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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶

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結晶少女 49

 少々時間が(さかのぼ)る。場所は学院西食堂、正式名は "鬼灯(ほおずき)黄昏(たそがれ)"。

 

 赤い夕陽に照らされた堂内には名に恥じぬ優美な(おもむき)があった。しかし哀しいかな、やはりその名は肩が凝るほど重く、ここで働く職員すら平時は利用者同様、単に西食堂呼びである。


 さて、そんな西食堂の厨房。その隣にある休憩室。

 

 そこにたいそうダメな生き物が転がっていた。

 

 右、左、右、と眼光鋭く周囲を警戒する。

 

 誰もいない。よし。

 

「も、もああああああああああ! も、も、も、もあああああああああっ!」

 

 頭を抱え、右へ左へ前へ後ろへ激しく体を揺する。

 

 かと思えば突然停止し、

 

「うへへ……うへ、うへへへへへ……でへへ」

 

 よだれを垂らさんばかりの締まらぬ顔でにやにや笑っていた。

 

 繰り返しになるがダメな生き物である。

 

 ちなみに名はパーシィ・ケインゴルといった。

 

「も、もあああああああああ! も、もろへあああああああああっ!」

 

 また元に戻る。さっきからずっとこの繰り返しだ。

 

 彼女は今、思考の迷宮を彷徨(さまよ)っている。そこでの心の声はこんな感じだ。

 

『いやーもう一言で言っちゃうとね、お手上げですわ。胸キュン、キュンキュン、キュキュキュンキュン』

 

『だってそれはずるいよー。あの場面で、あの台詞を、そのままだものー』

 

『"大丈夫か、パーシィ(いい声)"、だって!』

 

『んなの言われたらねー。そりゃ無理ですよ。力技っすわ』

 

『しかもねー、クリーヴさん、やっぱお顔もいい感じなんすよー』

 

『あの顔で? 心配げに見詰められてご覧なさいよ? そりゃあーた、誰だってクラっときますよー』

 

 ちなみにクリーヴの顔云々は、前から思ってたことである。だからこそ彼女は、"餌づけ" の一環で二人ひっそりと会う時など、調子に乗って思わせぶりなことを口走っていた。

 

「うへへ……でへ、でへへへへへ……げへへ」

 

 パーシィの状態が次の局面(フェイズ)に移る。今度は髪色よろしく、桃色の妄想を始めたようだ。

 

 舞台は静まり返った深夜、その男子寮。

 

 何故かそこへ音もなく忍び込むパーシィ。

 

 何故かその恰好はほとんど半裸紛いの過激なそれ。

 

 何故か施錠されてない扉を開ける。言うまでもなくそこはクリーヴの部屋。

 

 そしてパーシィを迎え入れた彼は、心配げな顔で言うのだ。

 

"そんな寒そうな恰好をしてどうしたのだ?"

 

「もああああああああ! もあ、もあ、もああああああああああああ!」

 

 妄想がガラガラと音を立て崩れる。新たに奇声を発すると今度は机へ親の仇の如く頭突きをくれた。

 

 そう、そこだ。問題はそこなのだ。

 

 あの龍人種、露骨な言葉を選ぶと、本当に性欲がない。信じられぬことに、あの年で発情期を迎えてないのだ。どうにもそういう人種族とか。

 

 それはパーシィもよく知っている。

 

 だからこそ、自分は何というか、その、擬装恋愛の対象として選んだのだ。

 

"要件はこうである。(はた)から見れば自分が好意を寄せてるように見え、その実そうでない関係。加えて相手も自分に好意がなく、いつでも綺麗に終われる間柄。そういう付き合いをできる人"

 

 そんなことを思って。

 

 結果がこれである。

 

「ま、まさか……こんなことになるなんて……!」

 

 策士策に溺れる、自縄自縛もいいところ。

 

 (はな)から彼女の作戦には致命的な欠点があった。

 

 自分が相手に惚れる可能性を考慮してなかったのである。

 

 墓荒らしの墓が立つ、みたいな話だった。

 

 つまりそう、彼女は確かに計算高い(タイプ)だったが、その計算結果が正しいか否かとなると、また別の話だった。

 

「ハッ――⁉」

 

 パーシィは突っ伏してた机から顔を上げ、さも深遠な真理の尻尾を掴んだかの如く口走る。

 

「つ、つまり、これってさ――!」

 

 絶対に好きになってはいけない人を好きになってしまった、ということでは……?

 

「も、もああああああっ!! もる、もる、もるるっふぁああああああああ!」

 

 ここ一番の "もああ" が出る。

 

 せめて年頃の娘らしく、きゃーきゃー黄色い声を出すならまだしも、この娘が発するのは "もああ" だった。

 

 つくづくダメな生き物である。救いようがない。

 

 ちなみに今はまた別の局面に跳んだらしく、彼女の脳内では、

 

『んーでもそれってぇ、やっぱりあの人形劇どおりじゃなーい? だってあの話の二人もー、決して結ばれちゃダメな関係だったしー』

 

 などとお花畑が広がってる。イヤな花畑だった。なんか糸引いてそう。

 

 まあ、そんな感じでダメっぷりを遺憾なく発揮していたが、やがて多少まとまりがついたらしく、パーシィは突然、

 

「――でええい、小っ恥ずかしいや! ちきしょーめっ!」

 

 と一杯ひっかけたオヤジよろしくぱしーんと膝を叩いた。とうとう素が顔を覗かせたのである。

 

 で。そこまでやってようやく気づいた。

 

 この休憩室と職員用通路を繋ぐ扉。

 

 僅かに開いている。

 

「ウ、ウィンサ……⁉ あんたいつからそこに……⁉」

 

 覗くのは誰あろう、彼女を慕う後輩、ウィンサ・ゴーデハスタだった。

 

 どうやらパーシィの代わりにクリーヴの部屋で役目を終え、戻ってきたようである。

 

 ……切ない目だった。まるでこの世の哀しみの海を残さず一所(ひとところ)に掻き集めたような……そんな目。

 

 扉がそっと閉じられた。

 

「ちょ、ちょいとお待ちよ!」

 

 パーシィが慌てて後を追い、職員用通路に出る。

 

「……なんですかー、パーシィ姐さん。大丈夫ですー。ウィンサは何も見ていませんよー……何も、ねー……」

 

「だったらどーして目を合わせちゃくれないのさ⁉」

 

「女って処女こじらせるとあんな辛いことになるのですねー……ウィンサはとっとと捨てといてよかったですー……」

 

 別段パーシィとて生娘ではなかったが、今したいのはそういう話ではない。

 

「違う、違うんだよウィンサ!」

 

「何が違うのですかー……?」

 

「そ、それはだねぇ、えーっと、ね……んーっと、ねぇ………………あれぇ???」

 

 何も違くなかった。見ての通りである。ダメな生き物が転がってただけだ。

 

 パーシィもそれは認めざるを得なかったらしく、その場に崩れ落ちる。

 

「うぅ、うう~……! ウ、ウィンサ、あたしゃいったいどうしたら……!」

 

「はあああ~、まったくしょうがないですねー、パーシィ姐さんはー……ほら、立って立ってー」

 

「うぅ、ありがとよ……!」

 

「はい、深呼吸。すーはーすーはーすーはーはー」

 

「すーはーすーはーすーはーはー……」

 

「よろしい。ではいきますよー? まず、パーシィ姐さんはクリーヴさんのこと、好きなんですよねー?」

 

「うぇええええ⁉ そ、それは、その――」

 

「はい、めんどくさいんで肯定と解釈しますー……まあ、いいと思いますよーウィンサはー? 意見を変えましたー。確かに一昨日助けてくれたのはかっこよかったし、なんたってクリーヴさん、奨学生ですしねー。我々平民から見れば優良物件ですよー」

 

 中々あっぴろげなウィンサの意見だが、学院に務める平民娘の間でこういう考えは珍しくない。そもそもは、右を見ても左を見ても基本いいとこのお坊ちゃんだ。玉の輿の好機(チャンス)である。とはいえ血統貴族相手では先々など望めるはずもなく、いいように遊ばれるだけ。となると次にお鉢が回る先は要領のいい新興貴族や裕福な平民の家の男子だが、彼らもその辺は百も承知。やっぱり遊びで終わる例が後を絶たない。

 

 そこで奨学生だ。今は物足りぬ(ふところ)かもしれぬが、その待遇を勝ち得た能力をもってすれば、やがては立身出世も夢でなかろう。そんな思惑を胸に奨学生へ擦り寄るしたたかな平民娘は少なくない……中にはスピットという屑じみた兎に手痛い教訓を与えられる者もいるが。

 

「とにかく、パーシィ姐さんはクリーヴさんが好きー」

 

「えっと……うん、その……多分、まあ」

 

「なら何を迷う必要があるのですかー? とっとと押し倒しちまえばいーじゃないですかー?」

 

「はあ⁉ 何を言って――」

 

「ああ、もしかしてあの噂ですかー? 発情期が来てないだのー? あははは、そんな訳ないですってー。あの年の男の子なんて、考えてることはみんな一緒ですよー。性欲がないなんて、ただのかっこつけに決まってますー」

 

「そ、そうか。あんた、あの頃まだウチにいなかったね……だから知らないのか」

 

 どうにもウィンサと温度差を感じたが、そういうことである。

 

 クリーヴの入学は去年の赤の月。一方、ウィンサが学院で働き出したのも同じく去年からだが、月が違った。赤の月ではない。二ヶ月後の緑の月、夏真っ盛りの時期である。

 

 クリーヴが女子関連で色々とやらかしたのは主に入学直後、赤の月の出来事だ。

 

 ウィンサが這入った時期にはとっくに鎮火していて、残るは面白半分の噂話のみ。

 

 実態を知らずとも無理はあるまい。

 

「いいかいウィンサ、よくお聞きよ――」

 

 パーシィはちょうど去年の今頃、クリーヴが学院でどのように厄介事を起こしたか滾滾(こんこん)と言って聞かせた。

 

 最初こそ「まさかー!」と面白半分に混ぜっ返したウィンサだったが、すぐにその顔から笑みが消える。代わりに浮き出たのは血の気の引いた青色。やがてガクガクと震えだした。煩悩の塊のような彼女にとって、その話はほとんど怪奇譚じみている。

 

「……じゃ、じゃあパーシィ姐さん。こういうことですか? あのクリーヴさんというのは本当に――」

 

「だから何度も言ってんじゃないか……!」

 

「そんなのどうにもならないじゃないですかー⁉」

 

「どうにもならないからこっちは困ってんだよっ!」

 

「……馬鹿ですか? パーシィ姐さん、もしかして馬鹿なのですか⁉ どーしてそんな人を好きになっちゃったのですか!」

 

 んなのあたしが知るか――パーシィが半分涙目で言い返そうとした時だった。

 

 

 

「……⁉」

 

 

 

 何か……おかしい。妙な……気配がする。

 

 そう思うと同時に、パーシィの時間が引き伸ばされた。

 

 職員用通路。今こうして自分とウィンサが立って話している。

 

 その小生意気な後輩の横。壁から何か影のようなものが……。

 

 ()()()()

 

 あれは影ではない。闇だ。()()()。パーシィの目にはそうとしか映らない。

 

 闇は今まさにこの瞬間、力任せに壁を破ろうとしていて――

 

「危ない、ウィンサ!」

 

 大気を震わす轟音。その寸前にパーシィはウィンサを突き飛ばした。

 

 得体の知れぬ闇から遠ざける方に。

 

 だがそれは同時に、パーシィが蠢く闇に近づいたことを意味する。

 

 彼女の意識はそこで途絶えた。

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