結晶少女 57
「――オレは一生、自分をアイツのダチだと思えねえっ!」
パーシィはその声で目を覚ました。少しの間、意識して目を瞑る。まだ思考が朧気だ。少しずつ修正し、平常状態に戻す。
次に肉体の点検……大丈夫だ。負傷はない。いつでも動ける。
目を開けた。状況を確認。自分は今、馬上で鞍に括られている。手綱を握るのはスピットだ。その後ろに何故かジョヴィエルがいる。
快適、とは言い難い環境だった。スピットの馬……たしか、うーという名前だったか。自分的には結構可愛い気のある顔の子である。そのうーが今、時に右へ、左へと曲がりつつ走っていた。事あるごとに身体が振り回される。
(どうしてこんなに必死に走ってるの……?)
パーシィは目だけで後方を見遣り、すぐに得心した。黒い肉塊に四肢と口をつけたような得体の知れぬ魔物。それらに追われている。
スピットとジョヴィエルは、必死に霊術で迎撃していた。だが哀しいかな、火力が足りない。敵は異様な再生力を持ち、二人では決定打を与えられなかった。
(どうしてこんなことになったんだっけ……?)
パーシィはもう一度目を瞑り回想する。
――大丈夫か、パーシィ。
すぐに目を開けた。
これで十分。もう迷わない。答えは出た。
パーシィは黄属性霊術で小さな刃物を生成し、己を縛っていた縄を器用に切断する。
「……ええ、やっぱりね、そういうことなんですよ」
「起きたのか、パーシィ⁉ ていうかすごいなそれ、自分で切ったのか!」
「……この気持ちが消えない内は、本物なんです」
「あの、パーシィ……?」
スピットは何やら彼女の様子がおかしいと気づいた。
目が虚ろである。どこを見ているか知れぬ。さらには熱病に魘された病人の如く、一人でぶつぶつ呟いている。
「しっかりしろ、パーシィ⁉ 君はいいんだ、じっとしててくれ! オレとジョヴィに任せろ!」
「ええい! だから気安くジョヴィと言うな!」
二人は喧嘩腰で言い合いを続けるが、パーシィは歯牙にもかけない。
ただ一人で、ずっとぼそぼそ喋っている。
「だから気持ちが続く限りは、いつまでも待つ……駄目なら諦めて他の人を探す……なんだ、たったそれだけのことだったんですね」
「パーシィ⁉」
「来ないなら、来るまで待とう、発情期」
「何言ってんだ⁉」
「ああ、スピットさん。ごめんなさい。もう大丈夫です」
「そ、そうか……とにかく、無事なようで安心したよ……まあ見ての通り、状況はヤバイけど!」
「ん? ああ、あれですか。追っかけてきて鬱陶しいですね。やっちゃいますか」
「おいおいおい⁉ やっぱりまだ夢うつつなのか⁉ 君じゃあ無理だって!」
「私じゃ、無理……?」
「ああ、君が熊でも殺せるようなやべえ女じゃない限り!」
「……熊、かぁ」
パーシィは俯く。心なしか肩がぷるぷると震えていた。あまり愉快ではない過去に思いを馳せているのかもしれない。
だがやがて、力強い意志を秘めた目で前を見据え、一つ結いのくすんだ桃色の髪を解く。
で、言った。
「 で き ら ぁ っ !! 」
「はぁ⁉」
「熊でも魔物でもかかってこいや! 今のあたしは最強だぁああああああっ!」
「パーシィがこわれた!」
「うるせえっ、●●ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ●●ッッ!!」
「ブフォ⁉」
「あんな肥溜めと蛆虫がみじめに■■■■と▼▼▼▼へこへこずり合わせ生まれたような◆◆◆◆◆◆◆・××××ども如き、束になったってあたしに敵うわけねぇだろぉうがああああああああ!」
なんとまあ。聞くに堪えない下品な言葉が立て板に水でスラスラ出た。幼い頃から荒くれに囲まれ育った彼女の素である。発音も完璧。前歯で下唇を噛み千切らんばかりに押さえつけてから、
「●●ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ●●ッッ!! ●●●●、●●●●、●●ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ●●ッッ!!」
と叫ぶ。わざわざ両手で小指と薬指を高々と突き立て、大変に品の悪い手振りまで添えていた。
実力はやはり折り紙つき。
彼女の額、紅水晶の魂石から黒い煤のようなものが漂うと、重力球が多数現れた。それらは一糸乱れず、まるで鉄の意志で統率された軍隊の如く規則正しい動きをし、肉塊どもを容赦なく捩じる。捩じるったら捩じる。再生の隙を与えず、純粋に力でゴリ押し捩じり切った。はっきり言って、王宮霊術士すら裸足で逃げ出す光景である。
あっという間に、敵の戦力が半壊した。
「お、おいスピット……なんだあの女……⁉ あれほど黒属性に長けてるのは異常だぞ……⁉ それとこわい。あとこわい。なんなのだあれ」
「馬っ鹿、うかつに声だすなジョヴィ……! 目え合わせたら何されるか知れねえぞ……⁉ あとオレもこわい。どうしようジョヴィ。こわい」
「だからジョヴィと言うなと――」
「ヒャッハア!」
「「ひえっ」」
互いに肩を抱き飛び上がるスピットとジョヴィエル。
ひそひそ話が聞こえたかと肝を潰すが、そうではない。
パーシィは血に飢えた野生の獣さながら、ギラギラと目を光らせ、残る肉塊を睨めつけた。
数は五。それらが集まり、互いの肉を絡ませ、加速度的に膨張していく。
「はっはあ! バラバラじゃ敵わないから寄せ集まってどうこうしようってかい⁉ 面白い! 正面から●●●●して徹底的に叩き潰してやろうじゃないか! 二度と歯向かう気なんぞ起きないようにねえ!」
「パ、パーシィ! いくらなんでもありゃあヤバイ! 無理だ! 一旦学院まで引こう! ここまで来たらあと少しだ!」
「ざけてんのか、てめえっ! そんなんでホントに▼▼▼▼つけてんのか⁉ ぶら下げるしか能がねえなら風鈴でも代わりにつけとけ! チリンチリンと優雅な音がすらあ! ……やるったらやるんだよぉおおお!」
「やめろ、やめてくれぇええええええ!」
「うるせえっ、●●ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ●●ッッ!!」
重力球が巨大化した肉塊に張り付く。しかし、今度ばかりは一筋縄ではいかない。多少敵の動きを封じたが、巨大な牙は今にもこちらを噛み千切らんと迫り来る。
それでもパーシィは楽しそうだった。
「はっ! ちったあ引き締まった▲▲▲▲▲▲▲してんじゃないか! おもしろいねえ、まったく! 力づくでこじ開けてやらあ!」
「うぁああああ⁉ うぁああああああああああああああああああああ⁉」
しかし次の瞬間。
肉塊を破壊の力が凝集したかの如き紅蓮の刃が貫いた。
爆発。
さらには念を入れ、残った残滓にもう一撃。
振り下ろされる戦鎚。
「"焔の牙" ……⁉ アーシェか!」
「ジョヴィ! あ~よかった~、こっちにいたんだナ~⁉」
並みの霊機兵と比べ頭一つか二つは優に上回る巨躯、分厚い金色の装甲、手にした戦鎚……ジョヴィエルが調律し、アンシェクが使役する<金剛>である。
「ど、どうしてここに……⁉」
窮地から脱し弛緩したスピットが訊いた。既に敵は細切れとなり、液状化している。
「ん~? 結局王都でもジョヴィの手がかりがなくって学院に戻ったら~、なんとびっくり、正体不明の魔物がパーシィを攫ったと聞いたんだナ~。で、もしかしたらジョヴィもその魔物に襲われたんじゃ、と思って、急いで後を追いかけてきたんだナ~」
「そ、そうか……何にせよ助かったぜ」
「ジョヴィ~、怪我とかないんだナ~? 大丈夫かなんだナ~?」
「ああ、問題ない。ありがとう、アーシェ」
「――ええ、本当に助かりました! ありがとうございます、アンシェクさん!」
「「え……⁉」」
思わずスピットとジョヴィエルはパーシィを二度見した。
いつのまにやら髪を一本結いに戻している。
そこに取ってつけたような黄色い声。さっきまでのドスの効いたそれと真逆だ。
「パーシィも無事で良かったんだナ~」
「ええ、それはもう! 二人がしっかり守ってくれましたから! 本当にもう、ありがとうございます! ……ね、スピットさん、ジョヴィエルさん⁉」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、パーシィの目に剣呑なものが浮かび、ギロリと二人を一瞥する。
チクったら処す。
実に明確な伝達だった。
「……ハ、ハハハハハ! い、いいい、いいってことよヨ! な、ななな、なあジョヴィ⁉」
「あ、ああ! も、ももも、勿論だともさ! 民を守るのは貴族の務めだ! あとジョヴィって言うな」
「うふふふふ」
膝が笑い死にしそうなほど震える二人。
得た真理が一つ。
女ってこわい。




