結晶少女 45
その者は王都の闇の中、身を掻き毟り悶えていた。
この身体になって以来、不定期にこうした衝動に襲われる。
人としての欲求は既に喪失したこの身体……代わりに "これ" が新たに発生した。
これは欲求に似ているようで……その実は全く違う。
強いて言えば陶酔に近い。その昔、揺ぎ無き大義を背負っていると錯覚していたあの頃。自分で自分を誰かに明け渡し、知らぬ間に委ねていたあの感覚……あれに近い。思考を放棄し、ただ駒の如く動く……。
――つまり、その者にとって極めて不愉快な衝動だった。
自分は操られる側ではない。操る側だ。すべては自分の意志の下に行われねばならない。
難しい行為だった。結局のところ、残る事実は一緒である。
だが大事なのは過程だ。衝動に己を明け渡すのでなく、あくまで自分の意志で遂行する……。
――気づけば辺りは血の海だった。
その者の手には引き千切った人の首がある。奇しくもそれは、先にパーシィらと一悶着起こしたあの猿族の男である。男の顔は恐怖で引きつり、見るも無残な死相だった。
今、その者の手は異形と化している。男の首を巨大な掌で覆うと……柔な果物にするかの如く、握りつぶした。指の隙間から飛び散る血、骨、脳漿。
そこまでしてようやく……衝動が収まる。あの不愉快な、自己を塗り替える感覚が消え去った。
と同時にその者の手が異形から人のそれへと戻る。
ゆっくりと、息を吐いた。
……元々今日、王都まで出向いたのはクリーヴを観察するためである。
異常に警戒心が強く、尾行にかなりの辛抱を強いられたが、得られた収穫は大きい。
あわよくばこのまま仕留めようかとも思ったが……結局止めた。
それではつまらない。
しかもここで手を出せば、どうしてもヤツに気づかれ、即座に表立って事を構える羽目になる。
それは駄目だ。腹立たしいが、自分とヤツの間にはまだ埋められぬ差がある。
やるとしたら……次の週だ。来週、ヤツは例の演習に絡み学院を留守にする。
その隙にすべてを終わらせ、姿をくらます……それがいい。
――だがどうする?
ヤツは確かに不在だが何か手を打ってくる可能性はあった。それ以外に横槍が這入る可能性もある。
その上で、あの龍人種の秘められた力を見定め、奪い、弄び、始末せねばならない。
既に策は決まりつつあったが……そのためにはどうしても一つ、手駒が必要となる。
これまでの不出来な肉人形ではなく、もう少し利口で小回りの利く駒……。
その者が考えあぐね、道を一つ出たところで、
「あ、あなたは――」
ばったりと出くわした。学院の生徒である。名前は確か……ジョヴィエル。
先日、クリーヴと戦った霊機兵の調律士だ。
何やら驚愕している……ああ、なるほど。こちらの姿に面食らっているようだ。
何せあちこち血塗れである。
その者は有無を言わさず――、ジョヴィエルに襲い掛かった。




