結晶少女 54
「魔人……?」
クリーヴは出音機関の停止も忘れ、結晶少女の言葉を反復した。
「へえ、知ってんのかい! 話が早いな。いやそれとも……あの妙なガキに聞いたか? いるんだろ、お前の魂石の中に。知ってるぜえ? 見てたんだよ、この間。王都でなあ……!」
「………………。」
敵にむざむざ情報を渡す気はない。クリーヴは沈黙したが、結晶少女が独自に<白鋼>の声帯を使役し、オニクスに問い返す。
スピットの優れた調律により、基本はクリーヴのそれとよく似た声質だ。だが今は少女の慣れぬ使役のため、いくらか異なる。
「何故……貴様のようなモノがこの時代におる。貴様……どうやって作られた?」
「おお? あのガキだな? うれしいねえ! こうして話せて光栄だよ、ククハハハ!」
「我が問いに応えよ!」
「クックック……そりゃー、こうして子がいるんだ。親父殿がいて当たり前だろぅ?」
「何――?」
言葉の意味を反芻する余裕はない。
オニクスは獣の四肢で跳躍した。そして筋骨隆々の腕を袈裟斬りの如く振り下ろす。鋭い漆黒の爪が勢いよく虚空を引き裂いた。
そう、虚空を、である。まだ<白鋼>とは距離があった。
「くっ⁉」
クリーヴは即座に敵の意図を理解する。目の錯覚ではない。引き裂かれた虚空に黒き爪痕が生じ、凄まじい速度でこちらに飛んでくる。
間一髪で躱した。爪痕は地面へ着弾し、深く鋭く大地を抉る。
「その【レヴェル】で影術を使いこなせるじゃと……⁉」
「へへえ、影術まで知ってるとは流石だなぁ。親父殿が血眼になって探す訳だよ。俺もますます、ムラムラと興味が湧いてきたねえ……! 絶対に俺が奪ってやる、クククハハハハ!」
「その親父殿とやらは何者じゃ⁉」
「親父殿は親父殿さぁ……。頼みもしねえのに人を魔人にしてくれた、最ッ高にはた迷惑なイカレ者だよぉ。……俺はアイツの▲▲▲▲▲▲▲を●●●●したい! ああ、したくてたまらない! アイツのことを考えるだけで、俺の▼▼▼▼はハチ切れんばかりさあ! クク、ククク、クククグワァハッハッハ! あ、愛してるぜ、親父殿ぉおおおおおおおおお! グワハッハアアアハハハアアッハアアアッハッ!」
「なんじゃこやつは……! 話にならん……!」
「おい」
クリーヴは声帯使役を介さず、少女にだけ聞こえる声で尋ねた。
「魔人とはなんだ? 説明を求める」
『……魔物はファンタズマブルに生息する生物が、影孔に汚染され変異した存在よな。魔人とはそれが人に起こった存在……つまり、魔物化した人じゃ』
「馬鹿な……⁉ そんなことが起こるはずがない……!」
人は絶対に魔物化しない。それが蒼の大地ファンタズマブルに生きる者の共通認識だ。
"聖樹教" や "ユリアの導き" では、その理由をピシムスないしユリアの加護と説く。クリーヴが生まれ育った"古龍の里" では、自然の摂理としてそういうものと教えられた。
古今東西、人が魔物化したという話などない。
「だからこそ"忘れられた森" に赴く際、俺やスピットはうーのように防護覆面を必要としない。影孔を気にする必要がないからな……何かの間違いではないか?」
『……いいや、間違いではない。確かにそれは可能なのじゃ……だが、今のこの世界の文明【レヴェル】では――』
「おいおいおいおいおいおいおい! 無視しないでくれよぉおおお⁉ さみっちぃい~だろぉおおお⁉」
「む」
再度オニクスが襲い掛かってきた。クリーヴは黒い爪痕を避け、蒼気を纏った騎槍で突く。
……駄目だ。効果がない。オニクスの魔物の身体、否、魔人の身体と騎槍の間に黒い丸窓のような何かが出現した。騎槍はそこから先を貫けない。
(先ほど霊石砲が弾かれたのもこれか……!)
「ハッハア~ン? 読めたぜ、その蒼い光。影術を打ち消してるな? ……けどよ、こっちはあの木偶の坊と違うんだ! あんなヨボヨボジジイの◎◎◎◎◎みてえな薄っいのとは違う! 濃いぜ~⁉」
(つまり、影術とやらの濃度が関係するのか……蒼気で打ち消した以上の影術が使われている……だからこちらの攻撃が通用しない)
一度後方へ跳躍し、クリーヴはもう一度結晶少女に問いかける。
「蒼気の出力を上げることはできないか?」
『これ以上はできん……霊子からの蒼気への変換速度と効率が枷となっておる。今ざっと見積もってみたが、おぬしの武器で一度に霊石を複数消費する方法、あれでやっても結果はそう変わらん……』
「くっ、そうか……!」
打つ手がない。速さは互角だが、あちらにはいくらでも攻め手があり、こちらにはそれがない……このままではどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
『………。……のう、龍の小童』
「む。なんだ」
『おぬし、儂に一生を捧げられるか?』




