甲斐性なしなお節介! 03
「もああああああああああ! もあ、もあ、もああああああああああああああっ!」
哀れな生き物が転がっていた。
場所は西食堂の隣、専用の倉庫である。中には食材や食器類、調理器具などが収納されており、彼女のそばに目録と思しき書類の束と硬筆が落ちてることから、大方在庫の確認でも任されたのだろう。
「もるるっふぁあああああ! もっひゃあああああああああああああああああっ!」
まったく仕事になってないようだが。
一応明記しておくとこの哀れな生き物、生まれた時にパーシィ・ケインゴルの名を両親から授かっている。
……ご両親が気の毒な惨状だった。
「……うへへ。うへ、ぐへ、ぐっへへへへへ………………はっ⁉ おぐぽぅ! しゃげなおぐぽぅいぇいぇい!」
忙しい奴である。突然奇声を発するのを止め薄気味悪くニタついたと思ったら、いきなり己の頬をパアンッと張る。今は一人、その損傷に悶え涙目になっていた。
彼女以外、誰の姿もないのがせめてもの救いである。
「もあ⁉ もあもあ⁉」
損傷から復帰。奇声と共に右、左、右、と鋭い眼光で辺りを睨めつけると、パーシィは震える手で給仕服の衣嚢から毒々しい桃色に染まった紙片を取り出した。
そこにはこう書かれている。
"夜の王者! メラメラくん参号!"
"紳士諸君よ! あのメラメラくんが帰ってきた!"
"今度の暴君はすごいゾ! なんとあの幻の香草、轟々樹の百日干しをふんだんに使っているのだ!"
"即効性・持続力共に間違いなく歴代随一の効能と言えよう!"
"最近自信がなかった貴兄もこれさえあれば夜の貴族へ早変わり! 鎧袖一触とはこのことか!"
"さあ紳士諸君よ、今こそ立ち上がれ! 重装霊機兵と化した貴兄の▼▼▼▼で狙うはただ一つ! 憎いあん畜生の■■■■目掛け、●●●●! ●●●●! ●●ァァアアッ●●ッッ! 貴兄にゃ魚の血が騒ぐ――"
「うひゃあ⁉」
落雷のような速さで紙切れを閉じるパーシィ。まだ他にも色々とアレな謳い文句や細々とした但し書きがつらつらと並んでいたが、ここまで読めば十分だ。これ以上はお腹いっぱい。
要するにまあ。
媚薬である。
『びっび、びっび、媚薬だってぇ⁉』
『そーですよー? 実家を出る時、とーさまの箪笥から没収してきたんですー』
先のウィンサとのやり取りが思い起こされる。
『あの親爺、とーとーこんなものに頼りはじめたかと情けねー思いで一杯でしたが、まさかこんな形で役に立つとは思いもしなかったですー』
『いったいなんだってあんたの御父っつぁんはんなもん持ってんのさ⁉』
『えー、それをウィンサの口から言わせますー?』
『ちがうちがう! そうじゃなくって! 入手し辛い舶来品だろう、その手の物は⁉』
『そうですよー? あれ、言ってませんでしたっけー? ウィンサのとーさま、貿易商やってるってー』
『初めて知ったよ! 結構裕福な家とは聞いてたけど――』
『だからこーいうの、手に入れやすいんですよー。……ほら、ここ見て下さいー? ちゃーんとアネディオーシャ製。そんじょそこらの紛い物とは訳が違いますよー。はい、こっちが効能書ー』
『もあ、もああ……!』
『これさえあれば、いくらクリーヴさんとてイチコロですよー? つまりそう、来てない発情期なら、来させてやればよかったってことですねー。あは、ウィンサってば賢いー』
『もひゃあああああ……!』
『さ、パーシィ姐さん。では早速これを使った作戦を練りま――』
『もるるっふゃあああああああああああああああああああああ⁉』
そこで堪らず、パーシィは脱兎の如く逃げ出した。ただその際、ウィンサから渡された効能書だけはきちんと手放ず衣嚢に収めたあたり、この娘の強かさが垣間見える。
そして、今に至るのだ。
今。
仕事そっちのけで何度も効能書を開いては、悶えてニタつき頬を張り、の繰り返し。
ほとんど終わらない円舞曲状態である。
「駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ。いけないよ、パーシィ。こんなものに手を出したら――」
必死に己を諫めようとするパーシィ。
だが悲しいかな、欲望に引き摺られるは人の性。
彼女の本心は雄弁と述べていた。
『何が駄目なのさ! こんな好機、滅多にあるもんじゃないよ! いいから使っちゃいなよ!』
無理もない。何しろここのところずぅーっと頭を抱えていた究極の難問。その難問に、どんな形にせよ決着がつくかもしれないのだ。
――だが、
『待って!』
欲望に引き摺られるのが人の性なら……それに抗うのもまた人の性!
彼女の内々でもう一つの声が高らかに叫んだ!
『せっかくだし、薬の定期購入を考えましょう!』
「抗えよっ!」
自分で自分に突っ込むパーシィ……残念ながら、彼女の頭の中は煩悩塗れのようだ。
「あー、こんなとこにいたんですねー?」
「ひえっ」
そこにウィンサがやってきた。
「もー、探しましたよパーシィ姐さんー。大丈夫ですー、安心して下さいー。もう、手筈はばっちり整いましたからー」
「て、手筈って……なんのことだい」
「今日の夜、クリーヴさんと二人きりになれるよう手配しておきましたー」
「はあ⁉」
「パーシィ姐さんが、この間の御礼に手料理を振る舞うって話になってますー」
「あんた何勝手なことを――」
ダン! パーシィの抗議は遮られた。
見ればウィンサは両手に酒の這入った二つの徳利を握り、それを机の上に勢いよく置いたのである。
「さあ、パーシィ姐さんー………………お覚悟を」
二つの徳利から、禍々しく重苦しい空気が放たれていた――。




