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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
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結晶少女 05

「む。こんなところか」

 

「だな」

 

 すっかり日は沈み、夜の(とばり)が降りようとしていた。

 

 東の地平から細い環を持った月が、この時期特有の赤さでファンタズマブルの夜空に昇ろうとしている。

 

 クリーヴはあらかじめ用意しておいた皮の敷物の上に膝を崩し、刺突剣(レイピア)を抜いた。(つば)に埋め込まれた宝石が黄・緑・赤と続けて光ると、剣先に小指ほどの火が灯る。熱を司る赤属性の霊術を利用した発火だ。

 

 灯った火を集めた枯れ草に移すと、火はすぐに燃え広がり、薄暗い夜の帆布(キャンヴァス)に白と黄色と橙色が舞い踊る。小さいものから大きなものへ、少しずつ入れる薪を大きくし、やがて火が充分に安定すると、クリーヴはその上に持参の鍋を設置した。

 

「おらよ」

 

 阿吽(あうん)の呼吸でスピットが短刀(ダガー)を鍋にかざす。宝石が青く光ると刀身から水が零れ出し、鍋に注がれた。水を司る青属性の霊術である。

 

「む。そこまででいい。止めてくれ」

 

 真剣な面持ちで水量を注視していたクリーヴは、今度は干し野菜や干し海老、味噌などを革袋から取り出し、いそいそと支度を始めた。

 

 食事はクリーヴの担当。行動を共にする内に、二人の間で自然と根付いた役割分担ルール・ディヴィジョンである。

 

「あいあい……じゃ、後は任せたぜ」

 

「うむ。今日は西食堂の板長直伝の煮込みだ。期待しておけ」

 

 さて、これでひと段落。後は飯ができるのを待つのみ。中途半端に手隙(てすき)となったスピットは天幕(テント)の方に歩を進めた。

 

「ん~! うーちゃんは今日もたーくさん、がんばってくれまちたね~!」

 

 まずは駆けつけにうーを()でる。わしゃわしゃと大きな背をさすり、乳白色の毛に顔を埋め、とにかく愛でる。うーもその度「ぶるひ!」「ぶるひっ!」「ぶるひひひひ~ん!」と、覆面(マスク)の下の目を細め大喜びだ。

 

 うーの横には運搬用の四輪荷馬車(ワゴン)が停められている。荷台には予め二人が持ち込んだ物資に加え、<骸骨百足>(がいこつむかで)の死骸から回収した甲殻や筋肉部位がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 

 うーの属する馬種――豪力馬(ごうりきば)は、速度こそ平均的な馬より若干劣るものの、図太い四脚の牽引力には目を見張るものがある。見た目がちょっとアレなので貴族には好まれないが、実益重視の商人たちには優れた輓馬(ばんば)と知られていた(その分、要する飼料も多大な点が悩みどころだが)。

 

 しかしさすがに<骸骨百足>の巨体相手では分が悪い。死骸のすべてをうーだけで回収するには、往復が必要だろう。

 

 なので、残りは別口で運ぶのだ。

 

 別口。それは彼らの場合、霊機兵を意味する。

 

<白鋼>(しらはがね)~、お前も大活躍だったな~!」

 

 うーと向かい合わせに跪くような降着姿勢を取るのは、スピットとクリーヴが運用する霊機兵である。<白鋼>とは二人が機体につけた名だ。

 

 霊機兵科では原則、調律・使役専攻の学生二人隊(ツーマン・セル)に対し、複数制約を課した上で霊機兵を一機配給する。ユリア歴一一二八年の現在では、制式名称<鉄傀儡(てつくぐつ)・三型一七式>という霊機兵が配給され、このような配給機は運用上 "素体" と呼ばれる習わしだった。

 

「よしよし、霊石砲も傷一つついてないな。最高の状態だぜ」

 

 配給機が素体と呼ばれる遠因は、スピットが恍惚として撫でている巨大な騎槍(ランス)、霊石砲にある。

 

 霊石とは長い年月を経て結晶化した高密度な霊子であり、霊子とは霊術発動のための資源(リソース)である。霊子はファンタズマブルの大気中に存在し、人は呼吸を介して体内に霊子を蓄積させ、消費することで霊術を発動させるのだ。

 

 霊術の効力は消費した霊子の総量に比例する。そのため、高密度な霊子の塊である霊石の利用に白羽が立ち、兵器として実現したのが霊石砲だ。霊石砲がファンタズマブルの歴史に現れてから約二〇〇年を迎えるが、現代でも一兵器として最高火力を誇り、戦術上で大きな意味を持つ。

 

 旧世代の霊機兵における最大の問題は、この霊石砲とすこぶる相性が悪い点だった。理由は単純で、霊機兵を構成する魔物の死骸が霊子に対し絶縁性を有するためである。

 

 この問題を解決したのがグランレーファ学院長のオルムで、彼は霊機兵の内部に "霊子回路" と呼ばれる霊子の流れ道を実装した。これにより霊機兵を操縦する使役士と霊石砲が霊子的に接続され、霊石砲使用可能な霊機兵――通称、第二世代霊機兵が誕生したのである。

 

 しかし、この第二世代霊機兵には今でも一つ課題が残っていた。使役士と霊子回路の "同期損失" である。

 

 元々霊石砲の動作は増幅器(アンプリファイア)に近く、使用者の霊子で発動した霊術を種火とし霊石で増幅させる仕組みだ。一方、人の霊子の流れは千差万別、体内から体外へと霊子回路を介し伝搬する際、どうしても普遍的(ユニヴァーサル)損失(ロス)が生じ、霊石砲の火力が減衰する。

 

 オルムの霊子回路提唱から三〇年弱が経つが、現在でもこの問題に対する根本的解決策はなく、()()()()()()()()に頼らざるを得ないのが実情だった。

 

 対処療法的な処置。それこそが調律である。

 

 調律は広義には霊機兵の開発・整備諸々を含む言葉だが、狭義には同期損失の軽減処置を指す。具体的には、使役士の体内霊子の流れを()()()()()()()()()()()()()()調整のことだ。理想的には両者は完全に同一(アイデンティカル)が望ましく、その場合に損失は消え、霊石砲が十全な火力を発揮する。

 

 しかしこれは各人で異なる霊子の流れを霊子回路でその都度再現、すなわち一使役士単位での霊子回路の最適化要求に他ならない。またそれに加え、これまでの技術・経験の蓄積では、霊機兵の筋肉・骨格構成も個人向けにその都度模倣し調整した方がより雑音(ノイズ)が少なく、霊子回路の同期が取れるとわかっている。

 

 (ゆえ)に現代戦の要たる第二世代霊機兵では、それを操縦する使役士のみならず、専属の調律士が必須となるのだ。<鉄傀儡>のような未調律の配給機を "素体" と呼び区別するのはそれが理由である。

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