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幻蒼物語 ~ファンタズマブル~  作者: K. Soma
第一部 無限の断絶
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結晶少女 04

「やってらんねーっての!」

 

 スピットは長耳を後ろに倒し、ダンッと地団駄を踏んで怒りを爆発させた。

 

 場所は "忘れられた森"。霊機兵の力で<骸骨百足>(がいこつむかで)を討伐したスピットとクリーヴは、諸々の後始末を済ませ、今は野営の準備中である。

 

 クリーヴが両手一杯に枯草や枝を抱えたまま不思議そうな顔をした。

 

「む。どうしたのだスピット」

 

「三〇金貨だぜ、三〇金貨! いくらなんでもそりゃ高すぎだ!」

 

「<骸骨百足>の売却価格か?」

 

 死霊術に端を発する霊機兵は、様々な魔物の死骸を元に構築される。そのため、霊機兵出現後の近代社会では魔物の死骸に強力な需要が生じ、特に<骸骨百足>のような大物には相当の額がつくのだ。

 

「ちがう! その大金を、綺麗さっぱり右から左へ流さなきゃならねえことだよ!」

 

「む。借金のことか。しかし借りたものは返さねばなるまい。ましてやお前の場合、そのおかげでこうして生きながらえたのだ……まったく、霊薬とはすごいものだな」

 

 霊薬とは霊術で錬成された一部の医薬品を指す。

 

 自然界における様々な現象や根元的機構を操作可能な霊術だが、"直接的" な医療行為には非力である。今でもせいぜい清潔な水を生成して患部を洗浄したり、局所的な熱場を形成して血行を良くする程度にしか役立たない。

 

 しかし、有史から約一一〇〇年を経た現代のファンタズマブルでは、霊術を "間接的" に利用した医療行為、すなわち霊術による医薬品の生成・錬成技術がある程度確立しており、一定の成功を収めていた。中でも名水で名高い魚人種の国、アネディオーシャ都市同盟の腕利き薬師が錬成したものは優れた効能を発揮し、霊薬や秘薬の名で取引されていた。

 

 だがこの霊薬、そうした出自(ゆえ)に極めて希少であり、目の飛び出るような額がつく。そしてつい先日、具体的には二週間ほど前のグランレーファ学院、医務室にて、スピットは否応なしにそのお高ーい霊薬を使わざるを得なかったのだ。

 

 言うまでもなく、あのぶすりとやられた狂気のせいである。

 

「命あっての物種とはこのことだぞ、スピット」

 

「んなこと言ってんじゃねえ! オレが言いてえのは、なーんで刺された被害者のオレがその金を全額負担しなきゃなんねーかっつーことだよ!」

 

「む。しかしそれについてはお前もそう了承したと聞いてるぞ」

 

「……あの状況で突っぱねられるヤツがいたら見てみてえよ」

 

 スピットの推測通り、やはりあの女子は結構な家柄の出であった。

 

 そんな家のご令嬢が男を刺したとなればそれはもう、一大事である。

 

 立派な醜聞(スキャンダル)だ。

 

 貴族は――とりわけ血筋と伝統を重んじる血統貴族は、何よりも醜聞を忌避する。

 

 ましてやスピットは平民。様々な道理をすっ飛ばし、()()()()()()()()()()で口封じされてもおかしくない。

 

 だが……結論から言うと、どうにか事なきを得て、今日もスピットの首と身体は仲良くしている。

 

「オレぁもう、一生オルム学院長に足を向けて寝らんねえ……」

 

 スピットが九死に一生を得るに至った最大の立役者はグランレーファ総合霊術学院の現・学院長、オルム・グランレーファである。

 

 一〇代目学院長にあたるオルムは霊機兵の調律を生涯の仕事(ライフワーク)としてきた。霊機兵開発には魔物死骸の流通確保や防腐処理等の特殊加工が必須であり、分野の黎明期から商人組合や職人連盟に代表される民間組織との連携を重視したオルムは、"学道は貴賤を問わず" の信念を掲げ、平民教育にも力を注いだ来歴を持つ。

 

 (ゆえ)に今回の件でも早々にスピットの弁護に回り、老練たる手腕で穏便に収めたのだった。

 

「そのオルム学院長がお前に払えと言ったのだろう、使った霊薬の分の代金は」

 

「そりゃそうなんだけどよ……学院長、色事には厳しいし……でもよ! 元を正せばわりーのは全部、あの世間知らずのイカレ貴族じゃねえか!」

 

「その貴族に手を出したのはお前ではないか」

 

「うぐ……! それは酒に酔っててだな、てか実のところ何もなかったはずなのにだな」

 

「火のない所に煙は立たぬと言うぞ。お前が日頃から(せわ)しなく四方八方の婦女子に手を出すからこうなるのではないか?」

 

「おいやめろ、正論は人を追い詰める……てゆーかな、クリーヴ! そもそもお前もお前なんだぞ⁉」

 

「む?」

 

「あの状況、少しは話を合わせてくれたっていいじゃねーか!」

 

 あの状況。スピットと刃物女子が繰り広げた修羅場である。

 

「む。しかし、話を合わせるも何もお前はあわあわ言うのみで要領を得なかったではないか」

 

「ちったあ空気を読んで察しろってことだよこのバカチン!」

 

「察する? 俺にお前たちの行為の機微をか? ……何度も言ってるではないか、それは無理だと」

 

「……だよなぁ」

 

 ほぅ、とスピットは切なげな溜息を漏らす。それ以上の議論を断念した意気消沈の(てい)だ。

 

 そうなのである。このクリーヴ、諸般の事情により色々と常識が欠落しているが、中でも壊滅的なのが "そこ" なのである。

 

 ――恋愛という概念が理解できない。

 

「むぅ……俺には未だにわからんぞ。つがいになるわけでもなく、子をもうけるつもりもないのに、交尾はする……何がしたいのだお前たちは?」

 

 そんなことを超がつくほど純粋な眼で訊いてくるのである。純粋というか、もはや世界が違った。緑溢れる豊かな自然の中、突如空から落下してきた人工物を不思議そうに眺める野生動物のような……いっそ荘厳で神秘的と評しても過言でない、とんでもない眼つきだった。

 

「あー、もういい、もういいヨ……お前にそういう話を振ったオレが馬鹿だったヨ……」

 

 スピットは脱力して肩を落とす。

 

 この友人、クリーヴ・エインシェドラグと組んで早一年になるが、これまでこういう話は多々あった。そしてその都度スピットは痛感するのだ。人種族の違いと壁を……。

 

 一般に龍人種は霊術に秀で、身体能力も高く、あまつさえ不老長寿でも知られた人種である。だが、その "個" としての強さに反比例して出生数は低く、数の少ない種族だ。中でもクリーヴの属する龍人種古龍(こりゅう)族は、その傾向を強く反映した人種族らしい。

 

 なんでもスピットが聞いた話では、古龍族の寿命は獣人種に比して三倍近く長いが、初産も応じて遅く、五〇・六〇代でようやく子をなすのがざらだとか。

 

「スピットよ。俺が発情期に這入り婦女子に興味を持つとしたら、どんなに早くともあと二〇年弱は先だと思うが……その時になれば俺にもわかるのだろうか。お前の言ってることが」

 

「ウンそうだネ……キットそうだヨ……」

 

 スピットは遠い目で沈みゆく夕陽を眺めた。

 

 眩しそうだった。

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