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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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結晶少女 55

 クリーヴとオニクスの対峙と時を同じくして、

 

「あっちだ、うーちゃんっ!」

 

 スピットもまた窮地にあった。

 

 彼は今、方角的には学院の方へ向かっている。意図してのことではない。追手の攻撃を掻い潜る内に偶然そうなっただけだ。こちらに進路を選ぶ余裕はない。

 

「だああ、くそ! これでもくらえ!」

 

 うーの手綱を掴んだまま、左手で装飾過多な短剣(ダガー)を構えた。打ち水よろしく横一閃、(くう)を切る。短剣に埋め込まれた翠玉(エメラルド)の魂石が緑の光を放った。同時に刃先からシュッと吹き付ける鋭い風。

 

 追手、獣の四肢を持つ黒き肉塊を圧縮空気の刃が切り刻んだ。

 

 だが、

 

「足止めにしかならねー!」

 

 切断面からうぞうぞと細かい触手が這い出て傷口を繋ぐ。再生した肉塊はすぐにまた駆け出した。悪いことに敵の数は一〇。一~二体の足を止めても、すぐに新たな肉塊が迫り来る。

 

 先ほどからこれの繰り返しだった。

 

 スピットに敵の正体はわからない。しかし、調律士として様々な魔物に知悉(ちしつ)する彼は、黒き肉塊のおおよその性質を見抜いていた。

 

 霊術は通る。それは先の風刃が証明済みだ。問題は威力。東方にあのような再生力の強い魔物が少数生息すると聞く。その手の魔物を討伐するには、再生力を上回る攻撃で押し切るのが最も単純な策だ。

 

<白鋼>(しらはがね)……いや、<鉄傀儡>(てつくぐつ)の未調律な霊石砲でも十分だろう。その水準(レヴェル)の破壊力を確保すれば、一掃できるに違いない。

 

「けどそれをどうするかっつー話なんだよっ!」

 

 個人の霊術の才を測るには二つの指標がある。一つは繊細な制御が可能か、もう一つは高い威力を発揮できるか、だ。この二つの指標は独立にあらず、ある種の相関を持つ。霊機兵が産声を上げる前、今日(こんにち)では "英雄の時代" と呼ばれる個人の資質が問われた頃には、両者に秀でた者が戦場で勇名を馳せた。なお、長期戦ではこれらに加え、どれだけ霊子を体内に蓄えられるかも重要である。霊術に秀でるとされる龍人種は、この蓄積量が霊石のそれと変わらぬ程だ。

 

 スピットは自他共に認めるよう、明らかに制御に()けている。逆に威力は凡庸未満。彼が一時は使役士を目指しながらも挫折した理由の一つはそこにあった。

 

 どう足掻いても霊石砲(クラス)の破壊力は望むべくもない。

 

「うあっつ⁉ だ、大丈夫か、うーちゃん⁉」

 

 そうこうしている内にまた一体、肉塊が飛び掛かる。薄気味悪いことに、犬や狼で例えるなら前足の付け根から少し上、胸の辺りに口のような構造があった。肉塊はそこをびくびくと震わせ、中に潜む牙でこちらを噛み千切らんとする。

 

 間一髪、回避が間に合った。

 

「くそっ! うーちゃんを傷つけたらただじゃおかねえ! 絶対に、ただじゃおかねえからな畜生!」

 

 スピットは虚勢と自覚しつつ、怒鳴らずにいられなかった。

 

 その必死の思いが伝播したのかもしれない。(くら)に括られていたジョヴィエルが薄っすらと目を開けた。

 

「……なんだ、ギャアギャアと……?」

 

「ジョヴィ⁉ 気がついたか⁉」

 

「ジョヴィって言うな……ていうかなんだこれ? どうして僕は、縛られてるんだ……? 早く、(ほど)け……」

 

「猫の手も借りてえ状況だ、ったりめーよ!」

 

 スピットは彼を括る縄を魂具で断ち切った。ジョヴィエルはまだ本調子でないが、どうにか鞍の取っ手に掴まる。そして周囲を確認するや否や、迷わず肉塊に彼の得意とする黄属性霊術で攻撃した。

 

「くそっ、お前の霊術でも駄目かっ。オレと同じ穴の(むじな)だもんなあ……威力は期待できねえか」

 

「おい、なんだこの状況は? あの魔物はなんだ、見たことがないぞ? 凄い再生力だな。試料が欲しい。それより僕はどうしてこんなとこにいる? どうしてお前の馬に乗せられている? あともう一人鞍に縛られている給仕……確かパーシィだったか? この子はどうした? 気絶してるじゃないか……ハッ、お前まさか!」

 

「一度にごちゃごちゃうるせえ! あと何が "まさか" だこのバカチン! アホなこと考えてる暇あったら一発でも多く霊術を出せ!」

 

「貴族に向かってなんだその口の利き方は! お前に言われずとも攻撃している!」

 

 馬上でいがみ合う二人。だが案外連携は悪くなかった。互いに敵視するだけあって、手の内をよく知っている。スピットは基本うーの走行に注力し、要所要所で圧縮空気の刃を放った。ジョヴィエルはうーと敵の動きを読み、黄属性霊術の鉄針を罠のように使う。

 

 決定打には至らぬが、少しだけ状況を説明する余裕ができた。

 

「――っつーことなんだよ! 要するにオニクスは敵だ! しかも訳のわかねー力を使う!」

 

「なんと、オニクス教官が……⁉」

 

「で⁉ お前はここ二~三日どうしてたんだよ⁉ 今朝なんてアンシェクが必死になって探してたぜ⁉ そもそもなんでお前、魔物の中から出てきた⁉」

 

「僕は王都でたまたまオニクス教官……オニクスを見かけたんだ。何があったか知らんが、血塗れの状態のな。で、有無を言わさず襲われた。それで気づいたらここだ。僕にも意味がわからん……」

 

「はあ⁉ なんだそりゃ⁉」

 

「だがお前の話から察するに、どうやら僕はオニクスの手によって魔物に変えられていた……いや、魔物に寄生されていた、ということだろうな……そんな話は聞いたこともないが……そう考えるしかあるまい。言われてみれば目を覚ます前、随分と(うな)された気がする」

 

「ちっ! まったく、わかんねーことだらけだぜ!」

 

「……おい、僕はまだ肝心なことを聞いていないぞ。そのオニクスは今、どこにいるんだ? それに……お前がいるのに何故クリーヴがいない?」

 

「っ、それは――」

 

 スピットは()(つま)んで事情を説明した。

 

 ジョヴィエルの表情が見る見る内に険しくなる。

 

「貴様……自分の友を見捨て逃げ出したのか⁉」

 

「……そうだ、否定はしねえ」

 

「最低だな……! 貴様には色々と思うところがあったが、そういうことだけはしない奴とばかり――」

 

 

 

「てめえに何がわかるっ!!」

 

 

 

 スピットは。

 

 吠えた。

 

「てめえに、オレとクリーヴの何がわかるって言うんだ! ああ⁉ 言ってみやがれ!」

 

「貴様のような卑怯者の気持ちなどわかるはずなかろう! 僕がお前なら、何が何でもアーシェと共にいた! 己の命を惜しまずにな!」

 

「てめえはやっぱし何もわかっちゃいねえ! いいかアイツはな、クリーヴはな! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()! てめえの言う通りにしてみろ! アイツはきっと、何も躊躇わずオレの壁になるなり特攻するなりして、秒で無駄死にだ! そういうヤツなんだよ、アイツは!」

 

「っ!」

 

「それにな、アイツは俺に頼んだんだ! オレもお前もパーシィも含めて、皆が無事に生き延びてくれって! アイツは俺を信頼して任せたんだ! ここでアイツの信頼に応えられなきゃ――――――オレは一生、自分をアイツのダチだと思えねえっ!」

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