか、クリーヴはビクッと脊髄反射的に身を反らす……。

 

 だがスピットは無言でその手を拘束し、またゆっくりと、舌で舐め回すように指を這わせた……!

 

(うご、うごご、うごごごごご……!)

 

 ()()()の女子が目にしたなら、大層お耽美(たんび)で眼福で目の保養になる、まさに垂涎(すいぜん)ものの光景である。

 

 何しろスピットは言わずもがなの美少年、クリーヴもかなり上の水準で整った顔立ちだ。かてて加えて、幼き日々を戦場で過ごしたその身体。極限まで無駄が()ぎ落された、戦うための肉体である。隅々(すみずみ)にまで散った大小の傷は戦争の哀しさと(むな)しさを切々と物語り、いっそ詩的で修飾的ですらあった。

 

 ……サフィアにやべー性癖が()えかかるのも無理からぬ佳景である。

 

(――ハッ⁉ だ、駄目じゃからー! そんなの絶対、駄目なんじゃからー! むしろじゃめなんじゃからー!(意味不明))

 

 さあ、そんな彼女がいよいよ混乱して錯乱して頭がフットーしそうになったその時――、

 

「うし、じゃあこれでいいな」

 

 唐突に終わりは訪れた。

 

 むくりと立ち上がったスピットが霊術で部屋の油灯(オイル・ランプ)に火を()ける。

 

 終わる暗闇、照らされる室内。

 

 そこは霊機兵格納庫。

 

 クリーヴがうつぶせに横たわるのは寝台(ベッド)ではなく、備え付けの長椅子(ソファ)だった。

 

 疲弊しきったようにぐったりとしたクリーヴが言う。

 

「まったく。いくら調律のためとはいえ、毎度これでは堪らんな………………くすぐったすぎる」

 

 

 

 

 

 勿論聡明たる我らがサフィア様のことだ。()っくの疾うにお気づきになられていたであろう。

 

 これらは皆、調()()()()()()()()ということに。

 

 種を明かすとこうである。

 

 霊機兵。魔物の死肉で構成された現代戦の(かなめ)(にな)う人型機動兵器。

 

 諸般の事情から、最新世代のそれは使役士の肉体を()()()()のが()とされる。

 

 模倣は究極的には完全な同一(アイデンティカル)が望ましく、それを目指す専門職こそが調律士だ。

 

 だが、人の身体は時々刻々と変化しており、成長の最中(さなか)にある彼ら一〇代の少年は殊更(ことさら)その影響が強い。

 

 それ(ゆえ)に、調律士は定期的に使役士の身体を調べる必要があり、二人の場合、月に一度か二度はこのような精査をしているのだった。

 

「それでスピット、どうだった? 霊機兵に反映させるような変化はあったか」

 

「うんにゃ、今んとこ急ぎでやった方がいい修正はねえな。お前の場合、成長期が終わりかけてて、もうあんまし骨も伸びてねえみてーだし……ただ、霊子回路はいずれ少し弄った方がいいかもなー」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。お前の霊脈、なんかちょっと以前と具合がちげえみてーだ……なんつーか、流れ方自体は変わってねえんだけど、流すものが微妙に変わったっつーか、何か別なもんがほんの少しだけ混ざってるっつーか……」

 

"霊脈" とは人体内における霊子の流れを指し、霊子とは霊術発動の資源(リソース)だ。

 

 調律の真髄は、各人で異なる霊脈を機体に霊子回路として実装・再現する点にある。使役士の肉体模倣は、その霊子回路を最大限効率良く稼働させるための(すべ)だ。

 

 先の暗闇での行為は、霊脈精査の際に生じる霊子由来の(かす)かな発光を見逃さぬためだったのである。

 

「ま、いずれにせよ今すぐどうこうって訳じゃねーよ。いずれ神経系とかの手間が掛かる点検をする時に、ついでにやっといた方が良さそうだってくらいの話だ」

 

「そうか……」

 

「おいクリーヴ、それよりいい加減に服着ろ。いつまでんな恰好で堂々と突っ立ってる気だ」

 

「む。それもそうだな」

 

 ほれ――スピットが補助机(エンド・テーブル)に折り畳まれていたクリーヴの衣類を次々と手渡す。

 

「ん……?」

 

 そこで彼の手が止まった。

 

 黒皮の詰襟制服の衣嚢(ポケット)

 

 卵のような膨らみとそこから少しはみ出た()()()


 それが目に留まったのである。

 

「おい、それって――」

 

「ああ、久しぶりに……練習しようと思ってな」

 

 クリーヴが取り出したのは、やや幼い装飾の上に薄っすらと継ぎ目を浮かべた鳩琴(オカリナ)だった。

 

「そっか……あれからもう一年、か」

 

「うむ」

 

 スピットは唇の端を上げ、どこか懐かし気に目を細める。

 

 ユリア歴一一二八年、赤の月。春の出来事であった――。

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