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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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人騒がせな空騒ぎ! 02

 サクッ――小気味いい歯触り。

 

 予感はあった、箸をつけたその時から。

 

 少し力を込めただけであたかも春の夜の夢の如くホロホロと崩れ落ちる儚き(ころも)……。

 

 そこに包まれるは萌黄(もえぎ)鮮やかな(たら)の芽だ。その葉肉を噛み締めた途端、油を吸った衣の甘味を背景に、ホロ苦い春の香りと滋味(エキス)が染み出てくる……。

 

 嗚呼、これぞまさに至福の一時(ひととき)――。

 

『昨晩あんだけ苦しんどったのに、よくもまぁ朝からそんな油っぽいもの食せる……』

 

 サフィアが溜息交じりに呟いた。だが、その姿は食堂のどこにも見当たらない。

 

 それもそのはず。彼女は言うなれば(かそ)けき霊の如き存在である。

 

 肉の実体を持たずして、普段はクリーヴの帯刀する無骨な刺突剣(レイピア)、その柄に埋め込まれた赤虎目石レッド・タイガーズ・アイの魂石に潜んでいる。

 

 クリーヴ以外に誰もいない時や、用のある時だけ、昨晩のように仮初(かりそめ)の身体で顕現するのだ。

 

 なのでひとたびサフィアがこうして魂石に身を隠すと、姿はおろか声でさえ余人に届くことはない。

 

 ただ一人、彼女が同化した魂石の持ち主であるクリーヴを除いて――。

 

「………。………………。………………………。」

 

 だが、そのクリーヴにしてもなんだか様子が変だった。まるで何も聞こえてないような(ふう)である。

 

 (おご)かに目を瞑り、神事の如く敬虔(けいけん)に箸を動かす。例えこれが最後の晩餐とて、こうまで味わい食するのは難しいだろう。

 

 包丁人の冥利に尽きる光景だった。

 

『くぅ……! いつものこととはゆえ、こやつときたら……こやつときたら!』

 

 わかっている。サフィアとて、わかっている。

 

 これがクリーヴの(さが)なのだと。頭の螺子(ねじ)が一本か二本抜け落ちているに違いないこの龍人種の "哲学" なのだと――。

 

 このクリーヴ、"幸せ" に極めて強く固執した人生観を抱いている。

 

 そして今のところ、彼にとって食事は "幸せ" に漸近(ぜんきん)する神聖な行為なのだ。

 

 だから毎度毎度、異様とも言える集中力で真摯に食と向き合うし、その間は誰に話し掛けられてもろくすっぽ応えない、という訳だった。

 

『くぅぅぅ……! この小童(こわっぱ)め、いったいどうしてくれようかっ』

 

 しかし、そうとわかってはいても腹が立つものは腹が立つ。

 

 サフィアにしてみればどうしても、相手が一方的にピシャリと戸を閉じ、伝達(コミュニケイション)を断絶してきた印象を持たざるを得ない。

 

 もう少し、自分を大事にしてくれてもよいのではなかろうか……?

 

 もっと言ってしまえば、拝んで崇めて奉るとかしてくれてもよいのでなかろうか……⁉

 

 決して口には出さぬものの、こういう時、つい調子に乗ってそんなことまで思ってしまうサフィアであった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ようやくクリーヴが薄っすらと目を開けた。

 

 一見わかり辛いが、赤い瞳にはほんのりと恍惚の微熱が浮かんでいる。

 

 ちなみに、いつもなら一緒に食卓を囲む長耳の友人の姿はない。今日は第六日、二連休の後半だ。おそらく前日の逢引(デート)が上手くいき、王都の宿にでもしけ込んだのだろう。

 

『……おいっ』

 

「む。どうしたのだ。そんな剣呑な声音をして」

 

『どうしたじゃと⁉ まったく、おぬしときたら……おぬしときたら!』

 

「むぅ?」

 

 怪訝そうに首を捻るクリーヴ。そこには罪悪感や後ろめたさは微塵もない。

 

 ……なんだかまるで、人界とは規則を異にする野生動物でも相手取ったかのようだった。

 

『……はぁ、もおよいわい。にわかに阿呆らしくなってきた』

 

「そうなのか」

 

『そうなのじゃ……おい、それよりもう腹の具合はよいのか。随分と食べとったようじゃが平気か』

 

「問題ない。やはり俺の腹は丈夫にできている」

 

『昨晩あれだけのたうち回っていてよくゆーわい』

 

「むぅ……だから不思議なのだ。昨日のあれはいったい――」

 

 と、クリーヴが言いかけたところで。

 

 ふと誰かがやってきた。

 

「やあ、おはようクリーヴ」

 

「エファット先輩。おはようございます」

 

「ここ、座ってもいいかな?」

 

「勿論です」

 

「じゃ、お言葉に甘えてっと」

 

 言ってクリーヴの対面に腰掛けたのは、黒皮の詰襟に身を包んだ銀縁(ぎんぶち)眼鏡の男子生徒である。首元には今年度の最終学年生を示す黄色の襟章をつけていた。

 

 彼の名はエファット・チプモーク。クリーヴより二つ上の獣人種縞栗鼠(しまりす)族の者だ。

 

「やや、今日は楤の芽の天婦羅(てんぷら)か。いいねぇ、春らしくて」

 

「ええ先輩。まさに絶品というより他にありません。とても美味しかったです」

 

「ふふ。君が言うと、なんだか余計に美味しそうに聞こえるね。早く給仕の子が来てくれないかなぁ……」

 

「ところで先輩。そうして制服を着ているということは、今日も図書塔で働かれるのですか?」

 

「うん。貧乏ヒマなし、さ。こればかりは影孔整流(リリアニゼ)専攻で奨学生になった以上、どうしようもないからねえ」

 

 エファットはクリーヴ同様に平民かつ奨学生である。所属は応用霊術科の影孔整流専攻だ。

 

 ただし、同じ奨学生といえども、二人の間には結構な経済的違いがある。

 

 具体的には各々の片手間仕事(アルバイト)で得られる収入に大きな開きがあるのだ。

 

 霊機兵科の使役専攻に所属するクリーヴは、学院から配給された霊機兵を用い、所謂 "魔物狩り" で稼ぐことができる。現代戦の(かなめ)たる霊機兵は様々な魔物の死肉から構成されるため、昨今のファンタズマブルでは魔物の死骸に強力な需要が生じているのだ。

 

 魔物に返り討ちにされる恐れ(リスク)や、売却には学内の部署を通さねばならぬ等の制約はあるものの、それでも大物を仕留めた際などはかなりの銭で懐が暖まる。

 

 だがこれは霊機兵の運用を前提とした極めて特殊な例であり、その前提を満たせぬエファットのような一般学生は、金が欲しければ学内業務の手伝いや王都での短期労働など、ごく普通の手段でコツコツ稼ぐしかないのだ。

 

 実際エファットも入学当初より図書塔で司書の助手を務めており、()()()()()で最近足繁く図書塔通いをするようになったクリーヴとはそれがきっかけで知り合った。

 

「しっかし、クリーヴの本の好みは変わってるよねえ……いきなり先生方でも難しい専門書をばっさばっさと借りてったと思ったら、その次は導約創世記。で、このまま神学関係にいくのかなーと思ったら、急に方向転換して今度は娯楽小説だもんなあ……それもちょっときわどい感じの探偵もの。きみ、ああいうのが好きなのかい?」

 

「む。それには少し……特殊な事情がありまして。言うなればまあ、()()()()()()()()に食事を提供しているようなものなのです」

 

 がたん! 突如、クリーヴの刺突剣が柄で勢いよく食卓(テーブル)の裏を叩いた。

 

「え? なに今の? なんか今、魂具が動いたような――」

 

「……持病の発作です。どうか気にしないで下さい」

 

「う、うん。ならいいけど……」

 

 なんとなく気まずい空気が漂ったが、そこは包容力に定評のあるエファット、コホンと一つ咳払いを挟んで話題を変えた。

 

「ところでさクリーヴ、昨日は大丈夫だったかい? 夜中に何度も(かわや)に行ってたけど……」

 

「大丈夫です。この通り、もう完全に回復しました」

 

「よかった、安心したよ……」

 

「それにしても、何故エファット先輩がそのことを知っておられるのですか? 昨晩お会いした記憶はないのですが……」

 

「ん? ああ、実は僕の部屋って厠に向かう方の通路沿いにあってさ、夜中に何度も行き来してる子がいるなぁと思って扉の覗き穴で見たら、クリーヴだったんだよ。……すごく辛そうだったね。顔は真っ青で脂汗がダラダラで……」

 

「あれはまさに死闘でした……」

 

「………。クリーヴ、そのことなんだけどさ――」

 

 と、彼が何事か言おうとしたその時である。

 

「エファット、ここにいたのね!」

 

 荒い語気で少女が一人、詰め寄ってきた。

 

 随分と気の強そうな女子である。独特の縦縞が走るフサフサとした太く長く立派な尻尾から、エファット同様に縞栗鼠族の者と知れた。

 

「ジ、ジイール? やあ、おはよう。どうしたんだい、こんな朝っぱらから……」

 

「朝でも昼でも夜でも関係ないわっ。あたしがエファットに用があるのが重要なの!」

 

 ジイールの名と(おぼ)しき女子は鼻息荒く、ピシィッとエファットに指を突き出した。

 

「今日の午後、時間を空けておきなさい!」

 

「い、いや、僕は今日、図書塔で仕事が……」

 

「なら正午の休憩時間! それでいいでしょ⁉ イヤとは言わせないわっ」

 

「でも、今はお互い大事な時期だろ? そんなこと急に言われても――」

 

「いいからっ!」

 

「……はぁ。わかったよ。言う通りにする……」

 

「素直で結構! じゃあまた後でねっ」

 

 それだけ言うと、ジイールは振り向きもせず速足でスタスタと(きびす)を返していった。

 

 ……なんだか嵐が過ぎ去ったかの如しである。

 

「なんですかエファット先輩、あの女は……? 首巻きの色を見るに、俺と同学年のようですが」

 

「ああごめんよ、クリーヴ。話を(さえぎ)られちゃって……あの子はジイール。ジイール・チプモーク。僕と同じ影孔整流専攻の子さ」

 

 チプモーク。それはエファットと同じ姓であるが、二人に血の繋がりはない。

 

 ファンタズマブルでは族名が姓と結びつく場合が多く、同じ人種族なら同姓はざらである。

 

 ただしこれは、異なる人種族間で子供が生まれる際、少々厄介なことになる。例えば獣人種の夫と鳥人種の妻が子を授かった場合、獣と鳥の混合(ハイブリッド)した稚児(ややこ)が産まれるかというと……()()()()()()

 

 肉体的特徴に関しては、母方からの優性遺伝で一意に定まるのだ。つまり、先の例なら必ず鳥人種の子供が生まれる。一方で父方からは魂石に関する情報が優性遺伝となり、子は父と同じ系統の魂石を発現するのだ。ファンタズマブルでは夫婦同姓かつ夫の側で揃えるのが多いことから、"母からは血と肉を、父からは名と魂を受け継ぐ" と一般には言われている。

 

 (ゆえ)に、異人種間婚姻者を先祖に持つ家系では必ずしも族名と姓は一致せず、その他にも貴族に叙された際に改姓や新たな族名を授かる場合があるので、一概に両者は結びつかないのだ。

 

「もしかして、彼女はエファット先輩と同郷ですか?」

 

「実はそうなんだ。一応、幼馴染ってヤツでね……昔はあんな居丈高(いたけだが)にモノを言う子じゃなかったんだけどなあ……」

 

「そうなのですか」

 

「そうなのですよ……はぁ、まいったなあ、まったく……」

 

 エファットは深い溜息を一つ吐いて何度か首を横に揺すると、やがておもむろに立ち上がった。

 

「なんだか食欲までなくなっちゃったよ……幸い配膳はまだだしし、このまま仕事に行くね」

 

「ええ。お仕事頑張って下さい」

 

「うん……それじゃね、クリーヴ」

 

 エファットはどんよりとした曇り空の下を歩くように、トボトボと去っていった。

 

 直後、クリーヴの思考にサフィアの声が響く。

 

『なんじゃか色々と苦労してそうな小童(こわっぱ)よの……』

 

「むぅ。そうかもしれんな……それに先輩は図書塔の手伝いだけでなく、他にも色々と掛け持ちしていると聞く。体調を崩されないかが心配だ」

 

『苦学生というヤツか。大変よのう………………それはそうとクリーヴ?』

 

「む。どうした」

 

『だーれが本の虫じゃと? だーれが食欲旺盛じゃと? ゆーてみい、おおん?』

 

 おおん?

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