結晶少女 52
その者は光差さぬ<鉄傀儡>の使役室の中、舌なめずりしていた。
――さあ、見せてみろ。
ここまでお膳立てはしてやった。
後は貴様だ。クリーヴ・エインシェドラグ。貴様の持つ、蒼の少女の力を見せてみろ。
化物の力を見せてみろ。
その者は<鉄傀儡>の死せる魔物の目を介し、<白鋼>を爛々と燃え盛る業火の如き眼差しで見詰めていた。
「スピット、パーシィを頼む」
「任せとけ!」
スピットはパーシィをうーの鞍に括りつけると、霊石を積載した四輪荷馬車を外す。そして距離を取った。支援に徹する。己の役割を十全に理解している者の動きだ。入学以来、二人隊を組む二人は、言葉を交わさずとも互いの考えが手に取るようわかる。
「おいおい、どうなってんだありゃ? 本当に、こっちの攻撃がまるで効きやしねえじゃねえか、ええ?」
「なるほど、クリーヴさんの言っていた通りですね……いったい何故、あのような存在が……」
オニクスとイダルティの使役する<鉄傀儡>が後退するスピットを背に着地した。
そこへクリーヴも合流する。
「やはりあれは自分が以前に交戦した敵と同じです。自分はあれを倒すコツを知っていますので、事前の打ち合わせ通り、援護をお願いします」
「ああ、任せる。俺らにはあの黒いモヤモヤの急所なんぞわからねえからな。なあ、イダルティ」
「………。ええ、そうですね」
「協力に感謝します」
クリーヴは<白鋼>の声帯使役を止め、結晶少女だけに聞こえる声で尋ねた。
「む。これでいいか」
『ああ、すまぬ……面倒をかけるな』
力は無論貸す、ただし儂のことを他の者に気取られるな――ここに来るまでの間、結晶少女からあった言葉である。
少女はこの期に及んで自身の存在開示に極めて消極的だった。
幸い、難しい注文ではない。結晶少女から得られる助力は三つ。第一に己が霊機兵と同化したかのような凄まじい応答速度。第二に蠢く闇の正体を見抜く右眼。第三に敵を貫く蒼き薄光、蒼気。
第一と第二は自分と少女以外に認識できない。最後の蒼気も、直撃寸前まで展開を抑えれば秘匿可能だろう。
「一撃で決める……それが最善だな」
『できるか、龍の小童……?』
「できる。今回は機体の状態が万全だ。敵が前と同じなら、こちらが一手上回る」
クリーヴは意識を集中し蠢く闇を見た。左眼は漆黒の霧、以前少女から聞いた話では影孔を資源とする "影術" とやらを捉える。一方、右眼は影術を透かし、本体の肉人形を捉えた。
「む……?」
前と同じ……ではない。
まず、先の戦いで最後に現れた獣の四肢。あれがこの肉人形にはなかった。
それ以上に決定的な違いがある。前回と今回の肉人形、どちらも同じく泥のような黒い肉で覆われていた。しかし此度の肉人形は、何故か造形がより人に近づいている。
前は不器用な大男が土を捏ね成形したような出来栄えだった。しかし、今回は明らかに洗練され、人の輪郭と一目で知れる。
この違いはなんだ……?
『確かに以前と様子が異なるの……だが、弱点は変わらぬと見える。やはりあの球じゃ』
結晶少女の指摘通り、眼前の肉人形も頭部に赤と橙が絡みつくよう交じり合った晶球を有する。
「あれを蒼気で砕く、だな」
『うむ』
クリーヴは目標を定めた。
「クリーヴさん、敵が来ます」
「では、お願いします」
「へ、上手くいったら今度に一緒に飯でも食いに行くか!」
「任せて下さい。自分はギャランで良い店を知っています」
<鉄傀儡>が左右に散開した。両機の抱えた棍棒型の霊石砲が発光する。どちらも緑の光だ。厚い風の壁が周囲の木々を薙ぎ、敵に襲い掛かる。
未調律の機体のため、威力は低い。調律済みの機体に比べ、四半分に届けば良い方である。そもそも蠢く闇には霊術が一切効かない。風は闇の表層に触れるや否や、繊細な砂糖菓子の如くホロホロと崩れる。
だがこれでいい。すべて想定通りだ。
(む。仕掛けるなら今か)
<白鋼>が矢の如く飛び出す。そのまま土煙の中へ。先の霊石砲、目的は先日の模擬戦と同じく目くらましだ。風で巻き起こした土煙が本命である。
果たしてこれがあの蠢く闇、クリーヴの右眼では黒き肉人形と映る敵にどれだけ有効か知れぬが、少なくとも牽制にはなった。
<白鋼>と肉人形の距離が一瞬で詰まる。敵はこちらに気づき、拳で迎撃せんとするが、
(苦しんでいる……?)
突如、両手で頭を抱え込み、諤々と瘧のように身震いした。
それを見逃すクリーヴではない、手にした騎槍状の霊石砲を使用し、蒼気を展開。騎槍を薄く、しかしどこまでも鋭く蒼気が包み込む。
そして――一息に突く。
粉々に砕け散る晶球。絡みついた赤と橙が、一瞬、粉雪のようにふわりと舞った。
『な、なんじゃ? えらくあっさりいったのう……?』
「むぅ……」
呆気ない幕切れに困惑するクリーヴと結晶少女。
「……お見事です」
そこへ<鉄傀儡>が音もなく忍び寄った。
「イダルティ教官殿……?」
「それより見て下さい。何か様子が変ですよ」
肉人形を見遣る。既に纏わりついていた闇、影術は散っていた。残るは泥のような黒肉のみだが、それも前回同様にドロドロと溶けていき――
中から人が現れた。
「ジョヴィエル⁉」
誰あろう、行方の知れなかった彼である。クリーヴの理解を完全に超えていた。
だが状況は容赦なく進展する。
「――なるほど。よくわかった」
次の瞬間、襲撃された。<鉄傀儡>に、である。
反撃か、いやそれとも――クリーヴは咄嗟の判断で行動。ジョヴィエルを肉塊から救出し、敵の攻撃を避ける。
成功。正に瞬く間の出来事だった。結晶少女の助力で応答速度が劇的に向上した今の<白鋼>だからこそ可能な離れ業。
しかし、
「んん、なんだ? あの妙な蒼い力だけじゃなく、そんなちょこまか動けるおまけまでついてやがんのか」
イダルティはどうすることもできなかった。
彼女の繰る<鉄傀儡>は、襲い掛かってきた<鉄傀儡>に胸の中心部、使役室を貫かれている。
「はは、いいじゃねぇか……◆◆◆◆◆◆◆いいね」
じゃ、殺し合いをしようぜ――血のように赤き月を背にし、オニクス・カイオウディは楽し気に嗤った。




