結晶少女 48
その後もジョヴィエルの行方は知れず。
ひとまずアンシェクが王都に向かい、それでも消息が掴めなければ、有志で捜索隊を組み、近隣の森やその他の危険地域を探す運びとなった。
クリーヴもジョヴィエルの安否が気にかかったが、現段階でできることはない。アンシェクの報告を待つしかなかった。彼が学院へ戻るのは早くとも今日の夜。
それまではいつも通り過ごすしかない。
……やがて日が沈み、夕方となった。
『おい、どこへ向かっとるんじゃ? こっちは食堂でなく寮じゃろう』
「いや、今日はこれでいいのだ。食堂にはいかん」
『はあ?』
結晶少女にとって、それは信じ難い発言だった。
あのクリーヴが。夕食時に。食堂以外の場所へ行くと。
これを衝撃と言わずに何とすればよいだろう。
明日から太陽は西から昇り東に沈みますよ、と言われたくらいの衝撃だった。
『だ、大丈夫かおぬし……⁉ 頭でも打ったか……それともまさか空腹で狂ったか……⁉ まだ昼食から二刻ばかりしか経ってなかろうに……』
「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ……?」
「――あ、来た来た。おーい、クリーヴさーん!」
「む」
寮の入口にウィンサがいた。彼女はとことこと小さな歩幅で駆け寄って来る。
「ばっちし、準備しときましたよー。荷物も確かにお届けしましたー」
「そうか、ありがとう……しかし、君がやってくれたのか? 頼んだのはパーシィにだったが……」
「あはは、無理ですってー。パーシィ姐さん、今こわれてますからー。クリーヴさんの部屋なんか入ったら、失神しちゃいますよー。……あるいは、よからぬことをしでかします」
「むぅ……よくわからんが……とにかく世話になった、ウィンサ」
「はーい、どもどもー。あ、鍵お返ししますねー……ではでは、さよならですー」
そのままウィンサは去る。
『……おい龍の小童、どういうことじゃ? 準備? いったい何の話じゃ』
「見ればわかる」
クリーヴはそれだけ言って自室まで行き、扉を開けた。
そこには、
『なんじゃこれ……?』
椅子が二脚と机が一卓。あまり大きいものではなく、持ち運びし易い大きさだ。
それらが殺風景な部屋に新たに加わっている。
いや――それだけではない。
机の上に酒と肴と……それに、掌大の木桶が一つ。
クリーヴが鼻の穴をひくひくと動かしながら、木桶の蓋を取った。
「これが "翻車魚の微睡亭" の看板料理、スレネティ鱒の精霊落としだ」
結晶少女は思い出す。そういえば一昨日、ギャランであの翻車魚族の小料理屋に訪れた際、クリーヴは店主に何やらひそひそと話し掛けていた。
「今日ならギリギリ漬け込みが間に合うということでな。届けて貰ったのだ。その他は昼食の時に準備を頼んでおいた」
『ま、まさか今朝、ちょうどよいと言っておったのは――』
「む? 勿論このことだぞ。間にあって良かった。これで恩人を持て成し……そして、見送ることができる」
『おぬし……』
不覚にも結晶少女は心中に温かいものを感じた。
いや、本当は今に始まったことでない。
この龍の少年と過ごした一週間。少女は幾度も彼の不器用な優しさに触れた。
ただそれを "自分にはそんなものを受け取る資格がない" と思い、見て見ぬふりをしていただけである。
けれど、どうやらそれも限界のようだ。
何故ならばこの温かさこそ、結晶少女が暗い地下で悠久の時を過ごす中、求めたもの――。
『あり……がとう』
「ああ。ジョヴィエルのことがあるので、俺は途中で抜けるかもしれんが……せめてそれまで、お前との別れを惜しませてくれ」
『ああ……ああ、いいとも……』
「さあ、魂石から出てきたらどうだ」
『すまぬ……少し、少しだけ……待っとくれ』
「む? 何か問題でもあるのか?」
『そうではないわい……それくらい察しろ、阿呆……』
「むぅ……お前は難しいことばかり言う……」
少年と少女が互いに名残を惜しんでいた、その時である。
「なんだ……⁉」
遠くから大きな音が聞こえてきた。クリーヴはこの類の音に馴染がある。これは霊石砲のような火力に秀でたもので、何かを力任せに破壊した時に聞こえるそれだ。
建物が壊れる音、人々が逃げ戸惑う声、叫び……そういうものに違いない。
『食堂の方からじゃったぞ……?』
「ああ、そうだな」
クリーヴは少しだけ考え、赤い瞳で少女を見遣る。
「すまんが――」
『阿呆。んなのいちいち訊くな』
「っ、かたじけない」
クリーヴは食堂に向け走り出した。




