結晶少女 59
楽しい。楽しくて、楽しくて、堪らない。
オニクス・カイオウディは身を捩り、歓喜に悶えた。
なんだあれは。蒼き光の竜巻。あんなものは見たことがない。
明らかに人の世の理を超えている。
化物め。化物め。化物め。
化物めえ!
自分は間違っていなかった。あれはきっと、ヤツと同類に違いない。
こんな身体に変えられて以来、退屈で退屈で仕方がなかった。
偽りの生、まやかしの大義。真っ平ごめんだ。
自分は人なのだ。だからこそ、人で遊ぶのが楽しくて堪らない。
色褪せかけていたこの高揚! それをアイツが思い出させてくれた!
「クククグワァァァァアアッハッハッハッハッハッ! どーーーしたんだぁああ⁉ そんなとこで引き籠ってないでぇえええ、出てきてくれよおお⁉ あそぼうぜえええええ! 早く早く! 早く早く早く早ぁああくぅうううううう!」
オニクスがまた、鋭い爪で宙を掻き毟る。漆黒の爪撃が無数に飛んだ。
「!」
一瞬、オニクスの尖った耳が動く。途端に彼は哄笑を止め、素早く獣の四肢で横に跳ぶ。
そこを貫く騎槍。いつの間にか光の竜巻は消失している。オニクスは即座に影術を展開した。黒い丸窓が現れる。騎槍は易々とそれを貫いた。だがオニクスもさる者、次から次へと窓を作り、騎槍の勢いを弱める。
着地。瞬く間すらないほど迅速に両者は次の機動へ。幾度もぶつかり合う騎槍と爪。無数に砕け散る黒い窓。一連の衝突音は、まるで講堂を割らんばかりに響く拍手のようだ。
夜空を走る流星の如く、二つの尾が交差し軌跡を描く。
互いに距離を取った。この間、呼吸に換算すればせいぜい二つか三つ。怒涛の勢いで展開された高速戦闘が一時収まった。
オニクスは腕や足に傷を負っている。どれも芯をずらし受けたため軽傷だが、それでも魔を帯びた人の身体、魔人の肉体が傷つけられたのは事実。
それが琴線に触れたのだろう。オニクスはゲラゲラと天を仰いで嗤い出した。
(やはりできる……あれは全て陽動だな……)
クリーヴは油断なく構え、敵を観察する。
<白鋼>の外観が様変わりしていた。
滑らかな銀色の装甲、特に肩や肘に膝、そして百合の花弁を思わせる頭部が、鋭く伸びた蒼い結晶で部分的に覆われている。
さながら "結晶騎士" といった様相だ。
それだけではない。装甲表面には元々、スピットの趣味で刺繍を思わせる精緻な模様が彫られていたが、今はその上に蒼い紋章が浮かび、脈動の如く明滅する。
クリーヴには紋章の意味するところは計り知れぬが、どことなく文字のような一定の規則性を感じた。
『どうじゃクリーヴ……? 感覚は掴めたか』
結晶少女の声が思考に響く。以前よりさらに近く聞こえ……いや、これはもはやそんな水準ではない。ややもすれば自分の思考か彼女の声か、判別つかなくなる。
まさに、一体感であった。
「ああ、なんとか慣れた」
使役応答は仮契約の時と同じ傾向である。己と霊機兵が統合されたような感覚。あれがより深まった。
「蒼気の出力も桁違いに上がっている。ヤツに手傷を負わせることもできた。これなら戦える」
『そうか……じゃが、ゆめゆめ忘れてはならんぞ。先に言った通り、今のこの状態、明らかな弱みがある』
「ああ、わかっている」
結晶少女との真の契約を果たし、光の竜巻の中からオニクスへ奇襲を仕掛ける寸前、クリーヴはそれを聞いていた。
「いやぁああ! 楽っしいよなあ! 生きてるって、実感するよ! つくづくな! 人は、そして人生はなんて素晴らしいんだろうっ! クク、ククク、クククグワァハッハッハハハハ!」
オニクスが漆黒の爪を飛ばしてくる。
クリーヴはそれを避けず、あえて突撃した。
騎槍に意識を集中。蒼気が展開する。蒼き光の燐光……仮契約のそれとは比較にならぬほど苛烈だ。まるで燃え盛る蒼き炎のようである。
<白鋼>が騎槍を薙ぎ払う。蒼気が龍の息吹の如く解き放たれ、爪撃を掻き消す。それだけで終わらない。蒼き焔はオニクスをも吞まんとする。
「はっはははあっ! こんなこともできるとは! と~っても器用なヤツだ! ◆◆◆◆◆◆◆いいね!」
オニクスは獣の四肢で跳躍し、蒼気に突っ込んだ。右手で影術を幾層も展開し、蒼き炎を掻きわける。
ここまではいい。
そこからがわからなかった。
オニクスは左腕を自ら蒼気に晒し、噛みつき引き千切る。
そして狼を思わせる獣の顎で、獲物を誇るように天高く掲げたかと思うと……一息に振り下ろし何処ぞへと飛ばす。
「ちぃっ!」
クリーヴは敵の意図を察した。否、敵に己の意図が読まれたと察した。
彼は蒼炎を放った直後、そのまま突撃の速度を緩めず、ある地点を目指していた。
スピットとうーが曳き、放置されていた四輪荷馬車である。
現状で打てる最善手を選ぶ。
<白鋼>は積載された霊石を可能な限り騎槍の弾倉に装填し、跳躍。
直後、飛ばされてきたオニクスの左腕が破裂。
飛び散った肉片は膨張して液状と化し……じゅうじゅうと音を立て周囲を溶かした。
霊石も例外ではない。
「はっはーん、俺はぁわかっちゃったぞぉ。お前には、時間制限があるなあ……⁉」




