人騒がせな空騒ぎ! 03
本日の昼餉もまっこと美味であった――。
近しい者が見れば顔中にそう書いてあるのが薄っすらと見えかねぬほど、クリーヴはホクホクとした表情を浮かべていた。
ただし今、彼が余韻に浸る地は食堂ではない。
自室でもない、講堂でもない。
無数に本棚が立ち並ぶ一画だ。
『あ、クリーヴ。そっちではない。その右じゃ』
「……これか?」
『それじゃそれ』
「イージゴ・ラクンドゥ著、"俺様探偵コキィ 第二六巻 ~俺様対貴様の果てにあるもの~"、か……よくわからん題名だな。俺様なのか貴様なのか」
『うっさい。人の趣味に口出しするでないわ』
「む。俺は口出ししたつもりはないぞ。気にせず、好きなものを選んでくれ」
『言われんでもそーするわいっ』
とまあ、そんな感じで。
昼食後、クリーヴはサフィアの要求で図書塔にまで足を運んでいた。
当初はある目的のために雑多な専門書を借り出し、脇目も振らず読み漁っていたサフィアだったが、最近ではそれも一段落し、純粋に趣味として自分の読みたい本を選んでいる。
で。
ここのところハマってるのがこれ、"俺様探偵コキィ" だった。所謂続き物の探偵小説で、熱狂的支持者たち曰く、その最大の魅力は "きわどさ" にあるとか。
――心底どうでもよい話である。
『よし、そこまででいいわい。借り出しを頼む』
「わかった。ではそうしよう……む?」
早速本を借りるため、クリーヴは受付台に歩を進めるも……担当者が見当たらない。
いつもなら休日とはいえ、司書かその助手がいるのだが――
「いい⁉ 見てなさいよエファット!」
外から甲高い声が聞こえてきた。この図書塔の周囲は "思念の庭" という庭園になっており、そこからのようである。
受付台の横に庭へと繋がる扉があったので、クリーヴは外へ出た。
そこには。
意気揚々と何事かの準備に取り掛かるジイールと、それに付き合わされげんなりした様子のエファットがいた。
「今度のはすごいんだから!」
「わかったから早く始めてくれ、ジイール……」
『あれは……検出器かのう? 影孔整流機の』
赤虎目石の魂石に潜むサフィアがクリーヴだけに聞こえる声で呟く。
「む。検出器? とはなんのことだ」
『阿呆。どーしておぬしの参考書に書かれとることをおぬしが知らん』
「むぅ……それを言われると辛い」
『仕方ないのう……よいか? そもそもは――』
影孔とは霊術を発動させた際に消費した霊子の残留分であり、その蓄積は人を除くすべての生物を汚染し魔物化する。
都市部などの人口が多い、すなわち多量の影孔が排出される地域では、その処理が運営上の骨子に据えられ、それに応えるのが影孔整流機だ。
影孔を "整流" するとは、今から約半世紀前のユリア歴一〇八〇年に "月の叡智の一族" リリアン・ルーナヴィスタにより提唱された概念である。具体的には、夜間に影孔が一時的に上空へ浮上する性質を利用し、そこを緑・黄の複合属性霊術で特定方向に吹き飛ばす処置を指す。これにより影孔の蓄積を未然に防ぐことができ、魔物の発生を抑制できるのだ。
この影孔整流、当初こそ人員を集め各々の霊術で対応してたものの、有効・有益性が認められるや否や、霊石を用いた装置が雨後の筍の如く開発される。霊石は高密度な霊子の結晶であるため、より少ない人員で効果の高い整流が期待できるからだ。
そのような装置を指して、"影孔整流機" と呼ぶのである。
影孔整流機は魔物の抑制という人々の命・生活に直結する技術が故に、今日でも様々な観点から活発な更新が続き、ユリア歴一一二八年の現時点では概ね複数の機器を組み合わせた型が主流だ。
ジイールの取り出した "検出器" とはそうした機器の一つで、名が示す通り、夜間に浮上した影孔の検出を目的とする。これにより従来は一晩中稼働させていた整流機を、影孔の浮上期間のみの運用に切り替えることができ、霊石の大幅な節約に繋がった。
ただし、検出器に限らずファンタズマブルの技術関連全般で言えることだが、そのような装置・機器はすべて黄属性を主とした個人水準の霊術で作られる(霊石は大規模な生成・錬成には向くものの、複雑な機構には適さぬためだ)。そして、そういった個人の霊術は体術や芸術と同様、ある程度までは体系的に座学や実習で均一的に習得できるものの、最後は各自の感覚がものを言う領域である。結果として、大量生産が効かない、精度や耐久性にばらつきがでる、職人が変われば同じ物は作成不可能など、様々な問題が頻出する。
だがこのような個人依存の強さは、秀でた能力を持つ者が世に出やすいというある種の機動性にも繋がり、エファットやジイールのような学生が卒業と同時に工房を開き、あっという間に当該分野の勢力図を塗り替える、といった話も珍しくはないのが昨今の情勢だ。
「ね? 見たでしょ、エファット。今までの検出器だと、どうしても影孔の属性、正しく言うならその影孔が何属性の霊術で生じたかに依存してて、それぞれ用意しないと駄目だった。赤なら赤、青なら青の検出器って感じにね……だからその分、費用も掛かってたし、装置の小型化の妨げにもなってた。それであたしは今回、そこに注目したの」
「……赤、青、緑、黄、白、黒の全属性を一つの検出器で賄おうってことだね」
「その通り! どう、すごいでしょ⁉」
「……ああ、確かにすごいね。それができれば、この分野の潮流が一気に変わると思うよ」
「でしょう⁉ ふふん、これなら明日はあたしの勝ちで間違いなしね! 絶対あんたを跪かせてやるんだから! 泣きべそかかせてやるんだから! 服従させてやるんだから!」
……このジイールという女子、何だか随分とアレな感じである。
だがそういった言動には慣れているのか、エファットはまともに取り合わず、彼女の検出器をしげしげと観察した。
「……ジイール。きみの検出器、ちょっと試していいかい?」
「このすごさを自分の手で確かめてみたいってことね? いいわよ、好きにして!」
言ってジイールはエファットに透明性の高い結晶を手渡した。
霊石である。ただし非常に小さい、小指の爪ほどもない大きさだ。この霊石を使用した際に生じる影孔で、検出を試験するのである。
エファットが検出器の直下に霊石を置き、その表面をなぞると、黄・緑と続けざまに光り、最後に一際強く赤色に発光すると、あっという間に結晶が炎に包まれた。
「ほら、どう? ちゃんと検出できてるでしょう! しかも影孔の主たる成分が赤属性起源だということまでわかるのよ⁉」
「なるほど、ね……。ジイール、あと二個……いや、三個かな? 追加で霊石を貰っていいかい」
「? べつにいいけど……」
エファットは同じ手順を繰り返す。霊石を置き、発火。その影孔を検出。
「ねえ、なんで同じ試験しかしないの? せっかくなんだから他の属性も試せばいいじゃない」
「……見てればわかるよ」
二回目、三回目と焼き直しの如く同様の結果が続く。
だが四回目、最後の霊石を使用する段になって異変が起きた。
影孔が検出されない。
「え、え⁉ なんで⁉ なんでなの⁉ 何をしたのよエファット!」
「……見ての通り、赤属性を集中的に試験しただけさ」
「それだけでこんなこと、なるはずがないじゃない!」
「なるんだよ。つまり今のきみの検出器は、赤属性に対して耐久力が低いんだ」
「そんな――そんなことが……!」
「多分だけど、夜結草あたりを錬成の触媒に使ってないかい?」
「……使ってる」
「じゃあそれが原因だね。夜結草はすり潰すと影孔によく反応することが知られてるけど、何故か赤属性起源の影孔と反応すると発熱性を持つんだ。一一二一年のポゥプト・ダフィンの論文で報告されてるよ。今回はその熱が原因で問題が起きてるんだと思う」
「~~っ!」
ジイールは悔しそうに歯噛みした。尋常な様子ではなく、まるで今にもこの場でエファットに掴み掛からんばかりである。
エファットは両手を "ぱー" にして――まるで禍々しき気を封じる神官のような所作をして、おそるおそる彼女の顔色を窺った。
「……ジ、ジイール? じゃあ、もうこれでいいかな……? この後も仕事の続きがあるし、それに僕も明日に向けて色々と――」
「エファットだけ!」
「へ?」
「エファットだけ私の作品を見ておいて不公平だわ!」
「ちょ、ちょっと待ってよジイール⁉ 見ておいても何も、きみから勝手にしだしたことで――」
「いいから! 今度はあんたのを見せなさいよ!」
「そんなの嫌に決まってるだろ⁉」
「どうして⁉ 自分はこっちの作品を見たくせに!」
「い――」
「ずるい! ずるいずるいずるいーっ! いいから四の五の言わずに――」
「 い い 加 減 に し て く れ っ ! 」
エファットが。
声を張り上げた。
傍目には優男にしか見えぬ彼の豹変に、ジイールは目を見開き言葉を呑む。
二人の間に重い沈黙が降りた。
……ややあって、我に返ったエファットが取り繕うように言う。
「大声出してごめんよ、ジイール……でも僕だって――」
「……んだから」
「え?」
「絶対、明日は負けないんだから……! あんたなんかに、絶対負けないんだからっ。見てなさいよ……っ!」
ジイールは鬼気迫る剣幕でそう言い残し、去っていった。
その場に残され俯くエファット。
言いようのないほど気まずい雰囲気である。
だが――
「エファット先輩……」
「ク、クリーヴ? 見てたのかい……⁉」
「本を借りたいのですが」
――流石はクリーヴ・エインシェドラグ。
そんな重い空気など、毛ほども読めていなかった。
「はは、みっともないとこ見られちゃったね……」
図書塔から出てすぐの庭園、"思念の庭"。
そこに設けられた長椅子に二人は腰を下ろしていた。
ちょっと、愚痴をきいてくれないかなぁ――あの後、目当ての本を借りたクリーヴにエファットがそう持ち掛けたのである。
「あ、それと貸し出しを待たせちゃってごめんよ。本当は司書の先生がいるはずだったんだけど、偶々席を外しちゃってたみたいでね」
「気にしないで下さい。こうして無事に借りることはできましたので」
「そう言ってくれると気が楽だよ……はは」
エファットはから笑いを浮かべ、空を仰ぐ。
今日は雲一つない晴天だ。
彼はそれを覆い隠すように手をかざした。
眩しいのだろうか?
いや違う。エファットの目が捉えるのは、己の纏う制服の袖口だった。
「入学した時はピカピカだったこの制服も、今じゃすっかりクタクタだ……そのせいで時々、貴族連中にからかわれてね」
「そうなのですか」
「そうなのですよ……新しい制服を買うお金なんて、僕にはないからね……」
「先輩はいくつか仕事を掛け持ちされていたはずですが、それでも余裕がないのですか?」
「うん。ウチの家さ、なんていうか……貧乏なんだ。僕が稼いだお金もほとんど仕送りに回さなきゃならないほどね」
「そうだったんですか」
「両親がさあ、計画なしにポコポコ子供を作るもんでね……僕、弟と妹合わせて下に十一人もいるんだぜ?」
「十一人。それは……すごいですね。俺には兄弟がいないので、ますます想像が尽きません」
「そっか、確かに龍人種って滅多に子供を作らないっていうもんね……まあそんなこんなでさ、あくせく働いてはいるものの首が回らないってのが今の生活な訳。……でも……だからこそ、さ。明日の "品評会" は僕にとって意味深長なんだよ」
「品評会……とはなんのことですか?」
「あれ、知らないかい? 主に応用霊術科の学生を対象に、分野ごとにそれぞれが作った作品を競うんだよ。優秀作品は中央塔の一階に飾られたりなんてしてさ」
「そういえば、そういった展示を見かけたかもしれません」
「品評会は年に何度かあるんだけど、今回のは特別でさ……職人連盟と共催でやるんだよ。何年かに一回、そういうのがあるんだ。で、そこでいい結果を出したり、連盟側の覚えが良かったりなんかすると、色々と人脈ができて、場合によっては卒業後、工房を開く時に援助なんかもしてくれる」
「またとない機会ではありませんか」
「そうだよー? まさしくその通りさ。だから僕も前々から入念に準備はしてきた……ここでうまくやって、いずれは両親や下の子たちに楽させてあげたい、って思ってね。でも――」
「でも?」
「それは僕だけじゃない。他の皆だって一緒なんだ。必死になって、いい結果を出そうとしている。あの子も……ジイールだって、きっとそうなんだよ」
「あの女子もその品評会に参加するのですか?」
「うん。参加学年に制限はないからね……彼女はすごいよ、筋がいい」
「そんなに凄いのですか。門外漢の俺にはよくわかりませんでしたが」
「ほとんど天才的、って言ってもいいくらいさ。まだ二年生で基礎科目の履修すら一通り済んでないはずなのに……大したもんだよ」
「それにしてもあの女、どうして先輩にあれほど食って掛かっていたのですか? 同郷というだけでは説明できぬ異様な剣幕でしたが……」
「う、うん、それね……。いやー、実は僕もよくわかんなくてさ、去年入学して、少し顔合わせてる内に、気づいたらああだったんだよ」
「むぅ……摩訶不思議です」
「もしかしたら、これまでの品評会で何か顰蹙を買っちゃたのかなあ……」
「というと?」
「自慢になっちゃうんだけど、僕、去年は結構すごくてね。今までの苦労が実ったのか、品評会で立て続けに最優秀賞とかとっちゃってたの」
「すごいではありませんか」
「はは、ありがとう。でも、その品評会には途中から彼女も参加してたから、まあ、その……露骨な言い方をすると、そうして優劣をつけられたことで、悔しい、負けたくない、って気持ちに移ってったんじゃないかなあ……?」
「なるほど……納得です」
「ただ、あの子の家はウチと違って平民といえども裕福なんだから、そんなに必死になることもないんじゃないかなあ、って思うんだけどね……」
「己の力を示したい。その上で正々堂々先輩と勝負して上回りたい……そういうことではありませんか?」
「そうかもねえ、たしかにそれが的を射てるのかもしれないねえ……。………。……さて、と。しょーもない愚痴を聞いてくれてありがと、クリーヴ。そろそろ休憩時間も終わりだし、仕事に戻るよ」
「はい先輩、明日のご健闘を祈ります」
「……はは、せいぜい頑張るよ」
言ってエファットは長椅子から立ち上がり、図書塔へ向かった。
どこか思い詰めたような、不穏な影を背負って――。




