結晶少女 50
「これは……」
クリーヴが西食堂へ駆けつけると酷い有様だった。
飾り模様のついた石壁が粉々に砕かれ、霊機兵が優に通れる大穴が穿たれている。
食堂にいた学生や職員はほとんど恐慌状態だ。幸い、死傷者は出てないようだが……。
「クリーヴ!」
「スピット。どうしたのだこれは?」
「わっかんねえ! こっちの方からなんかすげー音がしたんだが……っておい、あそこにいるのウィンサじゃねえか⁉」
「行こう」
二人は大穴のそばで倒れているウィンサへ駆け寄った。彼女は意識を失っている。
「おいおい! どうしたんだよ⁉ しっかりしろ!」
「……あ、あれ……ウィンサ、どうして……?」
「む。ウィンサ、何が起きたか教えてくれ」
「クリーヴさん……これは……え? え⁉」
彼女はきょろきょろと周囲を見回し、そして叫んだ。
「パーシィ姐さん! パーシィ姐さんが連れ去られました!」
「なんだと……? ウィンサ、一旦落ち着いて、起こったことを可能な限り正確に教えてくれ」
そう言われてすぐに "はいそうですか" と応じられるはずもなかったが、スピットが間に入り、何度も宥める内に事態が見えてくる。
彼女がここでパーシィと話していたら、突然、蠢く闇のような何かが壁を破壊し、襲い掛かってきたのだ。ウィンサは間一髪のところでパーシィに助けて貰い難を逃れたが、彼女はそのまま連れ去られたらしい。
「蠢く闇だと……? ウィンサ、それは間違いないのだな?」
「間違いありません、この目で見ました……!」
「おいクリーヴ、それってまさかこの間の……!」
「ああ、そうだろう……」
どういうことだ――クリーヴがそう零す。それはこの場の誰に向けられたものではない。彼の魂石に潜む同居人に向けてだ。
クリーヴの思考に結晶少女の言葉が響く。
『馬鹿な……二体目がいた、じゃと……?』
彼女の声からも驚きが隠し切れない。
ウィンサの言う蠢く闇とは、先日の肉人形のはずだ。彼女ら一般人ではあれはそうとしか見えない。
それが新たに現れた……二体目がいた。
そうなると話が違ってくる。結晶少女は現在のファンタズマブルの文明水準から、あれを人為的に作成するのは不可能と判断した。だからこそ先日の肉人形は極めて低い確率で生じた自然発生と結論づけたのである。
しかし、二体目……。その存在が明らかになった以上、考えを改めねばならない。極めて低い確率が二度続くなど、ありえない。
『誰か……あれを生み出せるものがいる……⁉ 馬鹿な……⁉』
必然、導かれる結論はそうなる。それは結晶少女にとって、筆舌に尽くし難いほどの衝撃――。
「おいおい、なんだよ。◆◆◆◆◆◆◆でけえ音がしたが……」
新たに男が一人やってきた。教官服に身を包んだ亜狼族の壮年。
オニクス・カイオウディである。最初、彼はいつも通りのニヤニヤ顔を引っさげていたが、壁に空いた大穴、そしてスピットに介抱されるウィンサを見た途端、表情が消える。
オニクスは真剣な眼差しをクリーヴに向けた。
「……状況を報告しろ」
「はっ! 西食堂を何者かが襲撃しました。敵は未知の魔物と思われ、正体は不明です。パーシィという名前の給仕が一人、連れ去られました。年齢は一六、袋鼠族の少女で身体的特徴は――」
クリーヴはかつて戦場で上官にそうしたよう接する。
オニクスは怒鳴ることも、ましてや日頃のようにふざけもせず、最小限かつ明瞭な言葉でやり取りし、事態を把握した。さらに現状で一番使い物になると判断したクリーヴと今後の対応について意見を交換する。
今すぐ有志を募り追跡すべきだ――二人は同じ結論を出した。
そこからのオニクスの行動は早い。近くの学生数人を掴まえると、各方面に被害報告や状況説明ならびに追跡の協力要請を伝えるよう指示した。
その間に二人は出撃の準備を行う。クリーヴは地下格納庫から<白鋼>を使役、スピットは学院の厩舎からうーを連れ、集合場所へ向かった。スピットの役割はうーの曳く四輪荷馬車に積まれた霊石の運搬、ならびに万一に備えた負傷者の搬送である。
「……おいおい、ちょっと待てよ! 誰も来てねえじゃねーか!」
集合場所の北門に到着したが誰の姿も、ましてや他の霊機兵の姿など見当たらない。せいぜい門番の衛兵が少し離れた位置で職務を果たすのみだ。
時間が早すぎた……訳ではなかろう。二つの要因が絡みあった結果だ。
第一に、今日から霊機兵科の上級生と教員の大半は大規模演習で外に出ている。スピットが小耳に挟んだ話では、学院長のオルムと副学院長のファウスも一緒らしい。なんでも再来年の演習を王国軍と合同実施するための折衝とか。いずれにせよこの大規模演習のため、現状、学院の保有戦力は半減以下である。
そして第二の要因。おそらくこちらが主軸だろう。この学院の生徒と教員の大半は貴族。一方パーシィは……平民だ。自分の領民でもないそこらの平民のために労を取る貴族は少ない。そういうことだろう。
せめてアンシェクらがいれば話は別だったが、彼は今、王都からの帰路のはず。一刻も早く追跡を始めたいこの状況で帰還は待てない。そもそもアンシェクの方もジョヴィエルの件で手一杯、逆にあちらが助力を必要としている可能性さえあるのだ。
今、できる限りの戦力で対応せねばならない。
「チッ、集まったのはやっぱお前らだけか……××××にも劣るぜ、貴族どもは」
<鉄傀儡>が一機、やってきた。未調律のため捉えどころのない不自然な男の声。機体の初期設定で複数選択できる声色の一つである。
不遜な口調からすぐにオニクスと知れた。
「俺の機体は軍に置いてあるからこれしか使えねえ。あんま期待すんなよ、ひよっこども」
「そんな。こうして力を貸して貰えるだけありがたいっすよ……!」
実際、スピットはオニクスのことを見直していた。日頃の基礎訓練や先日の模擬戦など、普段は絵に描いたような傍若無人だが、こういう時には頼りになるんだ、とも思う。
「どうせ他の腰抜けどもはこねえさ……俺たちだけで出るぞ」
「――待ってください」
そこにもう一機、霊機兵が馳せ参じた。またしても<鉄傀儡・三型一七式>である。
「ああ? 誰が乗ってんだ」
「わたくしです。イダルティ・ゲールウィッゾです」
オニクスとは別の声色を選択したらしい。その出力音声はやはり平坦で特徴がないが、女のものではあった。
額の魂石摘出痕が示す通り、イダルティもまた使役士を務めた過去を持つ。
「イダルティ教官⁉ 教官も来てくれたんですかっ」
「当然です。この学院が貴賤の違いを学道に持ち込むことを是としないよう、わたくしも人の命に身分の差をつけません……ただ、わたくしの霊機兵は先の戦争で既に失われているので、こうして未調律の機体でしか協力はできませんが」
淡々と語るイダルティ……そこへオニクスが妙に訝しみ訊いた。
「へへえ、泣かせるねぇイダルティ……でも本当か?」
「……なんですか、オニクス。何か言いたいことがあるのですか?」
「お前って、そんな殊勝なヤツだったけか?」
「……それを言うならあなたの方がよほど意外です」
「はっ、違いねえな……まあいい、戦力は多いに越したことはねえ。こうして調律済みの機体が一機、未調律とはいえ霊機兵が二機揃ったんだ。霊石も馬車で運ぶ。なんでも得体の知れねえ魔物が敵らしいが、こんだけありゃどうにかなんだろ……行こうぜ、時間がない」
オニクスの使役する<鉄傀儡>が門を出る。
その後にクリーヴも続いた。うーに跨るスピットもである。
イダルティの<鉄傀儡>はそれを見届けてから……最後に学院を後にした。




