結晶少女 51
パーシィは辛うじて意識を取り戻した。思考が定まらない。まるで濃厚な香でも焚かれたように頭の中が霞がかっている。気を抜けば再び意識を失いかねない。
「~~!」
彼女は鉄の意志で血が滲むほど強く唇を噛む。痛みを拠り所にパーシィはどうにか頭を覚醒させた。
重い瞼を持ち上げ、状況を確認する。自分は何か、蠢く闇のようなものに拘束されていた。奇妙な感覚である。目にはあやふやな黒い霧としか映らぬが、掴まれた自分の身体は、確かに肉のような反発を覚えた。
そしてこの闇……漆黒の靄。先ほどから頭に泥でも詰められたかの如く朦朧とする理由はこれだ。この闇が身体に這入り込むごとに意識が遠ざかる。
なんだ、これは……? どうして自分はこんなことに……?
(ああ、そうか……あたし……ウィンサは……あの子は、大丈夫、かな……?)
今にも手放しそうになる思考に必死にしがみつき、彼女は己の身に何が起きたか思い出した。
ウィンサを突き飛ばした後、自分はこの蠢く闇に捕まり何処ぞへと拉致されたらしい。
これからどうなるのだろう……?
そう思った直後、唐突に地面へ放り出された。
地面。ろくに舗装がされてないそれである。ほぼ草むらと変わらぬが、それでも幽かに人の痕跡がある。遠い昔、往来があった面影。
(ここって……もしかして……あの廃村……?)
蠢く闇から離れ、少しだけ頭がはっきりした。未だ身体は動かず、目の動きだけで回りを見る。
建物の大部分は崩れ、隈なく苔や蔦で覆われていた。少し離れて元・農地と思しき土地が広がっている。
ただそれでも、奥に見える導院……いや違う、建築様式的にあれは "ユリアの導き" ではない。"聖樹教"、その教院だ。冠婚葬祭を扱う施設だけに大切にされたのだろう。それだけが今でもどうにか建物として体裁を保っていた。
あの教院には見覚えがある。王都へ乗合馬車で行く際、途中の丘から見えるものだ。
だとするとここは……学院から北へ少し離れた廃村。パーシィが前に同室の姐さんから聞いた話では、昔、流行り病で潰えた村のはずだ。
(くそっ、まだ……身体が……)
動かない。意識もはっきりせず、霊術も使えない。この状態で黒属性など使えば暴発がオチだ。
(なに……⁉ なにするの……⁉)
蠢く闇が近寄って来る。闇の形が変わった。パーシィには変わらず黒い霧としか見えぬが、その輪郭はまるで大男が拳を振りかざしたかのようである。
(畜生っ……これで、これでおしまい……⁉ そんな……そんなのは……ヤだ……!)
パーシィは鬼気迫る表情で這ってでも逃げようとした。だが身体は鉛の如く鈍重で、か細く震えるようにしか動けない。
蠢く闇が巨石のような拳を振り落とした――――――かに思えた。
(な……なに……?)
来ない。パーシィが目だけで見遣ると、蠢く闇に乱れが生じている。漆黒の靄で輪郭しか捉えられぬが、傍から見る分にはまるで、大男が頭を抱え悶え苦しむかのようだ。
――そこに飛び掛かる影が二つ。
酷く単純な影だ。体のほとんどは丸と直線で記述され、のっぺりとした鉄面に細い切り込みが這入ってる。
<鉄傀儡>だ。二機は標準装備である棍棒型の霊石砲を放つ。大黒柱の如く太い鉄柱が二本、両機から勢いよく飛び出た。
だがそれらは蠢く闇が手をかざすように形を変えると、表層でピタリと停止した。まるで己に働く力学を忘れたかのようである。有効打にはほど遠い。
しかしそれでよかった。
彼らの目的は蠢く闇の意識を逸らす点にある。その隙に、
「大丈夫か、パーシィ」
白銀の巨人が疾風の如く駆け抜け、パーシィを助け出した。
(もう……また、それ……ああ、やっぱり……そうなんだ……)
彼女は安心して再度気を失う。
その胸には深い確信が根を下ろしていた。




