結晶少女 60
時間制限がある。オニクスの指摘は、正鵠を射ていた。
真の契約を果たした際、クリーヴは結晶少女からこう聞いている。
『これで蒼気への変換効率はほぼ完全に等しい。出力は比べ物にならぬほど上がるじゃろうて……じゃがこの状態、長くは続かん。こうして立っているだけで霊子を甚く消耗する。持って四半刻……いや、その半分か最悪四半分にすら届かんかもしれん……』
クリーヴはオニクスの言葉に何も答えなかった。敵に情報を与える意味がないからである。
だが彼の沈黙を肯定と捉え、オニクスは己の洞察に確信を得た。ゲラゲラと腹を抱え嗤いだす。
傍目には隙だらけだ。しかし油断ならない。こうして相手の攻撃を誘い、そこに極めて冷静で秩序だった一撃を見舞うのがこの男のやり口とクリーヴは学習していた。
水と油、論理と感情、真実と欺瞞。本来は両立しないものを極めて高い次元で併せ持つ。だからこそ、一筋縄ではいかない。それがこうして刃を交え、クリーヴがオニクスに抱いた印象だった。
「あっれれ~、それっていったいどういうことお~? オニクスしぇんしぇえ~」
おぞましい光景が繰り広げられる。先に自ら引き千切った左腕。断面からうぞうぞと肉が蠢き、復元される。
復元。いや違う。手首から先が違う。そこあるのは手ではない。
顔だ。オニクスの人としての元の顔。魔人と化し狼のように突き出た顎ではない。
正真正銘、人の顔。人面。
醜悪におどけた声を出すのはその人面だった。
「わからないよぉ~。おせ~ておせ~て、オニクスしぇんしぇえ~」
「ん、んー。いいかいオニクスくぅん。つまりはこういうことさぁ。あのクリーヴは、ああして化物の力を発揮してるだろう? けれど、それはすべて制限つき! 維持するのにはたぁああくさんの霊子、つまり霊石が必要ってことなんだあ! だからアイツはああして、回収しにいったのさあ!」
「へ~えええ~! さっすがオニクスしぇんしぇえ~! ……なら、打つ手は一つだね!」
「その通りだともオニクスくぅぅうっふうううん!」
オニクスが動く。その前にクリーヴは騎槍を薙ぎ払い、再度、龍の息吹の如く蒼気を飛ばした。
だが届かない。
オニクスは獣の四肢で大地を駆け、一目散に後退していた。
「クククハハハハッ! 掴まえてくれよぉお! どおこまでも待ってるからさぁああああ⁉」
『行かせてはならん!』
結晶少女が緊迫した声を出す。<白鋼>は既に駆け出していた。
今のこの状況。時間稼ぎをされるのが一番まずい。
こうする間にも見る見る霊子が失われる。先ほど新たに霊石を補充したのでまだしばらくは持つが、それ以上はない。オニクスはそこまで見通し霊石を破壊したのだ。
「なぁああんてね! う・そ・だ・よぉおおおん!」
「っ⁉」
突如、オニクスが反転。振り向きざまに一撃、見舞ってきた。
回避が間に合わない。クリーヴは左肩を犠牲に横へ跳んだ。
「ぶぅああああああか! こぉおおんな楽しいこと、やめられるわけねぇええだろぉおお⁉」
騎槍に蒼気を纏わせ、突く。駄目だ。受け止められる。
オニクスは左腕の人面に大口を開けさせ、そこから刃の如く影術を展開していた。
「濃いだろ~? お前の真似っ子さあ! 影術を集中させた! これなら互角みてええだなぁああ⁉」
蒼き騎槍と黒き刃が火花を散らさんばかりに何度もぶつかる。
互いに決め手に欠けた。故に決着がつかない。
クリーヴの騎槍がオニクスの胸を貫かんとする。
逸らされた。オニクスは躊躇なく右腕を切り捨てる。
『いかん、離れよクリーヴ! また飛び散るぞ!』
再び距離を取った。結晶少女の指摘通り右腕は破裂し、辺りをじゅうじゅうと溶かす。
オニクスも例外ではなかった。彼は己の体液を浴び、皮膚と肉を焦がす。
それでも。
オニクスはただただ愉悦に浸り、ニタニタと笑みを零すだけだった。
「ああ~たのしい。たのっちいなぁあああ? ええ、どうだい?」
クリーヴは応えない。オニクスは一人で喋り続けた。
「俺は知ってるぜえ? いやあ、わかるんだぁ! お前は俺と同類だよぉお!」
「そうか。俺はそうは思わん」
クリーヴに、<白鋼>に変化が。手にした騎槍の弾倉が高速で回転する。
残りの装填霊石をすべて蒼気に変換。次で勝負を決める。
そのための時間が欲しく、クリーヴは敢えてオニクスの話に応じた。
「またまた御冗談をおおお⁉ だってお前、人殺しだろおおお⁉」
「………。……そうだな。確かに俺は人殺しだ。数え切れないほど、人を殺した」
「俺もそうさ! それが好きで堪らない! ああ、三度の飯より、●●●●より、それが好きなのさあああ!」
「俺は好きではない。だから同じではない」
「嘘つけ。この間の模擬戦。あれでわかったよ。いやぁ極まってたな実際。見事なもんだ。人は好きじゃなきゃ、ああなんねえ……お前、さ。あれだろぅ? てめえが納得さえすれば、誰だって殺せるだろぅ? それこそ、さっき逃がした兎のガキたちだろうが、誰だろうがさぁあああ⁉」
「……確かに、な」
『何を――⁉』
少年の不穏な発言に結晶少女は驚きを隠し切れない。
クリーヴは淡々と続けた。
「確かにそうだ。俺はきっと、納得さえいくなら、そこに意味を見出せるなら、そうできるだろう。誰が相手でも、殺せる……そうだ。いつからかは覚えていない。気づけば俺はそうだった」
「だあろおおお⁉ そうだと思ったよ! わかりゅんだ! 人殺しには人殺しの気持ちがさあ! 俺もお前くらいの頃にはよぉ――」
「最後まで聞け。だが俺には彼らを殺すのに納得する理由がない。意味など見出せるはずがない。彼らは俺の……友なのだから」
「おいおいおいおいおいおいおい。なんだお前? それだけの技術を持っていて、まだそんなとこにいるのか? 馬鹿だねぇええ⁉ お前がいるのはこっちだろう! こっちにしかいられねええんだ! 俺らみてえのはなああ!」
「知るか。勝手に巻き込むな。貴様一人でそこにいろ」
「なあ、よーく考えてみろよ。いや違うな、思い出してもみろぉ? 友情、愛、正義ぃ? そういうさ、恥ずかしくて反吐が出る言葉は全部、真っ赤な嘘。嘘を糞で塗り固めて、最後にちょっとだけ粉砂糖をまぶしたろくでもねえもんじゃねえか! そんなものはどこにもなかっただろう⁉ あの戦争で、そんなのが欠片でも存在したか⁉ 幻想なんだよ、ああいうのはさあああ!」
「あるかないかは問題ではない。大事なのは信じるか否か、それだけだ。それが俺の生き様を決める」
「クク、ククク、クククグワァハッハッハ! なんだそりゃあ⁉ じゃあああてめえはあれか⁉ 例えそれが嘘でも、本当はそこに何もなかろうと、それでも構わず信じ続けられるってええのかあ⁉ ええ⁉」
「そうだ。俺は "幸せ" を信じる。そうなるために友を信じる。俺にそうせよと言った恩人を信じる」
「イカレてる! イッカレてるよぉ、お前ぇえええ⁉ 親父殿に負けずとも劣らなぁああいっ! いやさ、それ以上さ! クククハハハハハッ! さ、最高だ! 最高に●●●●してえ!」
「俺から見れば貴様はただの負け犬だ。信じることに背を向け、己の戦いから逃げ出した、な」
「……よし決めた! お前を殺した後、引っ張り出して▲▲▲▲▲▲▲を●●●●してやる! こんな身体に変えられて以来、ろくに使い物にならねえ▼▼▼▼だが、ああ、何がなんでもそうしてやる! その後、お前のお友達とやらも全員同じ目に遭わせてやるよぉおおお! よかったなあああ⁉ みいいんな一緒でさぞ幸せだろおおぅ⁉」
「そんなことはさせん」
両者同時に動き出した。速い。まるで光と闇が螺旋を描くが如し。
クリーヴは騎槍にまずは最低限の蒼気だけを纏わせた。
最後の一撃で全てを解き放つ。そう狙ってのことである。
現状、それ以外にオニクスの再生力を上回る策がなかった。
「ククグハハハハ! いいね、いいねいいねいいね! もぉぉおおおっと楽しくしてくれよぉおおおお!」
騎槍がオニクスの左腕、人面を貫く。それでも彼は愉悦の声を隠そうともしない。
「やっぱり俺は人さ! 人なんだよぉおお! だからこそ、人で遊ぶのがこうも楽しいんだあああ!」
このままでは埒が明かない。クリーヴは一瞬の内に決断し、騎槍を薙ぎ払った。放たれる蒼の龍の息吹。オニクスは影術を展開し、直撃を避ける。
再度騎槍に意識を集中、蒼気を纏わせる……ふりをした。
騎槍は変わらない。<白鋼>は一度だけそちらを見遣り、後ろへ跳躍。
陽動である。こちらの蒼気が尽きたと思わせるための。
「そぉおおこだああああああ!」
そこへオニクスが喰いついた! 勝機!
<白鋼>は蒼気を騎槍に纏わせ、不意を突く!
騎槍は寸分の狂いなく、オニクスの獣の頭部を捉え、破壊した!
だが……、
「クックック、陽動だろぉお⁉ 知ってたよぉおお!」
声が。オニクスの嗄れ声が止まらない。どこだ?
胸――胸である。
獣の四肢、人の上半身……その中央の肉が開き、中からオニクスの顔が現れた。
額には赤と橙が絡みつくように交じり合った紅玉髄の魂石。
そこを中心に、歪な黒い縞模様が渦巻いていた。
「これが俺の本体さあぁあ! かぁああっくいいいいどぅあろおおお⁉ そぉおおおおれ!」
破壊された頭部が再生。同時に騎槍を破壊する。
「いっっっくぜえぇえええええええええ!」
オニクスの魂石から夜を凝縮させたような極めて濃く膨大な影術が放たれ、<白鋼>を包み込まんとする。
『クリーヴッ!』
だが彼とて無策ではない。手持ちの全霊石を変換し蓄えた蒼気。それを右の掌からすべて放つ。
影術と蒼気が真っ向からぶつかった。
両者は放出に全精力を注ぎ、その場を動けない。
こうなれば四つに組んだ相撲と同じ。どちらが押し切るか。それで全てが決する。
「クククハハハハ! どぅおおおしたんだよなああ、おいいいい⁉ あんだけ啖呵を切ってたわりに、ずぅういぶん旗色が悪いじゃねええええかああ⁉」
オニクスの読みは正しかった。徐々にだが、蒼が黒に押しやられ、<白鋼>がじわじわと後ろに下がる。
『クリーヴ! なんとかこの場を離れられんか⁉ 今計算してみたが、駄目じゃ! 僅かじゃが、ほんの僅かじゃが、蒼気が足りん! このままでは押し切られる!』
「駄目だ。抜けられる状況ではない。それにこの場を離れたところで蒼気が尽きる。そうなっては打つ手がない」
『しかし……!』
「……どれくらいだ」
『え?』
「蒼気が足りないと言ったな。あとどれくらい足りない」
『お、おそらくじゃが、あと霊石一つもあれば……この状況、天秤と変わらん。それだけあれば、一気にこちらに傾く』
「そうか。なら……これでいいな」
『⁉ お、おぬし、何をしておる!』
クリーヴと結晶少女は一つと化している。だから彼女には彼のしたことが頭では理解できずとも感覚としてわかった。
わかってしまった。
クリーヴは己の体内霊子をすべて蒼気に変換しようとしている。
『阿呆、やめろ! やめるんじゃ! そんなことをすればおぬし――――――死ぬぞ⁉』
例えるなら、ファンタズマブルの人々にとって霊子は血液に近い。
霊術を使い過ぎれば疲弊し、消耗し……それでもなお、限界を越えんとするなら死に至る。
『おぬし、死ぬ気か⁉』
「そんな……つもりは……ない……! 俺は…… "幸せ" に……なる……! ならねばならんのだ!」
『じゃったら――!』
「だから……あんな負け犬に……友をやらせるわけにはいかん!」
『~っ!』
結晶少女は感じた。まさに今のクリーヴは、己の意志で、己の命を燃やし尽くさんとしている。
『馬鹿じゃ! おぬしは救いようのない大馬鹿じゃあ!』
だが確かにそれは効果があった。
注ぎ過ぎた盃から酒が溢れ出すように、陽の光を浴びた積雪が崩れ落ちるように、明らかに状態が変わる。
<白鋼>の掌から放たれる蒼気は、今や山を砕かんとするほど巨大な光の槍と化し、オニクスを押し、呑み込む。
オニクスはそれでも哄笑を止めぬまま……やがて光に消えた。
「……あり、がとう」
果たして、その言葉は誰に――。




