甲斐性なしなお節介! 04
「むっ。いいのかパーシィ、こんなに馳走になってしまって」
「い、いいんですよぉ! クリーヴさんには、何度も危ないところを助けて頂いたんですから! そのせめてもの御礼です!」
「そうか……なら、遠慮なくいただこうっ」
「は、はい……!」
時刻は既に黒一つ。これはファンタズマブル固有の時法で、あと少しすれば就寝する者もぼちぼち出てくる頃合いだ。
本来ならそろそろ互いの寮や宿舎に鍵が掛かる時刻だが、その辺はウィンサの裏工作でどうにでもなるよう各方面に話がついている。
パーシィとクリーヴ。二人が今いるのは、西食堂厨房の隣にある職員用の休憩室だった。
備え付けの机には、所狭しとパーシィの作った料理が並べられている。
しかし――本命はそれらの料理ではない。
「そ、それじゃクリーヴさん、今お飲み物を準備するので……」
パーシィの手元に置かれた二つの鶴首徳利。その中に入った林檎酒こそが、正真正銘、最後の切り札だった。
(ああ……、どうしよう……! どうしようどうしようどうしたら……⁉)
彼女はぐるぐると目を回しながら葛藤する。
自然、頭の中で反復横跳びのように繰り返し出現したのは、今日の午後にこれらを差し出してきたウィンサだ。
『いいですかー、パーシィ姐さんー。重要なとこなのでちゃんと見てて下さいよー?』
彼女は自らが持ってきた二つの鶴首徳利、取り分けその細い首の辺りに軽く触れる。すると、ウィンサの狭い額に収まった方解石の魂石が黄・青と連続して発光し、見る見る内に徳利の首が一つは赤、もう一つは青色へと鮮やかに染まった。
物質と水を司る黄・青属性霊術を用いた色付けである。
戦闘はからきし駄目なウィンサだが、こういった技芸方面への霊術適性は高かった。
本気を出せば徳利の細い首に洒落た絵の一つや二つ施せるほど精密な霊術制御が可能である。
『赤の徳利ー。こっちがメラメラくん入りですー。でー、青い方はただの林檎酒ですー』
『ちょ、ちょいとお待ちよウィンサ! あたしゃまだ、そんなの使うとは一言も――』
『あー、いーですからー。そーいうの、めんどくさいんでいーですからー』
『人の話をお聞きったら!』
『だーかーらー、メラメラくん、使いたくないならそれでいーですよー? 迷わず、青の徳利を使って下さいー』
『う……!』
言葉に詰まるパーシィ。
……正直なヤツだった。ダラダラと冷や汗滴る彼女の顔にはありありとこう書かれている。
使うとは言ってないが……さりとて、使わないとも言ってない。
揺れに揺れる本音と建て前をぶら下げた天秤棒。彼女はその支点探しに天手古舞である。
なんとも難儀な娘だった。
『ウィンサにできるのはここまでですー。あとは、パーシィ姐さんのご意志を尊重しますよー』
『ん、んなこと言ったってあんた――』
『ではでは姐さん、ご健闘をー』
言ってウィンサは来た時同様に飄々と立ち去るのだった。
残されたのは前より一層酷い有様で苦悩するパーシィただ一人。
答えなど到底出るはずもない。それでも時間は容赦なく過ぎていった。次の仕事も当然あったし、それが終わってもすぐに、ウィンサから根回しを受けた板長が笑顔と共にぐいっと親指を突き出し、厨房の一部を貸してくれる。
で、その頃にはほとんど頭から火花を散らしていたパーシィは、一種の現実逃避でせっせと料理を作り続け、そうこうしている内にあっという間に約束の時間。とうとうクリーヴがやってきたのである。
赤か青か――果たしてどちらを使うかの決断を迫られたのである。
「む? どうしたのだパーシィ。不倶戴天の敵の如く徳利を睨みつけて」
「え⁉ あ、いや、なんでもないんです! なんでもないんですよお、クリーヴさん! あ、あは、あは、あははははは……!」
「そうか? ならいいのだが……」
もはや残された時間はない。
額から一筋の汗が流れ落ちた。
心臓はバクバクと過剰な血を流し続け、頭がどうにかなりそうだった。
一周回って "なんで自分がこんな目にっ" と理不尽な腹立たしさすら湧き出てくる。
(でも、でも! こうでもしないとあたしは、あたしは……!)
やがて思考は停止。理性は喪失。
ならば肉の身体に残るはただ一つ……身を焦がすような欲望である。
パーシィの震える手が、赤の鶴首徳利を掴んだ――。
「……む?」
そこでふと、目が合う。
クリーヴの赤い瞳。龍人種古龍族、独特の目。
こちらを無条件で信頼し、料理に箸を伸ばすのを今か今かと心待ちにしている目……。
(……あたし最低だ……何しようとしてたんだろう。……ごめんなさい、クリーヴさん)
パーシィは己を恥じ、心の内で彼に詫びた。
やはりこんな薬で無理矢理どうこうというのは間違っている。彼の意志を無視した悪質で身勝手な行為だ。そんな真似が許されるはずもない……。
パーシィはそう思い、一度だけゆっくりと瞬きすると――やがて、青の徳利から酒を注いだ。
憑き物が落ちたように晴れやかな顔となったパーシィは、林檎酒を注いだ盃をクリーヴへ差し出す。
(後ろ髪を引かれる思いなんてない……って言ったらウソだけど、せめて今は二人きりになれたこの時間を大切にしないとね……)
柄にもなく、そんないじらしいことまで思っていた。
「ありがとうパーシィ……む? きみは飲まないのか」
「あ、私はお水でいいんです。お酒、苦手なんですよー。あはは……」
真っ赤な嘘である。何せ毎晩寝酒が手放せぬほどの酒好きだ。ただ、酒癖が悪い自覚もあるので、醜態を晒さぬよう今回は飲まぬと予め決めていただけである。
「そうか……では、俺だけいただくとしよう」
「ええ」
互いの盃を軽く掲げ口をつける二人。
一口で飲み干したクリーヴは、例によって例に如く、水平に掌を重ねる彼の故郷独特の所作を取り、では早速料理に箸をつけようかとしたところで――。
がたん!
異変が起きた。
「へ⁉」
完全に虚を突かれたパーシィはパチクリと瞬きする。
何が起きたかは一目瞭然。クリーヴがいきなりその場で起立していた。
否、それだけではない。
くわっと目を見開き、赤い瞳に蜘蛛の巣の如く血走った朱線を引いている。
――露骨な言い方をしよう。
メラメラと燃え盛っていた。
「へ⁉ へ⁉ なんで⁉ なんでなんで⁉」
さあ、そんなのを目の当たりにしたパーシィは堪らない。
ふしゅるぅ、ふしゅるるるるるぅ……と謎の呼吸法をしだしたクリーヴを尻目に、パーシィは急いで先ほど己が注いだ徳利を手に取る。もしかしたら間違って赤の徳利を使ってしまった……? いや違う、そんなことはない。自分が使ったのは、ちゃんと青い首をした徳利だ。量も減ってるし、間違いない。
「じゃあなんでさ⁉ なに⁉ なに⁉ いったいどーいうこと⁉」
ほとんど恐慌状態になった彼女は、徳利片手にしっちゃかめっちゃかに慌てまくる。
びしゃあっ、と林檎酒が景気よく撒き散らされると――、
「え……?」
その時、ふとパーシィは目にした。
手にした青の徳利。鶴首徳利。
その細長ーい首の内側に、何か字のようなものが細々と書きこまれている。
「ま、まさか……!」
嫌な予感がした。こんな器用な芸当ができるほど繊細な霊術制御を得意とする人物に心当たりがある。
油灯の火に照らし中を覗き込むと、そこには扇子を振り回すふざけた鼠の絵つきで、こんな伝達が残されていた。
"親愛なるパーシィ姐さんへ"
"どーせ奥手の姐さんはこっちを選ぶと思ってました(がっかりです……ぐすん)"
"だから、こっちにもメラメラくんをいれておきました(やったね!)"
"ご健闘を祈ります"
"あなたの愛の精霊、ウィンサ・ゴーデハスタより"
「あんのガキゃああああああああああああああああああっ!」
パーシィの雄叫びが木霊した。




